第151話 朝帰り
俺達が駐屯地に着いた頃、すっかり朝日が昇り辺りは明るくなっていた。ヒッポでいきなりホテルに降りるわけにもいかず、町の外に着陸してヒッポをそのまま飛ばしてやった。俺達が木で出来た市壁をぐるりと周っていくと、早速ミラシオンのとこの兵士に見つかってしまった。
「えっ! せ、聖女様?」
こういう時は開き直りが肝心だ。
「あー、どうも! おはようございます!」
「なぜこんなところに! 騎士の護衛をつけずに危険では? 何をなさっているのです?」
「さんぽ」
「さ、散歩? こんな遠征中に?」
「まあ…とにかく部屋に戻りたいのだけど」
「は! 失礼いたしました! それでは、お連れいたします!」
「よろしく」
よかった! 『散歩』で乗りきっちゃった!
俺はあえて大声で言う。
「散歩! 楽しかったね!」
「ああ」
「はい!」
「あの、はい!」
アンナもマグノリアも、ゼリスも散歩と言う事で通してもらおう。門に行くとこれまた、アルクスの騎士達が騒めいている。
「へっ? なんで聖女様が外から?」
すると外周を警護していた騎士が言う。
「聖女様は散歩されておったのだ!」
「さ、散歩?」
「そうだ。そして早く部屋にお戻りになられたいらしい!」
「わ、わかりました!」
数人の騎士がぞろぞろと尽き従い、途中でも騎士達に出会ったが全て散歩で通した。そしてホテルに到着して、門をくぐっていくと天幕の方からミラシオンとウィレースが駆けつけて来た。
「な、聖女様! なぜに外から?」
「すみません。ちょっと空気を吸いに歩いておりました」
「ホテルを出た、形跡はなかったかと」
「みんなを起こすといけないかな、と思いまして」
「いや! あの! 見張りは! 見張りはどこだ!」
するとホテルの周囲から騎士達が走り込んで来た。
「お前達! 聖女様がお出かけになるのを見ていなかったのか!」
「も、申し訳ございません!」
ヤベエ…ちょっと大事になって来た。これだと警備に立った騎士達が罰せられるぞ。
「いやいや、騎士様達は悪くありません。私達がこっそり出かけたのです」
「しかし、気が付かないなど。護衛にあたる騎士にあるまじきこと」
「いや。出かけると言ったら無理そうでしたので、魔法を使ってホテルを出たのです」
「魔法? なんと…」
ミラシオンのイケメンの顔があっけに取られている。だが次第に顔が赤くなってきた。
「聖女様! 何を考えておられるのです! 聖女様は国の第一警護対象なのですよ! それにもかかわらず、騎士に気づかれないようにこっそり出るなど考えられません!」
「すみません。ちょっと軽率でした」
「軽率を通り越してます!」
「以後気を付けます」
怒ったミラシオンの視線が、メンバーを確認するように動いた。するとゼリスを見て言う。
「その女の子は?」
いや。男の子だけど。まあミラシオンは諜報員の情報など知らないと思うので、適当にでっち上げて話す事にした。
「実はこの子はマグノリアの生き別れの弟なのです」
「えっ?」
「ちょっとこの近所に住んでいたので、迎えに行っていたんです」
「そのような事であれば騎士団にご用命いただきたかったです! 聖女様に何かありましたら、私以下アルクスの騎士団はキツイ処分を受けます。とにかく何も無くて良かったですが、動く時は必ず声をかけてください」
いやいや。声をかけたら絶対ダメだったでしょ? 仮想敵国に行って人を救出してくるなんて。でも、嘘は本当の事を混ぜて話すと信じてもらえるもんだな。
「わかりました。そう言われてみればそうすると良かったですね、ちょっと近所に住んでいる仲間の弟を迎えに行ってくれとお願いすれば済みました」
「その通りです! 今後は何卒よろしくお願いいたしますよ!」
「わかりました。勝手な真似をしてすみませんでした」
するとミラシオンは周りを一回り見て、自分だけが大慌てしている事に気が付いたらしい。襟を正して冷静になり俺に言う
「申し訳ございません。聖女様に不敬な真似を、優秀な護衛がいるのですからいらぬ心配だったかもしれません」
「いえいえ。ミラシオン卿のおっしゃる事はごもっとも、今後はきちんと相談させていただきます」
もちろん許可が下り無さそうな事はこれからも勝手にするけど、とりあえずここは誤魔化しとこ。
俺達がホテルに入り自分達の部屋に戻ると、部屋の前に護衛に立つ騎士があっけに取られている。恐らくこれからミラシオンのお小言があると思うが、俺は準備があると言って部屋に入った
「おかえりなさい!」
リンクシルが俺の元に走って来た。
「ただいまリンクシル! こっちは大丈夫だった?」
「騎士が朝に挨拶に来ました! 朝食はどうするかって! 寝ていると言ったら行きました!」
「それならよかった」
リンクシルがゼリスを見て涙を流し始める。マグノリアとゼリスがリンクシルの所に来て、三人で抱き合い泣き始めるのだった。俺がそれを見てほっこりしていると、ドアがノックされたのでアンナが出る。
「なんだ?」
「朝食はいかがなさいましょう?」
メイドだった。それには俺が答えた。
「いただこうかな。申し訳ないけど五人分用意してもらえる?」
「かしこまりました」
メイドが出て行ったので、俺はゼリスに向き直って言う。
「ところでゼリスはどうして女の子の格好をしているの?」
「それは…」
「言いたくないなら言わなくていいけど」
「伯爵に着せられてた。こっちの方が似合うとか言って」
それに関しては伯爵の意見に賛同するところだ。どう見ても女の子にしか見えないし、俺も側に置いておくならその方が良いだろう。だけど本人の意思を確認しておかないといけない。
「その格好は嫌?」
「村に居た時のボロよりはいいけど、むしろそっちの人のような恰好がしたいな」
そういってゼリスはアンナを指さした。いや、それはドラゴンの鎧だから、めっちゃくちゃ高いんだよね。素材が無いと作れないし。
「これは普段着じゃない」
アンナが言うとゼリスが答える。
「それは分かってるけど、カッコイイ」
なるほどやっぱり男の子だ。見た目が女の子でも、カッコイイのが好きみたいだ。まあマグノリアよりも小さいし、女の子に見えるからそのままでいてくれた方が嬉しいが。
「とにかく王都に帰るまでは仕方ないからそのままで」
「助けてもらったんだから文句は言わない」
これからミラシオンに対して、この子も連れていく事を説明せねばならない。その時は女の子として説明したほうがいいだろうし、とりあえずそれで突き通そうと思う。
するとマグノリアが言う。
「ゼリス、聖女様はね。とっても尊い人なの、もっと敬ってね」
「聖女!?」
「そうよ」
「聖女は国の脅威って聞いてる」
「違うわ。聖女は私を匿って大事にしてくれてるの」
「そうなのか?」
俺がゼリスに言う。
「マグノリアの弟であるゼリスも大事だよ。私は決して仲間を裏切らない」
「…わかった」
ゼリスは半信半疑のようだが、マグノリアの言葉で一応信じてくれているようだ。もちろんこれから時間をかけて、信頼関係を築いていくしかない。
そしてドアがノックされ、五人分の朝食が運び込まれてくるのだった。
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