第152話 小さなイケメン

 ミラシオンと話し合った結果、ゼリスを連れていく事を了承してもらう。ゼリスを助けたことで、マグノリアもリンクシルもかなり元気になってくれたようだ。俺としてもこれまでずっと気がかりだった事が解消されて、心置きなく次の仕事にとりかかる事が出来る。


 道中の馬車の中でゼリスから話を聞く事にした。


「マグノリアが連れ去られた後はどうだったのかな?」


「残された、ばあばと僕はずっと祈ってた。無事にマグノリアが帰ってくるようにって」


 婆さんは可哀想だったな。可愛がってた子二人を連れていかれて、もう祈る事しかできなかったんだろう。


「マグノリアもずっと気にしてたんだよ。弟が人質に取られているって」


「僕はマグノリアみたいに力が強くないからって、足無蜥蜴の連中はマグノリアだけを連れていったんだ。むしろ僕が連れていかれればよかったのに」


「ゼリスが連れていかれれば良いなんて事はないよ。だれにも自由を奪う権利はない」


「貧乏村の子供になんて、自由なんかないよ」


「そんな事はないよ」


 するとマグノリアがゼリスに言う。


「ゼリス。私はいま幸せだよ、だからゼリスにも知ってほしい」


「そうなの?」


「だから一緒に行こう」


「そっか…」


 ゼリスの話から東スルデン神国の情況を知り、ヒストリア王国との差を感じた。扱いは酷いかもしれないが、東スルデン神国では能力のあるものは貴族でなくても利用される。もっと正当な理由で、たくさんの国民から能力のあるものを選出する機関を作るしかない。とにかく始めようとしている、孤児学校を作る事は間違いではないと思う。


「ゼリスが連れていかれた理由は?」


「足無蜥蜴は僕は使えないと言われたけど、メプリ・クルケット子爵に目をつけられたんだ。微妙でも力があるのであれば、鍛えて使えるようにするとか言われて。マグノリアが欲しかったけど、高値で売れるからって手放したんだよ」


 アンナが目を潰した貴族の事だ。


「ゼリスを鍛えて、どうするつもりだったんだろう?」


「自分の所の軍隊の力を底上げするんだって、僕が大きな魔獣を使えればそれが出来るって」


 なるほどね。自分の昇進の為にゼリスを利用しようとしたわけか。


「なんで、子爵はゼリスに女の子の服を着せたんだろう?」


 するとゼリスは下を向いてしまった。よく見ると震えているようにも見えるし、俺は余計な事を聞いてしまったのかもしれない。


「答えなくていいよ。ごめんね」


「べつに」


 なるほどね。見た目は女の子のようにかわいいし、子爵はゼリスを愛玩したわけだ。男色の貴族なんてわんさかいるし、どこの国でも容姿のいい子は餌食になるらしい。それは東スルデン神国に限らず、自国にもいるから分かる。


 アンナが俺に言った。


「どこも腐ってるな」


「なまじ権力を持っちゃうとね、そしてその腐った者同士が国を超えて繋がるって言うのもね。やっぱり、腐ったものは腐ったもの同士繋がっちゃうんだろうかね」


「そうかもしれん」


 本当に可愛がるなら人として大事にしろってんだ。俺も自分の周りを美女や美少女だらけにしてるけど、誰にも嫌な思いをさせていないって自負してるぞ。


 そこに愛はあるんか!


 と言いたい。愛があるなら、そんな扱いにならないはずだ。恐らくは人を人じゃなく、玩具のように考えているのだろう。まったく腐ってやがる。


「生活は? 食べ物は食べれていた?」


「残り物だったけど、村に居た時よりは良いものを食べていたかも。いつも冷えていたけどね」


「自由はあったの?」


「ないよ。ずっと部屋に居た」


「そうか。それでそんな痩せっぽっちになっちゃんだ」


「食いもんは、ばあちゃんの芋の方がずっと美味かった。温かかったしね、いくらうまくても冷えて硬いもんはまずいんだ。一人で食う飯ほど不味いものはない」


 強いな。そんな状態でも、自分を保っていられたんだ。俺がこんな小さい時にそんな仕打ちを受けていたら、自分を保てなくなる自信がある。だがゼリスは自分を保って生きていた。


「ゼリスは偉いね」


「偉くなんかない。僕は抵抗もしなかった」


「いや、そしてゼリスは強いよ」


「捕らえられていたのに?」


「人として、とても強いと思う」


 するとゼリスはマグノリアを見て言った。


「お姉ちゃんがいたから頑張れた! お姉ちゃんが居なかったら頑張れなかった!」


「マグノリアがいたから?」


「いつかお姉ちゃんを絶対に助けるって思っていたから! 逆に助けられちゃったけど!」


 するとマグノリアがゼリスをぎゅっと抱きしめた。ポロポロと涙を流し、ゼリスはされるがままに抱かれていた。


「ゼリス! ありがとね! ずっと思っていてくれて、そして遅くなってゴメン」


「それは僕の台詞だよ」


「ううん。あなたは頑張った! 本当に本当に! だからお姉ちゃんに甘えて良いよ」


 そう言われるとゼリスは俯いた。床にぽたぽたとシミがついて行くので、泣いているようだが鳴き声を上げなかった。本当に強い子だ。


「マグノリア」


 俺はハンカチを取り出してマグノリアに渡してやる。するとマグノリアは、ゼリスにハンカチを渡した。しばらく俺達は外を見て二人を見ないようにしていたが、ゼリスはハンカチでしっかりと涙を拭いて顔を上げる。


「聖女様。お姉ちゃんを守ってくれてありがとう。本当は命を狙われたんでしょ?」


「マグノリアはワイバーンをヒストリア王国に持ち込んだだけ、直接的には私に手を下してないよ」


「イーベはどうなったの?」


 それにはマグノリアが答えた。


「死んじゃった。騎士団に討伐されちゃったんだって」


「そっか…イーベが。可哀想に」


 イーベとは俺を襲ったワイバーンの事らしい。


「でも、結果聖女様に牙をたてる事は無かった、それだけが本当に良かった」


「そうか。そうだね、もし聖女様に何かあったらおねえちゃんは助からなかった」


 ゼリスは冷静に情況が把握できる子のようだ。見た目が女の子のようではあるが、冷静に物事を考えられる子らしい。


 でも…この子。普通に成長していったら絶対イケメンになるよなあ…。自立できる年になるまでは面倒は見るが、それからは自分で生きていけるだろう。うん、こんなにおりこうさんなんだから問題ない。


 俺は自分の下心を見せないように、目の前の小さなイケメンにライバル心を燃やすのだった。

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