第155話 複雑な事情がおありのようで
ゼリスが放った栗鼠は屋敷内を探し回って、ようやくルクセンがいる場所を見つけた。ルクセンが部屋にいなかったため、あちこちを探し回ってやっと見つけたのだ。ルクセンは俺達が想定していた場所ではなく、意外な場所に一人でいた。
ゼリスは今、使役した栗鼠と視界を共有させてその映像を見ている。最高に優秀な諜報部員だ。
「ルクセン卿は何してる?」
「祈りを捧げてる」
「そうか。教会だものね」
そう、ルクセンは城内の教会で祈りを捧げていたのだ。あんな豪胆な爺さんなのに、一人で祈りを捧げるなんて奥ゆかしい。これが美女ならば、なんて美しいんでしょう! なんて思うところだが、筋肉隆々の爺さんだと思うとキモイ。
するとアンナが言った。
「寝る前の日課じゃないのか?」
「大量に酒を飲んで教会で祈り? まあ無くはないけど」
するとゼリスが声を上げた。
「誰か来た」
「どんな人?」
「うーん。若い女、ルクセンの脇に跪いて一緒に祈りを捧げてる」
「何か話してる?」
「黙ってる」
とりあえず二人で祈りを捧げているらしい。殊勝な心掛けだが毎日の日課なのだろうか?
「祈りが終わって、二人が椅子に座ったみたい」
「お、そうなんだ」
「話を始めた」
「なんて?」
二人の会話の様子は次の通りだった。
『やっと聖女様が動いてくれた。自分では手を下せなかったが、これから国は正常化されるだろう。だが、お前はそれでいいか?』
どういう事だろう? 俺が動いた事を待ち望んでいたような台詞だ。
次に若い女が話し始めたようだ。
『いいのですおじいさま。私達ではどうする事も出来なかったことを、女神フォルトゥーナ様は裁きを下さいます。おじいさまのおっしゃる通り、聖女様が人格者であるのならその時が来たのです』
なぬ? おりゃ、そんな人格者じゃないぞ。
『あのお方はこの国の救世主となるお方で間違いない。いずれきれいさっぱり全てを浄化してくださるのだ。その後は、わしらが住むところが無くなってしまうやもしれんがな』
『それが定めであれば仕方がない事です』
『ウェステート。わしゃお前には幸せになってもらいたい』
『私だけが幸せになるなど敵わぬでしょう』
『しかし、清廉潔白のお前が何故にそのような』
『それを言えばおじいさまだって!」
『止めれなんだは、ワシの責任じゃ。どうする事も出来んかった』
『おじいさま…』
『ウェステート…』
それで会話は終わったらしい。どうやら若い女の方は泣いていたようだが、ルクセンはそのまま静かに教会を後にしたようだ。
「ルクセンを追って」
「わかった」
ゼリスに頼んでルクセンを追ってもらう。するとルクセンは、階段の前に立って祈りを捧げているようだ。
「階段に何がある?」
「絵が飾られている。女の人で…ウェステートに似ている」
「なるほど。わかった」
それからルクセンはそのまま寝室に行って寝てしまった。俺達が盗み聞いた会話の内容からは何の事か分からないが、何らかの事情を知っているようだ。そう言えば食事の時に、明日になったら全部話すような事を言っていた。
コツコツ! ゼリスの栗鼠が戻って来る。スッと窓を開けると中に入りゼリスの肩に乗った。するとゼリスは布に包んだ何かをポケットから取り出す。どうやら食事の時に出た焼き菓子だった。
それをテーブルに置くと、栗鼠は腕を伝ってテーブルに降りそれを食べ始める。
「しかし、どうするかね?」
「とりあえずは明日を待つしかないんじゃないか?」
「そうだよね。とりあえず私達も休むとしようか」
「そうしよう」
アンナはドラゴンの鎧を脱いで、椅子に座り腕組みをして目をつぶった。リンクシルもそれを見習って、背を壁に預けて床に座り込む。
そしてアンナが言った。
「聖女達は服を脱いでしっかり休め。明日は忙しくなりそうだ」
「わかった」
俺とマグノリアとゼリスが服を脱いで、ベッドに用意されていた寝巻を来た。それぞれにサイズはぴったりで、この城のメイドが俺達を見て用意していたらしい。行き届いたメイドの仕事に俺はミリィを思い出す。ミリィは元々王室のメイドだったが、聖女付きになって俺の屋敷に住んでいる。どうやら古い貴族は、メイドの教育がしっかりしているらしい。
「マグノリアとゼリスは一緒のベッドで寝なさい。やっと巡り合えた姉弟だものね、アンナとリンクシルがいるから安心して大丈夫だよ」
「はい!」
「あ…ありがとう」
「ゼリスはお姉ちゃんにうんと甘えればいい。今日からはずっと一緒だからね、私がそれを保証するから」
俺がそう言うと、二人は涙を浮かべながらヒシッと抱き合った。
俺は水を差さないように反対側を向いて横になる。アンナが立ち上がって、フッと一つのランプを消すと淡い間接照明だけが部屋を照らした。
まったく…あちこちで、不幸せな家族がいっぱいいやがる。ルクセン達にも事情がありそうだし、マグノリアなんかは不当に利用された。そしてこれから王都で吹き荒れるだろう粛清の嵐。その事を考えると、俺はソフィアの事を思い浮かべて眠れなくなってしまう。
本当にルクセンが言うように、俺がこの国の救世主ならいいんだけど。俺は本当はただのヒモだった男の慣れの果て。そんな俺がこの国を再生するなんて出来るのかは分からん。だが、可哀想な女が一人でも減るように走り続けると決めている。
明日、本館に行って階段にある肖像画を見てやろう。それに孫娘のウェステートが気になる。どうやらウェステートも、破滅ルートに乗っている一人の可能性が出て来た。
まったく…この世界には救うべき女が多すぎる。
そんな事を思いながら眠れぬ夜をすごすのだった。
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