第157話 捜査依頼
しかしウェステートは可愛い。こんなに厳つい爺さんの孫がこんなに可愛い訳がない。だが母親の肖像画にはそっくりだから、間違ってはいないと思う。それよりも話に集中しなければならない、つい可愛い子を目の前にして集中力を欠いていた。
ウェステートが言うには、母親が死んだ事をあえて内密にしていたんだそうだ。母親のメリューナはどうやら殺されたらしく、それを公にしてしまうと望まぬ捜査が入るためと黙っていたらしい。というか既にルクスエリムから親書が送られていたので、俺達が来るのを待っていたと言うのが正しいかもしれない。
気丈に話しをしながらも、ウェステートは目に薄っすらと涙を浮かべている。ブレックファーストミーティングのつもりが、重い空気になり皆の手が止まった。こんな状況で飯など食えるはずもなく、俺達はただ神妙に話を聞き続けた。
「そして…」
ウェステートの話が切れた。涙を堪えて次の言葉が出てこないようだ。皆は急かすことなくただ黙って待っている。
かわいそうに…すぐに立ち上がってギュってしてあげたい。あとチューも。
「聖女様を待っていたのです。聖女様ならばお分かりいただけると信じて」
「私ですか?」
「はい。ルクスエリム陛下の書状では、聖女様は公平な目をお持ちの方だとありました。それにこれまでのお噂もかねがね聞いておりましたので、ぜひ聖女様に一番最初に聞いて欲しいと思っていたのでございます」
すると、ルクセンもうんうんと頷いて言う。
「一緒に晩餐をとらせていただき、聖女様の人となりがよくわかりました。試すような真似をして申し訳なかった。やはり話を聞けて良かったと思うております」
「私の何がルクセン卿を満足させたかは分かりませんが、とにかく外部に話をしてほしくないのであれば他言はいたしません」
だってウェステートちゃんが、涙ながらに必死に話をしてくれてるんだもの! 彼女を苦しめる全ての事から守ってあげたい!
「そう言っていただけるとありがたい」
一旦、話を途切れさせてしまった。するとウェステートが言う。
「食事が冷めてしまいましたね、新しい物を用意させましょう」
「いえ。これで十分、いただいても?」
「すみません。いただきましょう」
そして俺達は冷めたスープや煮豆を口に運ぶ。冷めていてもそこそこ美味しく、丁度良い塩気が食欲をそそる。パンをちぎって口に入れると、これも一流のシェフが作っただけあって美味かった。
さっきの話があったので談笑する事は無く、静かにお通夜のように食事をすすめる。
するとルクセンが言う。
「すまんかったの、ウェステートも一緒に食事をとらせてもらいたかったんですじゃ」
「ウェステートさんを?」
少し間を開けてルクセンが言う。
「ルクスエリム陛下の話では聖女様は、女性にすこぶる優しいと聞いておるのです。打算的で申し訳ないが、ウェステートの話であれば親身になって聞いてくれるじゃろうと思うた次第です」
うわあ…。俺が女に甘ーーーいって知ってやがる。ルクスエリムはそんなところを見ていたのか、俺は隠していたつもりでも露呈していたらしい。
「男も女もございません。みな平等、分け隔てなどしません」
「なんじゃ? ルクスエリムの話と違うようですな?」
まあ違わないけどね。しかもウェステートがめっちゃ可愛いときたもんだ。彼女の為にひと肌脱ごうって思うさ、そりゃ。
「それで先ほどのお話ですが、どうしてお母様は殺されたと?」
ウェステートが話を続ける。
「母は直前まで何かに思い悩んでいるようでした。何かを抱えこむ素振りを見せる事も多々ありました」
「なるほど」
「ですが病気でもありませんし、自分で死ぬような事も無いと思うのです」
「でも亡くなった?」
「はい。部屋で死んでおりました」
「それならば殺されたかどうか分かりませんでしょう?」
「でも私は殺されたと思うのです」
そしてルクセンが言う。
「その日から、婿養子のシベリオルが居なくなった」
「シベリオル卿はどこに?」
「分からぬ…じゃが」
「なんです?」
「もしかすると、シベリオルが犯人なのかもしれん」
あらら、いきなりきな臭い話になって来た。婿養子が実の娘を殺した犯人だと思っている。
「断定ではないのですね」
「断定ではない。だがその日から消えてしまったのだから、逃げたのだろう」
なるほど確かに犯人っぽい。だがウェステートが首を振って言った。
「私は違うような気がしています。とはいえ状況が状況ですので、もしかすると父かもしれないという気持ちもあります。父はこの国の王政に不満を持っていましたし、おじいさまが正当に評価されていないと嘆いておりましたから」
「正当に評価されていない? どう言う事でしょう?」
「ヴィレスタン家がすみに追いやられていると、そう思っていたようです」
するとミラシオンがたまりかねて言う。
「そんな事はありますまい! 辺境伯と言えば地位は大公と同等であり、国王の代わりに辺境を統括する重責を担っている。いざ戦争になれば、この地の軍事権を全て持っており王の許可を待たずして動く事が出来る。伯爵である私とは権限も責任も全く違うのです」
「ですが父はそうは思ってなかった」
するとルクセンがウェステートを遮って言った。
「じゃが推測に過ぎない。そこで聖女様に見ていただきたいのです。曇りなき眼でそれを見定めていただきたい」
いやいや。曇ってますけど! 普段は美女や可愛い女の事に、ええカッコを見せようと頑張ってますけど! しかも名探偵でも何でもねえし、どうしろっつうのよ。
するとアンナが俺に耳打ちした。俺はそのままその場にいる人らに伝える。
「お亡くなりになっていた現場を見せていただけますか?」
ルクセンとウェステートが顔を見合わせてから頷いた。ミラシオンが何かを期待するような目で俺を見ているが、俺は完全にノープランだ。どうしたらいいのかもさっぱりだ。ルクセンが俺に言う。
「いいでしょう、いつにしますかな?」
「これから。そのおつもりで本館にお呼びになったのでしょう?」
「ははは、申し訳ないがその通り。本来の監査のお仕事もあるというのにすみません」
するとミラシオンがそれに答える。
「いえ。それも仕事の一つ、私も同行しても?」
「おねがいします」
俺が立ち上がってミラシオンに言う。
じゃあ行こうか、ワトソン君。
「行きましょう、ミラシオン卿」
俺達はウェステートとルクセンの後を歩き始める。各地域の裏切り者を調査しにきているのだが、なぜか探偵のまねごとをするようになってしまった。先ほどのエントランスにある大きな階段を上がり、肖像画の前を歩いて行く。ウェステート似の母親の肖像画の前を歩き二階へと上がった。
やはりかなり広い。ズーラント帝国と東スルデン神国との国交が途絶えても、維持できているのはルクセン領主に力があるからだ。
そう考えると、シベリオルという婿養子の逆恨み? でもなんで嫁を殺す? 訳が分からない。不満があるなら、ルクセンに取って代わるためにルクセンを殺すとかじゃない? でも身内を殺したところでそれが解消されるとは思えない。
そんな事を考えているうちに、俺は母親のメリューナが死亡していた部屋へ案内されたのだった。
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