第149話 ほんの少しの帰郷

 真っ暗な夜空を飛ぶこと一時間、マグノリアがそろそろ自分の村が見える頃だという。だが真っ暗なために、あまり地表か見えなかった。


「アンナ、ここで光魔法は使えないよね?」


「そうだな。敵が潜んでいたらバレる可能性がある」


「月が出るまで待つ?」


「晴れそうにないぞ」


 確かにアンナの言うとおりだ。空には厚い雲が浮かび、月が出る様子はなかった。と言う事は上空から探すんじゃなくて、下に降りて進むしかないだろう。


「降りるしかないかな」


「そうなるな」


 するとマグノリアが俺達に言う。


「危ないならやめましょう! 弟の為に聖女様が死んだら大変です」


 俺はマグノリアの頭をポンポンとして言う。


「何言ってる? 千載一遇のチャンスを逃すわけないでしょ。そもそも出るのがもう少し早ければ、村に明かりがともっていたはず。作戦に不備があったと認めるしかない」


「月が出ないのは誤算だった」


「マグノリア。この山間部を周回するようにヒッポに命じて」


「はい」


 そして山間をクルクル飛ぶ事、ニ十分。村の灯りを見つける事が出来ずに、俺達は地表に降りる事にしたのだった。ヒッポがゆっくりと山に下りていき、俺達は森林地帯に降りた。


「じゃあヒッポには適当にご飯でも食べさせておいて」


「はい」


 そしてマグノリアがヒッポをポンポンと撫でて言う。


「ご飯食べて来なさい」


 ぐるうう! 一声鳴いてマグノリアに頬ずりをしてから飛び立っていった。


「この谷間であってるんだよね?」


「間違いありません。谷に降りれば村があります」


「じゃ、行こうか?」


「案内します!」


 そしてマグノリアはスイスイと山を下って行った。アンナが感心したように言う。


「なかなか素早いな」


「山は慣れてるから」


「さすがは凄腕のテイマーだ」


「あ、あんまり凄くないです」


「いやいや、ワイバーンやヒポグリフを使役するテイマーなど聞いた事がない」


「えっ? そうなんですか?」


「マグノリアの周りに居たのか? 今まで」


「居ません」


「だろうな」


 山肌は結構険しく歩きづらかった。急斜面の雑木林を、マグノリアとアンナはスイスイと下りていく。俺はどんどん離されていくのだった。二人はまるで平地を進むように進んでいくが、俺にそんな真似は出来ない。


 アンナが俺の所に来て言う。


「すまない。気が付かなかった」


「御免ね。こう言うところは歩きなれない」


「聖女が山歩きをするわけがないからな」


「私、足手まといだね」


 だがアンナがくるりと振り向いて俺に背中を見せる。


「おぶっていく。来い」


「えっ?」


「時間はないぞ」


「わかった」


 俺はアンナの背中におぶさる。するとアンナは風のように谷を降りていくのだった。ジェットコースターが降りるような感覚で血の気が引いて行くが、おんぶしてもらっているので文句は言えない。俺は必死に自分に癒し魔法をかけて耐えた。


 やっと平らな所に降りて来たので、俺はアンナから降りた。


「ありがとう」


「問題ない」


 するとマグノリアが言った。


「これが村までの道、少し下に降りて来ちゃったみたいです」


 谷を縫うように小道が続いており、今度はそれを登っていくことになる。道は悪いが雑木林を歩くよりはましだ。


「私とマグノリアは身体強化をかけるよ」


「はい」


 そして俺はマグノリアに身体強化魔法をかける。


「脚力上昇、筋力強化」


 マグノリアは淡く輝き、俺はそれと同じ魔法を自分にもかけた。それでもアンナに全力を出されたらついて行けないと思い言う。


「アンナ! ゆっくり走って!」


「わかった」


 アンナが走り始めたので、俺とマグノリアがそれに遅れないように山道を登っていく。するとマグノリアがあるものを見つけた。


「石碑がある。村までもう少し」


「急ごう」


 俺達が山道を登りきると、先に村っぽいのがあるのが分かる。するとアンナが俺達に言って来た。


「林に潜んで近づくぞ」


 ガササと林に入って、更に村に向かっていくとすぐ近くまで来た。するとアンナが俺達に言う。


「なんだ? 見張りみたいな奴がいないぞ? というか気配の強い者はいない」


「えっ?」


 マグノリアが一瞬青くなる。


「みんな死んじゃった?」


「いや、人はいるんだ」


「近づいてみよう」


「ああ」


 そして俺達三人は、村へと近づいて行く。


「危なそうなのはいない」


 どういう事だろう? 俺はてっきり騎士とか悪いやつらが見張ってるんだと思ってた。すると俺達にマグノリアが言う。


「村に行ってみます」


「よし」


 俺達三人が村に潜入するも、確かに怪しい人はいなかった。村は静かに寝静まっている。


「寝ているな…」


「村人だよね?」


「多分な」


 するとマグノリアが言った。


「お世話になっていた、ばあばの所に行って見る」


「そうだな。このままだと埒があかない」


 村と言っても、十軒程度しかない本当に小さな山村だった。その真ん中あたりにあるそこそこ大きい丸太の平屋に行くと、マグノリアがコンコンとドアをノックした。しばらく待っていると、建物の窓から明かりが漏れる。どうやら今ので起きてくれたらしい。


 扉の向こうから声がした。


「だれじゃ?」


 マグノリアがハッとしたような顔で返事をする。


「マグノリアだよ」


 バッ! と扉が開いた。そこには優しそうなお婆さんが立っていた。


「マグノリアじゃないかい! よく無事で戻って来たね!」


「お婆さん!」


 お婆さんはマグノリアを、ヒシッと抱きしめて肩を震わせている。そして嗚咽を漏らして泣き始めてしまった。


「良かった…生きてたんだねえ…。マグノリアや、本当に元気そうでよかった…」


 俺達はしばらくそれを見守る。しばらくしてようやくお婆さんが俺達を見上げた。


「どなたか存じませんが、マグノリアを連れて来て下さったのですね?」


「ええ。悪いやつに使われていたのを助けたのです」


「おお…おお…まるで女神様のようじゃ」


 しかし、すぐに老婆の顔が曇る。


「つ、連れて来ていただいて感謝したいところですが、ここに居ればマグノリアはまた利用される。も、もし! もし可能ならば何処か安全な所に連れて行ってくだされ! そこで幸せに暮らせるのならば! どうか! この子をお助け下さい!」


 今、感動の再会をしたばかりなのに、老婆はマグノリアを救ってくれと言う。とにかく落ち着くように言って、家の中に入れてもらった。


「マグノリア。しばらく見ない間に、小奇麗になったねぇ…。それにふっくらしたような」


「今は幸せだよ」


「そうかそうか。何処の誰かわかりませんが、マグノリアを良くしていただいてありがとうございます」


「いえいえ。私達もマグノリアに助けられています。それで今回はあまり長居出来ないのですが、陽が昇るまでにやらねばならない事がありまして」


「それはいったい?」


「マグノリアの弟はどこです?」


 俺がそう言うと老婆は悲しそうな顔をした。


「どうしました?」


「ゼリスは…ゼリスは連れていかれました」


「どこに?」


「頬に傷のあるトカゲの入れ墨の男に」


「場所は分かります?」


「恐らくは伯爵邸かと」


「なぜ?」


「鍛えればマグノリアと同じ能力を使えるようになるのではと…強制的に連れていかれたのです」


 なるほど、救出はそう簡単に行かなそうだった。このあたりを統治する領主の家にいるらしい。


「そこに行きたいのですが」


「囚われの身です! そんな所に行ったらあなた方が危ない」


「助けるために来たのです。ですが土地勘が無く何処に領主邸があるのか分かりません」


「この山間の道を下りきると、大きな街道があります。そこをひたすら西に向かえば大きな都市が見えます。そこに領主邸はあります」


「わかりました」


 俺達が話を終わると、老婆はまたマグノリアをしっかりと抱きしめて言う。


「幸せにおなりなさい。あなたはもうこの村に戻っちゃダメ。自由になりなさい」


「おばあちゃん!」


「さあ。行きなさい! 私はあなたが生きていた事を知れてよかった。もう思い残すことはない」


「おばあちゃん!」


 マグノリアが号泣しているので、俺達はしばらくそっとして置いた。するとお婆さんはゆっくりとマグノリアを離して言った。


「これを持って行きなさい」


 そう言って、何かの石が括り付けられたネックレスをマグノリアにかける。


「お守り…」


「いつか来たら渡そうと思っていたのさ。ゼリスを救いに行くんだろう?」


「うん」


「きっとそれが護ってくれる! 行きなさい!」


「うん!」


 マグノリアが涙を拭きながらお婆さんに別れを告げる。


「おばあさん! ありがとう! 私幸せになるから!」


「そうだねえ、マグノリアにはその資格があるよ」


 お婆さんも泣いていた。俺達が外に出ると、ヒッポが空から降りて来る。俺達がそれに乗りこんでいる時も、お婆さんは胸に手を組んで祈っていた。


「おばあさん! ありがとう!」


 バサァ!


 ヒッポが一気に上空に飛んだ。お婆さんはすぐに暗がりに見えなくなり、建物から漏れる灯りだけがポツリと輝いていた。泣いているマグノリアの背中からしっかりと抱きとめる。震える小さい体を抱きながら、不条理にマグノリアの幸せを奪った奴らにさらに怒りを募らせるのだった。

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