第148話 初めて国外へ

 隣りの領との中間地点には、そこそこ大きな宿場町があった。辺境の地でも栄えている理由は、この近くにダンジョンがあり冒険者の出入りが多いからとの事だった。それだけでも危険性は高まる為、なるべく防御に適した堅牢そうなホテルを選ぶ。かつ庭を借りて、そこに兵士達が天幕を張り護衛をする事となった。


 やはり安全なホテルと言うのは、その宿場でも一番の高級ホテルだった。第二騎士団駐屯地での宿泊は、警戒態勢の中で休まらなかったという理由もありここが選ばれた。そしてミラシオンはエントランスまで俺達を送り届け、護衛は万全なのできっちり休むように言ってくる。


 まだ夕方だが、俺達は与えられた部屋で話し合いをしていた。部屋は恐らくスイートルームらしくとても豪華だった。


「見張りがあちこちにいるな」


 アンナが言う。そりゃそうだ、襲撃に備えてめちゃくちゃ警戒しているのだから。


「ここにヒッポを呼ぶのは無理みたい」


「だな」


 ならばやる事は一つしかないかな。


「私が認識阻害の魔法を使うしかないかも」


「そんな事をして、間者が来たら騎士は大丈夫なのか?」


「認識対象を選べるから問題ないよ」


「つくづく便利な魔法だ」


「ははは」


 部屋に料理が運ばれてきて、俺達はひとまず食う事にした。普通に晩飯を食べ終わると、アンナがリンクシルに言う。


「わたしと聖女とマグノリアはすぐ寝る、お前は深夜になったらわたし達を起こすのが仕事だ。食器を下げにメイドが来たら、お前が対応しろ」


「はい!」


 そして俺達は服を着たまま、ベッドに横になった。俺は最近こういう事に慣れているからすぐに眠れそうだが、マグノリアはベッドでもぞもぞしている。アンナは寝ているのか寝ていないのか分からないが、目をつぶってピクリとも動かなくなった。


「マグノリア。おいで、一緒に寝よ」


「い、いいんですか?」


「もちろん」


 するとマグノリアは嬉しそうに俺のベッドに来た。少し緊張気味に脇に立ったので、俺はグイっとマグノリアの手を引っ張ってベッドに引き込んだ。


「あっ」


「寝ないと体力がもたないからね。目をつぶりなさい」


「はい」


 そして俺はマグノリアに癒し魔法をかけてやる。マグノリアはすぐにスースーと寝息を立て始めた。ふと視線を感じでテーブルの方を見ると、リンクシルが羨ましそうにじっとこっちを見ている。


「リンクシルもこうしてみたいの?」


「あ、あの!」


「じゃあ次はリンクシル」


 可愛いケモ耳少女と眠りたいから!


「いいのですか?」


「もちろん」


「えへっ」


 リンクシルがはにかむ。そして俺も目をつぶり休息をとる事にした。いろいろと考えているうちに睡魔が襲い、俺も眠りについたのだった。


 ・・・・・・・・・・


「聖女様」


「うん…」


「深夜となりました」


 リンクシルが予定通りに起こしてくれた。アンナは既に用意が出来ており、俺とマグノリアがいそいそと靴を履く。全員が装備を身に着けると、アンナが言った。


「聖女頼む」


「はい」


 俺はまず、アンナとマグノリアとリンクシルを一か所に固める。


「リンクシルも留守中に何かあるといけないから一緒にね」


「はい」


 そして四人全員に強化魔法をかけていく。これでかなり動きは素早くなるだろう。後は行動を開始してからだ。


「リンクシル。後はお願いね、部屋には鍵をかけて」


「はい」


 俺がそっと窓を開けると、庭にこさえた兵士たちの天幕には火が灯っていた。そして窓の下にはきっちり騎士が見張りを立てている。


「念入りだね」


「ベランダから屋根に登ろう」


「わかった」


 三人がベランダに出ると、アンナは俺を抱いて屋根に飛んだ。すぐに下に降りていきマグノリアも連れて来てくれる。


「行くぞ」


 俺達は黙ってアンナについて行き、屋根伝いに大きなホテルの端まで進んだ。するとその下にも騎士達は見張りを立てている。


「周囲を囲まれているね?」


「そのようだな」


 そしてアンナは腰のポシェットから何かを取り出した。


「それなに?」


「ただの石だ」


 するとアンナはその石を少し先にある、庭の立ち木を狙って投げる。


 カコン! と音がしたので、下の騎士達は確認の為そちらに移動していった。


「よし」


 俺は三人に認識障害の魔法をかけた。すぐにアンナが俺を抱いて下に降り、次にマグノリアを下に落とした。


「戻って来るよ」


「急ぐぞ」


俺達はササっと、ホテルの外壁付近の草むらに潜んだ。すると同じ要領でアンナは俺を抱いて塀を飛び越え、マグノリアも同じように連れて来た。アンナが俺を手で制する。


「どうした?」


「兵がいる」


「大丈夫。認識阻害でわからないし、暗いから気が付かない」


「わかった」


 俺達はそのまま裏路地に入る。裏路地は真っ暗で、そこには騎士が居なかった。さすがに騎士の正面に出ればバレてしまうので、とにかくやり過ごしながらも市壁に到達した。市壁はかなり高く上に乗るような場所がない。するとアンナが腰のバッグから何かを取り出す。


 それは鍵のついたロープだった。それを上に投げてひっかけ、俺を抱いて壁をよじ登り始めた。すぐに飛び降りて、同じようにマグノリアを連れて来る。


「よし!」


「多分、外にも騎士はいる」


「急いで町を離れよう」


 暗闇を走っていくと雑木林が見えて来る。マグノリアが立ち止まりちっちっちっ! と舌を鳴らした。すると雑木林の中から、ゆっくりとヒッポが歩いて出て来る。


 ぐるぅぅぅぅ


「乗るぞ」


 アンナが俺達を引き上げてヒッポに乗ると、マグノリアが指示を出して空高く舞い上がった。一気に町が小さくなっていく。


「見つからずに出れた!」


「よし」


「マグノリアは場所が分かる?」


「えっと、このあたりは知らない」


 するとアンナが言った。


「南西に飛べ。そうすれば東スルデン神国の国境を超える」


「はい」


 俺達は真っ暗な空をヒッポの背中に乗ってぐんぐん進んでいく。途中で地上に明かりが見えるのは途中の村々だ。そうして俺達はいよいよ、東スルデン神国との国境を超えて侵犯するのだった。


 マグノリアが言った。


「ここからは、分かる」


 マグノリアが見たことのある土地に入ったらしい。


「任せるよ」


「はい!」


 マグノリアの顔がイキイキしていた。それは無理もない、マグノリアは牢獄での監禁生活を送って聖女邸に来た。今日まで一度も自分の故郷に帰れなかったのだ。どんな危険が待っているかは分からないが、絶対にマグノリアを悲しませるわけにはいかない。


 そう思った俺は、魔法の杖を力を込めて握りしめるのだった。すると後ろに座るアンナが言う。


「もともとここに居るはずのない聖女だ。力を出し惜しみする事はないぞ」


 なるほど。そう言われてみればそうだ。魔力をフルパワーで使うのは、帝国軍との戦争以来久しぶりかもしれない。前に座っているマグノリアの頭を撫でながら言う。


「マグノリア! 憎たらしい奴がいたら教えて、月に変わってお仕置きしてあげる」


「はい!」


  マグノリアの笑顔見て愛おしくなりすぎて、俺はマグノリアをギューッとしてしまう。それでもマグノリアは嫌がりもせず、やられるがままにしてくれている。


 かわいい子を泣かせた奴は容赦しない。


 真っ暗の空を睨みながら、まだ見ぬ敵への闘志をたぎらせるのだった。

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