第154話 辺境伯との晩餐にて
俺はまず、このヴィレスタン領主であるルクセン辺境伯の身辺調査から始めようと思った。ルクスエリム王とは幼少の頃からの知己ではあるらしいが、こういう身内のような奴から調べた方が良いと思う。俺達が来ることを知っていて、既に証拠になるような書類とかを全て隠したかもしれないし。
それにはまず会話しなければならないのだが、やっぱりめっちゃ億劫だった。あんな筋肉隆々の爺さんと話す事なんて何もないし、突然牙をむかれたら命が危ない。一応、夕食を一緒にと言われているが、ギリギリまで俺は部屋に待機していることにした。俺とアンナだけが行こうとしていたが、メイドが来て全員に来るように伝えて来る。
「私達を集めて一網打尽にする気じゃないよね?」
「ミラシオンの騎士もいる。危険な時はアイツらを肉壁にしてヒッポで脱出だ」
相変わらずアンナが恐ろしい事を言う。まあ俺もそうしようと思っているけど。
「マグノリアもそれで大丈夫?」
「はい!」
アンナがリンクシルに行った。
「気を引き締めていくぞ。あの爺さんが暴れたらわたしが仕留める、その間リンクシルが聖女を守れ」
「はい」
そして俺はゼリスに言う。
「ゼリスはおとなしく座って食べててね。私から離れないように」
「うん」
コンコンとドアがノックされた。アンナがドアを開くと、メイドから食事の準備が出来たと伝えられる。俺達はメイドについて部屋を出て、長い通路を通り食堂に通された。既にミラシオンがおり、後ろには騎士達が立っていた。そして隣にはルクセンが座っており、どうやらミラシオンと話をしていたようだ。
ルクセンとミラシオンが立ち上がって俺に礼をする。俺も軽くカーテシーで挨拶をして席の後ろに付いた。するとメイドが席を引いてくれたので、俺はさっさと椅子に座る。アンナは俺の後ろに立ったが、それを見てルクセンが言った。
「聖女様の従者達も座るがよい。ミラシオンの騎士は堅苦しくて座れと言っても座らん」
そりゃあんたが、シロかクロか分かんないからだろうよ。だがミラシオンが俺達に言う。
「聖女様達はお座りになられてもいいでしょう。その分の食事も用意されているようです」
「だから! お前の騎士にも用意しておると言うに!」
「身分の低いものが辺境伯と同じ席に座るなど」
「ならば聖女の従者も同じではないか、ワシは気にせんといっておる」
なるほどね。豪放磊落な爺さんなわけね。俺は普通にアンナ達に言う。
「みんな座りなさい」
俺の言う事を聞いて、アンナとリンクシル、マグノリアとゼリスが座った。それを見てルクセンは好々爺として目を細めている。
「ミラシオンよ! 聖女様の方がよっぽど肝が据わっておるのう!」
「聖女様はこういうお人です」
「まあいい」
そしてルクセンは騎士達に目を向けて言う。
「おぬしらも堅い上司だと気が抜けんのう。まあ料理は後で屯所にも届けてやる、そこで食うと良いじゃろ。しかし…しらふで酒のみを見る事ほど苦痛な事はないわい」
ウィレースが答えた。
「いえ! 私達はミラシオン様に忠誠を誓っております! 私達の意思で立っているのです! どうかおかまいなく」
「おうおう、良ーく手懐けておるようじゃな」
するとミラシオンが言った。
「まあまあ、よろしいじゃないですか。聖女様がいらっしゃったんですから、もうこの話はこのくらいにしておきましょう」
「ふむ。分かったのじゃ」
ルクセンがそう言うと、次々に料理が運び込まれて来た。俺はチラリとリンクシルに目配せをする。もし毒が入っていた場合は、くちびるの先に人差し指を当てて合図をする予定だ。だがリンクシルは首を横に振った。どうやらリンクシルの嗅覚には毒の臭いはしないらしい。
普通に手元の盃に果実酒が注がれて、ルクセンも盃を手にした。
「久しぶりに聖女様にお目にかかる事が出来たのじゃ! 聖女認定式では話の一つも出来んかった。せっかくの機会じゃし、是非とも英雄の話を聞きたいものじゃな」
「そのような大したものではありませんよ」
「まずは乾杯じゃ!」
ルクセンが立ち上がるので、皆も一斉に立ち上がった。
「乾杯!」
皆が盃を上げて一口酒を飲んだ。甘くてスッキリしたジュースっぽい飲み口で飲みやすかった。
「美味しいお酒です」
「聖女様方は女性ですからな! 飲み口の良いものを用意させました!」
「お気遣いありがとうございます」
こんな豪放磊落なお爺さんなのに、レディーの扱いを心得てるってわけか。まあとりあえずそこは褒めておいてやろう。
皆が座り食事を始める。そしてミラシオンが唐突にルクセンに聞いた。
「して、陛下からは何を聞いておるのです?」
だがルクセンはじろっとミラシオンを見て言う。
「酒の席で無粋よのう。お前は昔から遊び心を知らん」
「失礼しました」
「とにかくそんなもの、明日からでいいじゃろ! 今日はせっかく腕利きの料理人をそろえたのだ。まずは美味い料理に舌鼓をうってくれい!」
俺はルクセンに言う。
「こちらのソースはとても爽やかで、食欲が湧きますね」
「そうですかそうですか! 気に入ってもらえたかの!」
「美味しいです」
そして俺はミラシオンにチラリと目を向ける。
この堅物が! もう少し心開かせねえと、聞けるもんも聞けなくなるだろ! 真面目も良いが、ちとテンパりすぎだろ。まあ、この爺さんの威圧感を考えると分からなくもないが。
「ほれ! ミラシオン! 聖女様もこう言うとる」
「はい」
そしてミラシオンが前菜の料理をフォークに刺して口に運んだ。
「ほう。なかなかプリプリして、これは何ですか?」
「この地方で取れる川エビと木の実のサラダじゃな、うまいじゃろ」
「ええ。とても」
「これは聖女様の飲んでいる酒にあうんじゃ」
そう言ってルクセンはグビリと飲んだ。俺はルクセンに尋ねる。
「私達と同じお酒ではないのですね?」
「そうじゃな。聖女様達が飲んでいるのは甘くてちょっと口に合わんのです」
するとミラシオンが言う。
「ルクセン様は酒豪です。今飲んでおられるのも物凄く強いお酒だ。もっと味の濃いものじゃないと合わんでしょうな」
「まあ、わしゃ肉を待っとる」
「相変わらずお若いです」
「年をとっても肉は食うもんじゃ」
言っているそばから、テリーヌのような物が運ばれて来た。ナイフとフォークで口に入れると、肉に豆と野菜が練り込まれており食べ応えがある。出来れば甘くないワインの方が合うかもしれない。
と俺が考えていると、ルクセンが言って来る。
「酒を代えましょうかの? 今飲んでるのは食前酒のようなものじゃし」
「あまり量は飲みません」
「わかったのじゃ」
すぐに白ワインが運び込まれ、俺はテリーヌをワインで流し込んだ。するとルクセンが何かを話し出す。
「わしはルクスエリムとは知己の仲じゃ。一言だけ言うとくが、わしゃ絶対にルクスエリムを裏切る事はない。だからそんなに力を入れずにいてほしい、わしの知っている事は明日洗いざらい話す。だから今宵はなにとぞ楽しんではもらえぬか? 年寄りの頼みだと思って聞いてはくれまいか?」
俺はチラリとアンナを見るが、分かるか分からないかくらいに頷いた。と言う事は、ルクセンの言っている事は本当で、今は単純に食事を楽しみたいと思っているらしい。ならば俺達の方から距離を縮めるチャンスだろう。まあ筋肉爺さんと仲良くなんてしたくないけども。
「では恐れ入りますが無礼講で」
ルクセンは意外そうな顔をする。
「はて? 実はわしは面食らっておるのですよ。わしの知っておる聖女様は、ミラシオンに輪をかけたような堅物だったように思うのです。いろんな修羅場をくぐって、いくぶん柔らかくなったようですな」
まず。俺がこの体に入る前の聖女は、めっちゃ堅物だって話だ。中身が二人の融合した物だと気づかれてしまうだろうか? まあ気づかれたところで、どうする事も出来ないが。
ルクセンの言葉にミラシオンが言う。
「はは。ルクセン様もそう思われますか、そこに関しては実は私も思っております」
ギクッ! おいおい。こんなところに来て、俺の中身が男だとバレたりしないよな?
だがルクセンは俺の隣りに座るアンナを見て言う。
「まあ…どうやら聖女様は龍を手に入れたようじゃ。龍の背に乗って悠々とやっているという事じゃろうな」
それを聞いたミラシオンがアンナを見て言う。
「ルクセン様がそんな風におっしゃるなんて」
ルクセンがアンナに言う。
「聖女の龍よ。お前がわしとやったらどうなる?」
アンナが黙る。それは仕方がない、アンナはコミュ障で慣れた人としか話せないのだ。俺が代わりに答えた。
「ルクセン辺境伯。彼女は敬語を話しません。不敬に当たると思い黙っているのです」
「ん? 敬語などつかわずとも構わんよ」
仕方がないので、俺がアンナに聞いた。
「ルクセン辺境伯と戦ったらどうなる?」
「本人を前にしてすまんが、一対一なら十回やって一回もわたしには勝てないだろう。全盛期だったらどうかは知らんが、もう年だ」
「ぷっ! わーはっはっはっはっ! 歯に衣着せぬ物言い! 気に入った! 名はなんという?」
「アンナ」
「全盛期に出会いたかったぞ。しかもまだ若い、お前はこれからまだまだ伸びる」
「そりゃどうも」
ミラシオンが冷や汗をかいているが、アンナは堂々としたものだ。そしてルクセンが続けて言う。
「聖女様は周りに女しか置かないと聞いておったが誠じゃった。流石は聖職者の鑑と言ったところじゃな」
いや。男が大っ嫌いだし、可愛い女の子に囲まれて生きていたいにんげんだもの。
「恋愛や伴侶など不要。私は国の発展に全力を注ぐのみです」
「まあ、そのあたりは相変わらず堅物じゃな」
そしてメインディッシュの肉が運び込まれて来た。かなり分厚くてボリュームがあり、ソースがめっちゃ美味そうだ。
「聖女様は、肉はどうですかな?」
「もちろん。好きです」
「それはよかった!」
フォークを刺すとスッと肉に入り、さほど力を入れなくてもナイフで切れた。一流の料理人と言っていたが嘘ではなさそうだ。それを頬張ると、甘い脂と肉が口の中でほどけソースと相まってめっちゃ美味かった。
「これもまた。美味です」
「聖女様も肉を喰らうのですな!」
「好物です」
「やはりちょっと変わられたようだ。してその食べっぷりも見事! 帝国を退けた英雄の片鱗が垣間見えますな」
「あれもたまたまです」
「よろしければお聞かせ願いたい、帝国を退けた蛮勇を!」
「わかりました」
そして俺はルクセンに帝国戦の話や、ワイバーンを撃退した話などを聞かせる。ルクセンは目を輝かせて俺の話に聞き入っていた。
「まるで御伽噺の本にでもなるような話ばかりですな。王都が仕組んだプロパガンダかと思いきや、本当の事だったとは。…いやはや」
第二騎士団長のレルベンゲルと同じことを言っている。どうやら俺がやった事は、到底信じられないような出来事なのだろう。ルクセンの俺に対する態度も、最初の小娘に対しての好々爺とした雰囲気から変わって来た。どこか畏敬の念が含まれているようにも感じる。
「まあ偶然でしょう。どうやら私に手を下そうとした者には、女神フォルトゥーナの天罰が下るようです」
少し冗談のように言ったつもりが、ルクセンは真顔で答えた。
「まさに…神罰が下るとはこの事でしょう。全盛期のわしも鬼神と恐れられたが、聖女様の話の前には霞んでしまいます。わしやアンナがいくら高みを目指したとて、聖女様の偉業は無しえない。何卒、ルクスエリムを…この国をよろしく頼むのじゃ。聖女様は間違いなくこの国を変える力をお持ちのようだ。その力を何卒、和平のためにふるってくだされ」
「そのつもりです」
結局、晩餐では何も起こらず無事に食事を終えた。ルクセンはすっかり酔っぱらって上機嫌、何かを狙っているようにも感じなかった。ミラシオンは終始気をぬかなかったが、アンナもルクセンには危機感を感じなかったと言っている。
食事会は何事もなく、俺達は普通に部屋に戻されたのだった。俺が部屋に戻るとゼリスの使役している栗鼠が窓際に居た。そして俺はマグノリアに言う。
「じゃあゼリスに言って。ルクセンの身辺にこの栗鼠を潜らせるように」
「はい」
ゼリスが窓を少し開けると、栗鼠は外に出て行った。俺達はゼリスを囲むように座り小さな密偵からの情報を待つのだった。
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