第150話 敵地からの救出
ヒッポに乗れば道なりに行かなくてもいいのが良い点だ。一日がかりの道のりを一時間ほどでクリアしてしまう。山を越えて北西に向かって飛んでいるうちに、いつの間にか雲が薄れ月が出て来た。おかげで大きな都市がはっきりと見えて来る。
「あれだね」
「そのようだ」
「マグノリアは、あの都市には行った事あるの?」
「はい」
「じゃあ領主邸に向かって飛んで」
「はい」
都市のはるか上空を飛びくるりと都市を旋回すると、中央部分にひときわデカい建物が見えた。マグノリアに教えてもらわなくても、間違いなくあの城が領主の城だ。
マグノリアだけではなく、俺も緊張して来た。俺は敵地の大都市のど真ん中に降りようとしているのだ。だがここまで来て引けない、一度失敗すれば次は警戒されて救出は不可能になるだろう。それだけならともかく、下手をすればマグノリアの弟は殺されてしまう。
アンナが俺に言う。
「あの塔の上に二人の見張りがいる。あそこから侵入するぞ」
「わかった。じゃあマグノリア、丁度塔の真上にヒッポを」
「はい」
ヒッポが見張り台の真上に来てホバリングした。俺は杖を振りかざし、下の見張り台に狙いを定める。騎士が三人ほど各方面を見張っているようだ。
「行くよ」
「ああ、思いっきり降りそそげ」
「わかった」
俺は魔力の出力を上げる。ピカ! 俺の魔法の杖から雷が落ちた。ゴロゴロゴロと遅れて音がする。普通に落雷並の電撃が、見張り台を直撃し見張りはバタバタと倒れた。
「凄いな」
「全力で行けってアンナが言ったから」
「それでいい」
ヒッポが見張り台に降りたので、俺達三人がヒッポから飛び降りる。ヒッポはすぐに飛び去っていき、暗い夜空に溶け込んで見えなくなった。
「みんな、集まって」
アンナとマグノリアが俺に寄り添う。
「筋力強化、筋力最強化、脚力強化、脚力最強化、自動回復、金剛」
三人をぱあっと光が包み込み、俺達に身体強化魔法がかかった。
「行くぞ! 遅れるな!」
「「はい」」
アンナを先頭に見張り台の入り口から中に入ると、螺旋階段が下に向かって続いていた。どうやらヒストリア王城と似たような作りになっているらしい。
俺が螺旋階段の下を見降ろして、杖をそっと出し魔法を唱える。
「気配感知」
薄っすらと魔力が降りていき、内部にどれだけの人間がいるのかを把握した。
「螺旋の途中の部屋に数人がいる。だけどまだ進入には気がつかれてない」
「さっきのは普通に雷だと思うだろうな」
「そうか」
「行くぞ」
俺達が螺旋階段を降りていくと、鉄格子がついた木のドアが見えて来る。
「あれは?」
「牢獄か…それとも兵達の控室か…」
俺達がそのドアの前に行って、アンナが鉄格子から中をのぞく。
「騎士が四人」
「わかった」
俺はそっと鉄格子から、魔法の杖の先についた魔石の部分を差し込む。
「ミスト」
俺の杖の先から水蒸気が発生して、内部に噴き出していった。中でそれに気が付いた騎士が叫んだ。
「おい! あれを見ろよ」
「なんだぁ?」
アホが。どう考えても異常値だろ? ヒストリアの近衛か第一騎士団なら有無を言わず動くぞ?
そんな奴らには電撃だっちゃ!
バリバリバリバリ! 水蒸気を伝って、室内にプラズマのように落雷が広がった。そして再び鉄格子から中をのぞくと、煙を吹いた騎士達が転がっているのが見える。
「行こう」
するとアンナが俺の手首をつかんだ。
「まて、魔力はどうだ?」
「全然切れてない。と言うかそれほど使った感じがしない」
「よし」
俺達は螺旋を下に降りていく。すると最初の階層の踊り場に出た、角から廊下を覗くと左右どちらにも人はいなかった。
まあ有事でもないし、廊下に護衛が立つ事はないか。
「どっちに行く?」
「弟が何処に捉われているかだな。順当に言えば地下牢だが、普通に部屋に軟禁されている可能性もある。なにせ、テイマーとしての資質を買われて連れてこられたらしいからな」
するとマグノリアが言う。
「あの、鳴き声を真似れば答えてくれるかもしれない!」
「「鳴き声?」」
「二人の秘密の遊びです」
俺とアンナが顔を見合わせる。こんなところで何かの鳴き声を出せば、いっきに警護の騎士が押し寄せてくるだろう。だが場所を特定するならそれが最適かもしれなかった。
「どうする?」
「今は深夜で、大きな音を出せば気づかれる」
「確かに…」
とはいえ時間の猶予はない。俺はマグノリアに行った。
「マグノリア。ヒッポを呼び戻して、庭で暴れさせよう」
「えっ? でもそうしたらヒッポが!」
「大丈夫。私とアンナでヒッポを救うから。とにかく今は注意を逸らす必要がある」
「わかりました」
しばらくすると、庭からヒッポの大きな鳴き声が聞こえて来た。ドシンドシンと木か壁にぶつかっているような音がする。
「ヒッポ大丈夫かな?」
マグノリアが言うが、アンナが頷いて答える。
「あれでも凶悪な魔獣だ。魔導士が集まらねば、近寄る事も出来ない」
そうこうしているうちに、領主邸の中が騒がしくなった。庭で暴れている魔獣に、皆が慌てて起きだしているのだ。
「庭だ! 庭に化物がいるぞ!」「であえ! 剣を持て!」「魔導士に召集をかけよ!」「弓隊を叩き起こせ!」
おお、いい感じに騒ぎになって来た。だが悠長にしていたら、いくらヒッポとは言え殺されてしまうだろう。
「マグノリア! 鳴いて」
「はい!」
マグノリアは口に手を当てて声を上げた。
「きゅぅぅぅいぃぃぃいぃ! きゅぅぅぅいぃぃぃぃぃ!」
どうか? 領主の城の慌ただしい音の中で、俺達はそれを聞き分けようと耳を澄ます。だが雑踏に紛れて聞こえない。
俺は魔法の杖をかざし三人に身体魔法を追加する。
「聴力強化!」
すると…微かに。本当に小さな小さな鳴き声が聞こえた。
「きゅぅぅぅいぃぃぃぃぃ!きゅぅぅぅいぃぃぃぃぃ!」
それを聞いたアンナが言う。
「こっちだ!」
なりふり構わず廊下を突き進む。すると廊下の先を数人の騎士が走って行った。慌てているのか俺俺達に気が付かなかったようだが、そのまま走るといきなり目の前のドアが開かれた。
「えっ?」
するとそこに娘と思しき貴族の娘が顔を出した。アンナが剣を抜くが、それより早く俺は微弱な電撃でその子を倒す。失神したようだが死んではいない。バッチリ顔は見られてしまったと思うが。
いくら敵地だとしても、無抵抗の貴族の娘は殺してはいけない。ちょっと可愛かったし。
アンナは俺の意図を理解したらしく、それに気を止めずに再び走った。
「こっちだ!」
俺達は通路の分かれ道に出た。壁に寄り添ってそっと覗くと、騎士達が慌てて出て行くところだった。
「きゅぅぅぅいぃぃぃいぃ!」
と相変わらず鳴いてくれているようだ。マグノリアがそれに呼応するように鳴いた。
「きゅぅぅぅいぃぃぃいぃ!」
だがその音を聞いたか聞かずか、目の前のドアがバッと開く。するとそこから四人の騎士に護衛された、高貴な服を着た男が出て来た。俺達とバッチリ目が合ってしまう。間違いなく貴族だ。
「な、なんだ! 誰だお前達は!」
貴族が叫ぶので、俺がそいつに聞いた。
「あなたは伯爵か?」
「無礼な! 斬れ斬れ!」
四人の騎士がこちらに向かおうとするが、数歩も歩けなかったと思う。アンナが一瞬で四人の首を飛ばしてしまったから。
「えっ? あれ?」
ドン! アンナが伯爵を蹴飛ばして転がした。そして胸のあたりに足を乗せて思いっきり踏み込む。
「ぐぇ」
恐らく呼吸が出来ていない。俺はそこに行って聞く。
「ゼリスはどこ?」
「……」
まるで鯉のように口をパクパクさせている。恐らく苦しがっているのだろう。
「エンド、緩めて」
「了解、オリジン」
「すぅーーー!」
伯爵が酸素を求めるようにおもいきり息を吸う。そのすぐあとだった。
「くせもっ!」
ぐうっ! とアンナが再び胸を踏みつける。
「……」
アンナは言った。
「次に叫べばお前の胴体から首を切り離す」
伯爵は哀願するようにアンナを見た。スッと足を緩める。
「わ、わかった。なんだ? 何が目当てだ? 金か?」
「ゼリスを貰っていく」
「あ、あ奴など、ようやく子ネズミを使えるようになったようなテイマーだ。あんなものくれてやる!」
俺が伯爵に言った。
「ゼリスは物じゃない。あと口の利き方に気を付けろ、誰を相手にしているか分かってるのか?」
「あ、いや。こ、これだけの手練れならうちで雇ってやる! いくらでも給金をはずむぞ!」
ダメだ。腐ってる。
「マグノリアを知っているか?」
「は? 誰だそれは?」
「凄い力の女の子のテイマーだ」
「ああ、それなら捕まえて足無蜥蜴(あしなしとかげ)に引き渡した」
「なぜだ?」
「いや…それは…言えない」
「言え!」
アンナが剣を伯爵の目玉にプスッと差し込む。
「うっぎゃ」
だが、また胸をグイっと踏みつけて呼吸を止める。そしてスッと力を抜いた。
「何故だ! なんでこんなことをする! お前達は何者なんだ!」
眼を抑える手から血が流れ、俺達を怯えるように見ている。俺は続けて聞いた。
「うるさい。何故そんなことをやった?」
「頼まれたんだ! ある国から来た男に! 正体は分からん! 本当だ!」
「お前のメリットはどこにある?」
「領地だ! ヒストリアとの戦争に勝ったらヒストリアの西側をくれると言った! そうすれば俺は一目置かれる貴族になる!」
くだらない。
「ゼリスは?」
「二階の西側の部屋だ! そこに閉じ込めている!」
俺がアンナに聞く。
「エンドこいつは本当の事を言ってる?」
「嘘は言っていない、それに時間がないぞ! ヒッポがやられる!」
「じゃあ、もう一つの目を」
「や、やめてくれ!」
ドス!
「ぎゃぁ」
叫びそうになったので、俺は伯爵の体に強い電撃を通した。恐らく死にはしないが後遺症くらいは残るかもしれない。両目を潰したから、俺達の事を認識する事も出来なくなったし。まあ俺並の回復魔法の使い手が、この領地に居れば別だが。
失神した伯爵から離れて、俺達が走り二階の部屋に行くと、騎士数人が俺達に気が付いた。
だが遅い。
次の瞬間アンナの剣に斬られていた。アンナがその先の部屋の扉の前に立って言う。
「恐らくここだ」
するとマグノリアが扉の前で鳴く。
「きゅぅぅぅいぃぃぃいぃ!」
「きゅぅぅぅいぃぃぃいぃ!」
呼応した! アンナがドン! と扉を開くと、そこにはとても可愛らしい女の子がいた。
だがマグノリアが鳴きながら、その子に抱きつく。
「ゼリス!」
「マグノリア!」
二人はぺたりと床にしゃがみ抱き合って泣いている。
えっと? 弟? なんだよね?
だが間違いないようで、二人は抱き合って泣いている。
「マグノリア。時間がない」
「あ、はい!」
ゼリスは不思議そうな顔で俺とアンナを見た。それに気づいたマグノリアが言う。
「この人達は助けに来てくれた人だよ! 行こう!」
「うん!」
騒がしいので窓に近寄り外を見ると、騎士達に囲まれているヒッポがいた。斬りかかられているものの、刃はまだヒッポに届いていないらしい。だが今にも槍が刺さりそうな状況だ。
すると騎士達が叫んだ。
「魔導士が来た!」
「よし、一旦離れろ!」
まずい!
騎士達の言葉を聞いて俺は慌ててアンナに言う。
「アンナ! 行って!」
「しかし、聖女を残しては!」
「考えがある!」
「わかった!」
「絶対結界!」
アンナに破れる事のない結界をかけた。するとアンナはそのままヒッポめがけて飛ぶ。それと同時に、ヒッポに向かって魔導士の火の玉が飛んだ。だがアンナの方が早く着地し、なんと魔法の火の玉を真っ二つに斬ったのだった。
魔法付与されている剣だからこそ出来る芸当だった。俺は自分の杖の上にどんどん巨大な水の塊を作っていく。その間もアンナは魔導士の攻撃を防いでいるが、少しずつヒッポに被弾して来た。
「マグノリア」
「はい」
「私が電撃を発動するから、その前にヒッポにアンナを咥えさせて飛んで』
「わかった!」
俺の水がベランダから、ふよふよと上空に向かって飛んでいく。攻撃魔法としては使えないが、俺はそれを上空で派手に破裂させた。すると騎士や魔導士に雨のように水が降り注いでいく。
「今!」
マグノリアがヒッポを使役し、アンナを咥えて三メートルほど上空に飛びあがった。そこを狙って火の玉と弓矢が飛ぶが、次の瞬間、俺が地上に向けて最大火力の電撃を降ろす。
特大電撃だっちゃ!
ビシャァァァァ! バリバリバリバリバリ!
地上にいる者が一瞬で倒れ込む。恐らく今の威力なら心臓が持たないだろう。
そしてベランダにヒッポが来た。俺がマグノリアとゼリスを先に乗せると、部屋の入り口から騎士達が叫びながら入って来た。
「曲者!」「覚悟!」「逃がすな!」
残念ながら、俺、今めっちゃ機嫌悪いんだよね。
溜まりに溜めた魔力に電撃を乗せて、おもいきりベランダから部屋の中に放出する。高圧電撃の直撃を受けた一部の騎士は、あたった場所が骨になってしまった。さらに部屋の中から猛烈な炎が上がる。俺はそれを尻目にヒッポに乗るのだった。
そして振り返って言う。
「マグノリアの事を酷い目に合わせた君の領主が悪いのさ。恨むなら伯爵を恨みたまえ!」
まあ誰も聞いていないけど、俺達はそれを捨て台詞にして夜空へと舞い上がるのだった。そしてアンナがポツリと言う。
「聖女を怒らせるのはやめておこう」
「ち、違うんだよ! 私はちょっと機嫌が悪かっただけで…」
そんな言い訳をしているとマグノリアがニッコリ笑って言った。
「ゼリスと! ゼリスと出会わせてくれてありがとうございます!」
よかった。マグノリアは俺を怖がってない。女の子から怖がられるのが一番嫌だ。無事にゼリスを救出した俺達がヒストリア方面に向かう頃、薄っすら空が紫色になってきた。夜明けが近いらしい。
「マズい。ミラシオンが迎えに来ちゃう」
俺がそう言うと、アンナがマグノリアに言う。
「ちょっとヒッポに無理をさせてくれ! 急ぐんだ」
「はい!」
ヒッポがスピードを上げ、俺達は眼下にマグノリア達の山村を見る。マグノリアとゼリスが山村に向かって手を振り、反対の二人の手は堅く結ばれるのだった。
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