第156話 いきなりミステリー

 ヴィレスタン城は夜中ずっと静かだったが、俺は盗聴したルクセンの話が気になって眠れなかった。陽が昇り窓を開けると、小鳥の鳴き声に混ざって騎士が鍛錬する声が聞こえて来る。ミラシオン達の隊が早く起きて、いつ何が起きてもいいように体を温めているのだろう。


 既にアンナとリンクシルも起きており、部屋の中でスクワットのような運動をしている。


「おはよう」


「眠れなかったようだな」


「まあね」


「なるようにしかならん」


「わかってる」


 マグノリアとゼリスは、救出劇からあまり睡眠をとっていなかったのでまだ寝ていた。俺達がいるためか安心して眠れているようで何よりだった。


 俺がテーブルに座ると、ちょこちょことゼリスが使役する栗鼠がテーブルの上に登って来た。俺がアンナに聞いた。


「なんか食べ物あったかな?」


「ゼリスが夕食をかすめて持ち込んでいたが、今は何もない」


「ちょっとメイドを呼ぼう」


 アンナがすぐにドアを開けて、少し離れた所にいる騎士に言伝をした。しばらくするとメイドが俺達の部屋にやって来る。


「お早いお目覚めでございますね。気が付かず申し訳ございません」


「勝手に早く起きただけなのでお気になさらずに、それよりちょっとした食べ物を頂けるとありがたいのですが。乾いたものがあればなお嬉しいです」


「はい」


 丁寧に頭を下げてメイドが出て行った。


「わがままな人だと思われたかもね」


「気を使う事はないさ、聖女なのだから」


 再びアンナとリンクシルは体を動かし始める。俺が窓から朝日を眺めているとドアがノックされ、数名のメイド達が軽い食事と飲み物を持って来てくれた。


「飲み物まで、気配りがいいですね」


 俺が言うとメイド達が喜んだ。


「聖女様のお世話が出来る事を、光栄に思います」


「おもてなしから、主様のお心遣いを感じます」


「「「ありがとうございます」」」


 メイド達の反応を見ると、ルクセンは悪い領主ではないように思う。陰りが無いし恐らく待遇も悪くないのだろう。皆が血色いいし変に痩せたりしていないのを見ても、パワハラやセクハラの類とは無縁なのが分かる。


 メイド達が出て行ったので、俺はクロワッサンを一つとった。そしてそれをちぎって栗鼠に与えてやると、栗鼠はそれを手に持って食べ始める。


 するとマグノリアとゼリスもようやく目を覚ました。栗鼠を見たゼリスが驚いている。


「あれ? 僕以外の手から食べ物をとった」


「あら? ダメだった?」


「そういうわけじゃないけど。僕が使役していない時は、ほぼ野生だから難しいかなって」


「そうなんだ。なんか自分からテーブルの上に乗って来たから欲しいのかなと」


「そうか。もしかしたら元々、人に慣れているのかもしれない」


「もしかして、誰かが餌付けしてる?」


「かもしれない」


 貴族が野生動物にエサを? そんなことあるかな? まあ無いとも言えないか。


「マグノリア達も食べて」


「ありがとうございます」


 テーブルの上に載っている軽食を皆で食べる。


「美味しいね。間違いなく手間暇がかかってる」


「聖女をおもてなし、したいのだろうな」


「なるほどね」


 綺麗に食べてゆったりお茶を飲み、皆が服を着て迎えを待つ。するとミラシオンが迎えに来たので、俺達はミラシオンについて部屋を出るのだった。ミラシオンは迎賓館の一階の廊下をそのまますぎ、別館に続く廊下を進んでいく。


「今日は本館ですか?」


「そうですね。ルクセン様がお呼びでしたので」


 俺達が廊下の先の扉を開けて入ると、そこは本館のエントランスにあたる場所だった。古いながらもセンスのいい絨毯が敷かれ、部屋の真ん中に大きな階段があった。そしてエントランスの中央辺りに、ルクセンと可愛らしい一人の女の子が立っていた。


「おはようございます聖女様」


「ごきげんよう、ルクセン卿」


 するとルクセンは隣りに立つ小さい女の子を見て言う。


「孫娘のウェステートですじゃ」


「あら? おはようございます」


 俺がカーテシーの挨拶をすると、ウェステートも綺麗なカーテシーで返してくる。ニッコリ笑う笑顔に憂いは見えないが、昨日の会話を聞いてしまっているので悲し気に見えた。


「おはようございます! 聖女様にお会い出来る事があろうとは思いもよりませんでした。噂にたがわぬ美しさで、本当に女神フォルトゥーナ様がお作りになった方のようです」


 お世辞も言うんだ。


「そう言っていただけると嬉しいです」


 軽い挨拶をかわすと、ルクセンが言う。


「今日は本館にて朝食をと思いましてな、古い城ですが是非こちらで食事を」


「喜んで」


 そして俺は階段の上に飾られた肖像画を見上げる。


「素晴らしい絵ですね。どなたの肖像画でしょう?」


「わしの娘です。ウェステートの母親にあたります」


「綺麗な人ですね」


「聖女様に言われると、なんともむず痒いですがね。自慢の娘でした」


 でした? いまはちゃうの? どういうこと? だがずけずけと聞く訳にもいかずに、それ以上は何も言わないようにした。


 ルクセン達に連れられて、本館の食堂に行く。そこも歴史を感じさせる由緒正しきと言った部屋だった。アンティークな椅子にアンティークなテーブル、調度品も派手過ぎず地味過ぎず。テーブルに座るよう勧められて全員が座った。


 ミラシオンがルクセンに言った。


「ルクセン様。本日から監査に入らせていただきます」


「よろしく頼む、まずは食べながらといこうじゃないか」


 どうやらブレックファストミーティングをするらしい。それはそれで効率もよさそうだし、なかなかに洒落たことをする。


「わかりました。では無粋ではありますが、ここに文官を呼んでも?」


「かまわん」


 ミラシオンが近くの騎士に、文官を連れてくるように言った。それを見たウェステートがルクセンに目配りをすると、ルクセンは小さく頷いた。ウェステートが俺達に語り掛けた。


「聖女様、ミラシオン様。私の方から少しお話をよろしいでしょうか?」


 ミラシオンが答える。


「構いませんよ」


「実は隠している事が御座います」


 いきなり本題に入るようだ。単刀直入でとてもいい、ルクセンも晩餐でそう言っていたしな。


「なんでしょう?」


「実は先だっての事なのですが」


「ええ」


「母が死にました」


 それを聞いたミラシオンが目を丸くして聞き返した。


「なんですと? メリューナ様が? そんな話は聞いておりません! 陛下には伝えたのですか?」


「まだです」


「どういうことですか?」


 そしてウェステートが少し沈黙したのちに、意を決したように言う。


「おそらく、殺されたのです」


「誰に?」


「その捜査もお願いせざるをえません」


「なんと!どおりでメリューナ様のお姿が見えないと思っておりました!」


「はい」


「旦那様のジベリオル卿はどちらに?」


「わかりません」


「わからない?」


 あれ? ここ異世界だよな…魔法と剣と魔獣の世界。いきなりミステリーが始まっちまったぞ。


 それからゆっくりとウェステートが話を始め、俺達はそれを静かに聞くのだった。

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