第146話 聞き込み調査

 休憩を終えて俺達は村を出発した。馬車の外からミラシオンが俺に話しかけて来る。


「流石は聖女様です。いついかなる時も民の幸せを思い慈悲を下さる。感銘を受けました」


「当然の事です」


 だって俺、聖女だし。


 村人も喜ぶし魔法の精度も上がる、さらに騎士達の賞賛を得られるのだからやっておいた方がいいに決まってる。好感度は上げておくべき時に、きっちり上げておいた方が今後の為にいいのだ。前世では噂とか好感度が低くて、処刑されたマリーアントワネットのような事例もある。草の根運動のようではあるが、そう言った善行が後から生きて来るのだ。


 それにもまして、俺がもっと重要視していることがある。それはアンナやマグノリア、リンクシルにカッコイイとか素晴らしいと思われたい気持ちが強いのだ。彼女らの前では、とにかく素敵に楽しいいつもの聖女で居たい。そして愛を育みたい…。


 まあとにかく。聖女らしく見られる事は大事なのだ。偽善だなって…俺自身も思うけど。女の子に好かれる為ならば、常に最善を尽くしておかないとと思う。その方が彼女達も幸せだし、ミラシオンに言われても正直全く嬉しくないが、アンナや聖女邸の面々に言われるとめっちゃテンション上がるのだ。


 俺が、そんな偽善の心でニヤニヤしているとマグノリアが言う。


「聖女様はお優しくて、一緒に居ると安心します」


 可愛い!


「マグノリア、ここにおいで」


 マグノリアが隣にちょこんと座ったので、俺はマグノリアをなでなでしながら言う。


「もうすぐだよ。動き始めたからね、マグノリアの大事なたった一人の家族を救う時が来たよ。聖女邸に閉じこもりきりの生活で何もできなかったけど、チャンスは近づいてる。やっと国境まで来れたからね」


 これは本心。本心中の本心で、動けていなかった事を本当に申し訳なく思っている。女の子に対しては本心でそう思っているので、偽善と本心が表裏一体となっている生き物が俺だ。


「はい。ありがとうございます!」


「お礼はまだ早い。助けてからにしよっか?」


「ここまでしていただいた事でも十分です」


「実はね、第二騎士団で情報を得たんだ、東スルデン神国の兵は動いていないんだって! だからこの遠征中にやるからね」


「えっ! うそ!」


 それを聞いたマグノリアが、目を丸くして俺を見つめる。あまりの事に驚いているらしい。そんなマグノリアに対しアンナが言う。


「やると言ったらやるぞ。聖女はそう言う人だ」


「ほんと?」


「わたしも昨日の第二騎士団からの情報を聞いた後で、聖女から話を受けている。ヒッポには大活躍してもらう事になりそうだから、お前もしっかり頼むぞ」


「は! はい!」


 そして俺が釘を刺す。


「もちろん、王の許可もミラシオン伯の許可も貰っていないからね。誰にも言っちゃだめ」


「はい!」


 マグノリアのテンションが上がり、リンクシルがマグノリアの手を取って言った。


「よかったね! マグノリア!」


「うん」


「リンクシルの責任も重大だよ、私達が居なくなっている時に偽装しなくちゃいけない」


「えっ? 大丈夫かな?」


「それも問題ない。今日の夜の宿泊地が安全なら、わざわざ聖女を起こしには来ないし。もし何か襲撃されたら逃げちゃって、後からのこのこ出てって避難してたって言えば何とかなる」


「わかりました」


 リンクシルがそわそわすると、アンナが笑って言った。


「落ち着け。難しいことはない、寝てるから起こすなって言うか逃げるかの二択だ」


「わかった」


 リンクシルに難しい事はお願いできないので、指示はシンプルにしておく。すると馬車の外から声がかかった。


「聖女様。村に着いたようです!」


「はい。わかりました」


 一行は何事も無くケルズの生まれ故郷へと来た。その村は先ほどの村より少し大きめだった。頑丈な市壁と言うほどでもないが、きちんと木の塀で囲われている。俺達が馬車を降りて先頭に行くと、ミラシオンとウィレースとケルズが立っていた。


 俺はケルズに聞く。


「ここがあなたの生まれ故郷ですね」


「はい!」


「では参りましょう」


 騎士団がぞろぞろと入って行くと、村人が驚いたようにこっちを見ている。こんなド田舎に騎士団が来るというのは珍しいのだろう。そしてケルズが先頭を歩いて行くと、ようやくケルズに気が付いた村人が声をかけて来た。


「おお! ケルズ! ケルズじゃないか!」


「やあ!」


「立派になったなあ!」


 そして村人は一番偉そうなミラシオンに頭を下げた。


「ケルズがお世話になっております! 村の期待の星なんです!」


 するとケルズが慌てて否定する。


「ち、ちょっと! やめてよ! 違います! そんなんじゃありません」


 するとミラシオンが優しい顔で微笑んだ。


「ケルズは選ばれてここに来ました。騎士団長の命をうけてね、立派な騎士になりましたよ」


「おお! そうですか! ケルズが騎士団に入ったと聞いた時は、皆で大喜びしたんですよ!」


「立派な青年を育ててくれて、国に変わり礼を言う」


「はい! ああ、そうだ。ケルズ! 家族には会って行けるのか?」


 するとケルズが首を振る。


「いや。今日は任務だからな、そんな時間はないよ」


 それはそう言うだろうな、だが俺はケルズに言う。


「酒場の調査や目撃情報などを調べたら、少しは自由になる時間がありますよね? ミラシオン卿?」


 するとミラシオンが白い歯を見せて笑って言う。


「良かったなケルズ。聖女様のお許しを頂いたぞ」


「あ、ありがとうございます!」


 すると、今のミラシオンの言葉を聞いた村人が目を白黒させている。


「せ、聖女様?」


 ケルズが村人に答えた。


「そう。聖女様が直々に調査に来たんだ」


 ザザッ! と村人が跪いて俺に祈りを捧げる。


「ありがたやありがたや!」


「あ、まずは仕事がありますので、お先にさせていただきます」


「は、はは!」


 なるほど。聖女と言うのは国中でこんな扱いなのか。そしてミラシオンは騎士達に聞き込み調査の命令をし、騎士団が村の中に散開していった。俺とアンナ、マグノリア、リンクシルは、ミラシオンとウィレースそして精鋭と共にケルズについて酒場に行く。


 酒場の前について店を見ると、ケルズが言っていた違和感が分かる。どう考えても高貴な身分の人が入るような酒場ではない。農家達の憩いの場と言うか、本当に酒場なのか? と思うような雑多な感じだった。


 ケルズが中に入り店主に声をかけた。


「ちょっといいか?」


「おお! ケルズ! 帰って来たのか?」


「仕事だ。お偉いさんを連れて来たんだ」


「お偉いさん?」


 後ろからミラシオンと騎士達、そして俺が入る。それだけでその酒場には似つかわしくない、異様な雰囲気に包まれた。


「こ、これはこれは!」


 客もいるというのに店主と奥さんらしき人が厨房から出て来て、頭をこれでもかと言うくらい下げている。


 ミラシオンが言った。


「仕事中に悪いな。少し話がしたいんだが、皆が飯を食っているというのに人払いと言うのも申し訳ない。今食事している人らの食事代は騎士団が持つ、残りは我々騎士団にふるまってもらえまいか?」


「は、はい! もともと息抜きの寄合みたいなもんですから! みんないいかな?」


 すると村人達も恐縮して言う。


「す、すぐ出ますよ」


「いやいや。ゆっくり食べ終わってからにしてくれ。悪いがそれまで店主をお借りするよ」


「はあ」


 そして俺達は食事している人らを待つことにする。だが食っている人らも落ち着かないようで、パクパクと速攻で食い終わり出て行くのだった。


「すまんね」


「いえ」


「ではテーブルを借りるよ。店主も座ってくれるかな?」


「はい!」


「ケルズ君」


「は!」


「説明を」


「はい!」


 それからケルズが当時の様子を説明して、店主に今日来た趣旨を説明していく。すると酒場の店主は語り出した。


「それなら覚えている。なんでこんなところに騎士様とお偉いさんが来るんだと思っていた」


 ミラシオンが聞く。


「そうか。その日、店に居た従業員やお客さんは覚えているかな?」


「従業員といっても私と妻と娘だけですけど。その日いたお客さんまではさすがに分かりません」


「奥さんもこっちに来てくれ。娘さんは?」


「買い出しに出ております」


「なら娘さんには後から聞くとしよう」


 そう言ってミラシオンは文官を呼ぶように騎士に伝える。俺達は娘と文官達がやってくるのを待つのだった。

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