第147話 家族
文官も到着し酒場の娘も帰って来た。そしてミラシオンが酒場の家族三人に言う。
「そのお偉いさんとやらの風貌や特徴を、思い出す限り言ってほしい」
「わかりました」
まずは父親が話を始めた。
「なんというか、控えめに言っても豪華な素材のマントを着ておりました」
それを言うと一人の文官が、羊皮紙にそれを書き記していく。事情聴取が始まったのだ。
「顔になにか特徴的なものは?」
「うーん。マントを深くかぶっていたので、はっきりとは分かりません」
すると今度は酒場の奥さんが言う。
「恐らく髪の毛は金色だったように思いますねぇ。しかもかなり手入れをなさっているようでした」
俺は自分の髪を触り、酒場の奥さんに聞く。
「こんな感じ?」
「いえ。白金ではなく金色だったように思います」
「なるほど」
「あと恐らくですが若くはないと思いました」
「ふむふむ」
今度は娘が言った。
「食べ物を持ってきた時に見たんだけど、立派な宝石を手首につけていたと思う。それにいい香りがしました。花のようないい匂いが」
ミラシオンが聞く。
「どんな?」
「なんというか嗅いだことの無いような良い香りです」
多分、香水をつけていたのだろう。ただでさえここは良い匂いとは言えないし、高貴な身分であれば我慢できなかったと思う。それを香水で誤魔化していたに違いない。
そして父親が言った。
「そもそも男か女か分からなかったんでさぁ。しわがれたような声で、もしかしたらわざと声を変えてんのかってくらいでした」
「そうか」
文官はスラスラと情報を書き記していく。高貴な身分の不審者情報をあらかた聞いた後で、次にガラの悪そうな男の情報を聞き始めた。
父親が言う。
「そっちは顔を隠す素振りも無かったです」
「そうなんだ」
「はい。しかも顔に大きな傷が」
それを聞くとマグノリアがビクッとする。もしかしたらと思い俺は父親に聞いた。
「手足に何か特徴的なものは?」
すると料理を運んだという娘が言う。
「ありました! トカゲの入れ墨が! 袖からチラリと見えました」
俺とミラシオンは顔を見合わせる。それならばマグノリアが見ているはずだから、人相とかはマグノリアに聞けばわかる。酒場の三人に聞いても人相は一致していた。
「こんなところで」
「もう一人いたのがライコス卿だけなら、他の騎士団はどうなんでしょう?」
だがミラシオンは首を横に振る。
「どうでしょう? たまたまそこに居なかったか、もしくは別ルートで組織は入り込んでいるかもしれません。ただし、この情報を知っていてケルズと我々をここに差し向けたレルベンゲルは限りなくシロでしょうな」
それを聞いていたケルズが驚いた顔で言った。
「な、騎士団長が疑われていたのですか?」
「すべての騎士団に嫌疑がかかっているんだ。それはレルベンゲル卿も承知の上だ」
「は!申し訳ございません!」
そしてミラシオンが酒場の主人に聞く。
「その密会は何度?」
「はい。うちでは二度、そのうちの一回にケルズが居合わせたのです」
「なるほど。ケルズ君も見ているのだものな…」
「はい」
「そいつらに会えばわかるか?」
「どうでしょう。はっきりと見た訳ではありませんが、雰囲気で分かる可能性はあります。ライコス騎士団長はハッキリ覚えていたのですが」
「よし。ならばここからも一緒に行くぞ」
「は!」
一通り話を聞いたが、それ以上は情報が無いようだった。突然、現れて貴族は村に泊まりもせずに出て行ったそうだ。ライコスもその貴族と一緒に出て行き、トカゲ男もその後の消息は分からないらしい。
全部終わりミラシオンが言う。
「すまなかったね。では、騎士達に食事を頂こう」
「はい」
そこに居合わせた騎士達と、ミラシオンに町の報告をしに来た騎士達に主人が飯をふるまった。次々に来る騎士に慌ただしく料理を出していたが、主人が言った。
「すいません。もう食材が無くなってしまいました」
「そうか。では食事代を置いて行こう」
「い、いえ。ケルズがお世話になっている騎士様ですのでいただけません!」
「そう言うわけにはいかん」
そしてミラシオンがウィレースに目配せをする。するとウィレースは懐から銭袋を出して、金貨を三枚取り出して主人に渡した。
「こ、こんなにいただけません!」
「食事と情報料だ。美味しかったよ」
「は、はい!」
騎士達が酒場の前で待っているので、ミラシオンが外に出て行った。そして騎士達に聞く。
「情報は得た。町の目撃情報は以上か?」
「は! 全て聞きまわりました!」
「よし。それではしばし休息をとれ!」
「は!」
騎士達はぞろぞろと街を出て行く。そしてミラシオンはケルズに言った。
「我々は表で待つ。親御さんに挨拶してくると良い」
「あ、ありがとうございます!」
俺はミラシオンに言う。
「ミラシオン卿。私もケルズの親御さんに会ってまいります」
「わかりました。ウィレース! 護衛につけ! 私は兵と次の予定を話す」
「は!」
俺達はケルズの後をついて村を歩き始める。村人が遠目に物珍しそうに眺めていた。
「ここです!」
ケルズの実家は小さな木造の家だった。大きさからしても恐らく部屋は三つくらいしかないだろう。玄関に行ってノックするが、誰も出てくる気配はなかった。するとケルズが言う。
「たぶん。裏の畑です」
「いきましょう」
裏にまわると畑が広がっていて、農作業をしている人がいた。あと若い女の子も二人。
「父さん! 母さん!」
「ケルズ! あんたはいつも急だねえ」
「いや。今日は仕事だから挨拶だけだよ」
「あなた! ケルズが帰って来たわよ!」
向こうの方で農作業をしている男と、二人の女の子がこちらにやって来た。ケルズが言う。
「父と母と、妹二人です」
すると父親と母親が深くお辞儀をする。それを見習って妹たちも礼をした。
「息子が大変お世話になっております」
それに俺が答えた。
「立派な息子さんです。とても重要な情報を教えてくれましたし、第二騎士団長からの信頼も厚い、良い騎士です」
「大変うれしく思います!」
とても緊張しているらしく、直立不動になっている。息子の上司に対して粗相をしたらダメだと思っているのだろう。
「そんなに緊張なさらないでください。私はケルズの上司ではございませんよ」
「は、はい」
するとケルズが言った。
「こちらは、聖女様だよ」
「はっ?」
「えっ?」
「聖女様…」
「うそ!」
すると家族四人が慌てて俺の前に跪いて祈りを捧げて来た。まあ仕方がないので、家族に癒し魔法をかけてあげる。
「女神フォルトゥーナの加護がありますように」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
すると妹達が羨望の眼差しを俺に向けて来る。
「と、とても美しい。神様のお作りたもうたお方…」
「本当に同じ人間なのでしょうか…」
するとケルズが言った。
「馬鹿! 失礼だろ!」
俺はケルズを制する。
「いいのです。良いお兄ちゃんをもってよかったね」
俺が妹達の頭をなでてやると、妹は真っ赤な顔をして恥ずかしがっていた。
「せ、聖女様に撫でてもらっちゃった」
「や、やったぁ」
かわいい! 純朴で何も疑わず、世の中の汚れなど何も知らない二人が愛おしい。
「お名前は?」
「リュカです!」
「ピナです!」
「とってもお顔が似てるね」
そう言うと母親が言った。
「双子なんです」
「かわいらしい。ケルズ、妹さん達を大事になさい」
「は!」
「では私達は次がありますので」
「ありがとうございました!」
ケルズが家族に言う。
「じゃ、俺行くよ。皆も元気でな」
「ああ、頑張ってこい」
「病気だけは気を付けてね」
「お兄ちゃん頑張って!」
「お兄ちゃんをよろしくお願いします!」
俺にもこんなに可愛い妹がいたらなあ。ケルズが羨ましい。
「では」
そう言うと家族が深々と頭を下げた。そして俺達は入り口で待つ騎士団の元に急ぐ。俺達が到着するとすぐに馬車の扉が開かれて乗り込んだ。
「兄妹か…」
俺がポツリと言う。なんかいいなと思ってしまった。家族愛と可愛い妹の笑顔を見て改めて思う。マグノリアは幼い弟が人質となっているが、そんな酷いことをしたやつらが許せなかった。
「アンナ、徹底的にやるよ」
「わかっている」
そして騎士団一行は、今日の宿泊地に向かって進むのだった。
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