第145話 小さな村の原石
俺達は警戒しつつ朝を迎える。ピリピリしていたためか、ろくに寝る事が出来ず寝不足の状態で出発の準備をしていた。そこにミラシオンがやって来る。
「聖女様! おはようございます」
無駄に中性的なイケメンのおっさんの顔を見て、俺は更にげんなりする。
「ごきげんよう」
「どうやらあまり眠られなかったようですね?」
「ここも全ての疑いが晴れているわけではありませんので」
「そうですね。ですが、夜通しの調査でほぼシロだと私は感じております」
「そうですか、ではいきましょう」
「は!」
部屋の外に出るとすぐに護衛がつき、朝から男臭さを嗅ぐ事になってしまった。気持ち悪くて口元に手を当てて歩いていると、ミラシオンが俺を心配して聞いて来る。
「気分がすぐれませんか?」
ああ! だって男くせえし!
「睡眠不足なだけ、国の一大事ですから休んでなどいられません」
「かしこまりました。では、ケルズの村に向かう道中の馬車ででもお眠り下さい」
「皆さんに護衛を任せて自分だけが寝るわけには」
「ご安心ください。道中は我々がお守りしますので、しっかり寝ていただいた方が今後の為にも」
「わかりました」
俺達は第二騎士団長のレルベンゲルの所に行く。すると既にケルズはレルベンゲルと一緒にスタンバっていた。ミラシオンがケルズの肩に手を置いて言う。
「ケルズ君。よろしく頼むぞ」
「は! 伯爵様!」
「そう気負わなくていい」
そしてレルベンゲルがケルズに言った。
「いいかケルズ。いざという時は命を懸けて聖女様をお守りするのだぞ!」
「は!」
それを聞いて俺は死んだスフォルを重ね合わせてしまう。
「命は大事にしなさい。そして私には強力な護衛がおりますから、あなたは自分の身を護るようにすればいい」
するとケルズが、どうしたらいいのか分からないようにレルベンゲルと俺を交互に見た。だがレルベンゲルがケルズに言う。
「うむ。聖女様の言う事を良く聞くがいい。そして聖女様! ケルズを何卒よろしくお願いします。大事な部下の一人ですので」
「ええ」
すると、レルベンゲルがケルズの背中をバチンと叩いて言った。
「気張って行ってこい! 最高の名誉なことだぞ!」
「は! はい!」
外に出れば隊列はもう出来上がっており、ミラシオンとウィレースが馬に乗り、ケルズも馬にまたがる。その前に俺は見送りに並ぶ第二騎士団の前に立ち、魔法の杖を掲げて言った。
「女神フォルトゥーナのご加護を!」
そして皆に癒し魔法をかけてやった。すると騎士達がざっと跪き俺に頭を下げる。
レルベンゲルが言う。
「聖女様は騎士達の憧れなのですよ。ご加護を頂きありがとうございます」
「第二騎士団のみなさま、ヒストリア王国の盾となり敵国の脅威から民をお守りください」
「「「「「「「「は!」」」」」」」」」
俺とアンナ、マグノリア、リンクシルが馬車に乗り込むとミラシオンが号令をかける。
「出発!」
ザッザッザッザッ! とアルクス領兵が進みだした。
それから十分後…
俺は爆睡していた。昨日の夜はほとんど寝れなかったので、馬車の揺れが心地よくなってきて寝てしまった。それからその日の昼ごろに、アンナから起こされるまでずっと眠っていた。何と午前中いっぱいぐっすりと寝込んでしまったのだ。
「聖女」
「うん…」
「頬に痕が付いているぞ」
アンナがそう言うと、マグノリアがバックから鏡をとって見せてくれる。
「ホントだ。ちょっと待って」
「ああ」
俺は頬をマッサージして痕を消した。伸びを一つして馬車の外に出るとウィレースが馬車の外で待っていてくれた。手を差し伸べてくるが、俺はそれを無視して降りる。俺にこの世界のマナーはいらない。特に男は。俺に手を取らせるな!
「兵士に休憩をとらせています」
「そう」
すると俺の目の先には小さな村があった。せいぜい百人いるかどうかの村で、村人は物珍しそうに騎士達を見ている。
俺はウィレースに言った。
「村には入れる?」
「は! 護衛がつきますが」
「構わない」
そして俺は振り向いて言う。
「アンナ、リンクシル、マグノリア。行くよ」
「わかった」
「「はい!」」
俺達はウィレースと騎士達に囲まれて、村へと向かった。村に行くと村人達が、物珍しそうに俺を見ている。老若男女が建物の影から俺をこっそりと覗いていた。
俺は村の入り口に居た農民風のお爺さんに声をかける。
「村長は?」
「あ、あそこにいるのがそうだ」
「ありがとう」
そして俺は村長の所に行って挨拶をする。
「こんにちは」
「こりゃ、どうも…。なんもねえ村ですが、だ、団子でもどうです?」
「団子。頂こうかな」
「へい」
「村長さん?」
「そうです」
「平和に暮らせてます?」
「はい。騎士の人らが魔獣の討伐もしてくれてるでな、わしらは平和に暮らせておるのです」
「第二騎士団は酷いことをしたりしない?」
「気のいい人らです」
「それは良かった」
俺はチラリとウィレースを見た。ウィレースも納得したように頷く。
俺達が村長について軒先に座る。するとおばちゃんが家の中から出て来て、団子をざるに積み上げて持って来た。
「ちょうど出来上がったところだよ」
「これはどうも」
俺は団子に手を伸ばして一つ食べた。なるほど甘味料など使わずに、素朴な甘みのあるねりものっぽいやつだ。美味いとは言い難いが、素材の味がわかる優しい食べ物だ。
「おいしい。これは何の団子?」
「芋でつくってます」
「ウィレース、それに騎士のみなさまも」
「「「「「は!」」」」」
皆が団子をつまんだ。アンナとリンクシルとマグノリアももらう。そして俺は側に座っている村長に言った。
「村人を集められますか?」
「農作業も終わってるから家にいると思うべ」
「おねがいします」
「はい」
そして村長は隣の家に駆けて行った。しばらくすると少しずつ村人が集まって来る。縁側に座りながら、俺は一番最初に来た村人に聞く。
「最近体調はどう?」
「はい、えっと。農作業で膝をやり、だましだましやってます」
俺は杖をかざして、膝に蘇生魔法と回復魔法を同時掛けしてやる。
「し、信じられねえ! 痛みが消えたし、軽く動く!」
「よかった」
「あ、ありがとうございます!」
「次の人」
「ど、どうも」
「体の調子はどうです?」
「私は大丈夫だねえ、うちの孫が熱を出しちまってねえ」
「連れて来てください」
「わかりました」
「次の人」
「どうも」
「何処か調子のわるいところは?」
「どうも最近、寝つきが悪くて」
俺はその男に癒し魔法をかけて一言いう。
「女神フォルトゥーナの加護があらんことを。そして眠る前に暖かい飲み物を」
「んーなんだべ。すごく気分が良いねえ」
「よかった」
俺がしばらくやっていると、噂を呼んであっという間に村人が集まって来た。俺は次々に村人の体調と怪我を治していく。
いやー、しばらく王都で日課をサボっていたから、こうでもしないと回復魔法がおろそかになりそうだった。最近はどちらかと言うと、攻撃魔法と支援魔法に重きを置いていた気がする。これまでずっと人の治療をやっていたのに、やらなくなるとどうも腕が落ちる気がしてならない。
魔法の練習がてらやっているのだが、村人には感謝されるし騎士には羨望の眼差しでみられるし一石三鳥だ。盗賊討伐の時に立ち寄った村で気付いたのだが、いろんな人の体を治す事で俺の魔力の精度が上がる事を知ったのだ。魔法は行使した回数分だけ精度と威力が上がっていく。
すると村人達が口々に言いだした。
「き、奇跡だ」
「俺は何年も治らなくて困ってたんだ」
「あたしも腰が伸びるなんてねえ」
一通り村人の治療が終わった頃に、村の門からミラシオンがやってきて言う。
「ここにおいででしたか聖女様、そろそろ出発いたします」
「はい」
すると村人が一斉にざわついて、村長邸の前に跪いたのだった。気付けば村長夫婦も跪いている。
「せ、聖女様とは露知らず! 無礼なふるまいをしてしまっただ!」
俺が立ち上がって言う。
「かまいません人々は国の宝です。それで今度王都で貧しい人の為の学校を開くのですが、この村で勉学に励みたいと思う子はおりますか?」
俺がそう言うとざわざわとざわついた。だが誰一人として手をあげる者はいない。
まあ、当たり前っちゃ当たり前。勉強なんて一生縁がないと思っている人達ばかり、いきなり勉強したいですか? と言ったところではい! なんていうわけない。
「では、もう一つ聞きます。不思議な力や感覚を持っている子はいますか?」
すると村人の一人が言う。
「ダゴマんとこの、ミームの事でねえかな?」
ダゴマさん家のミーム?
すると男が小さい女の子を連れて来た。
「ダゴマです。これが娘のミーム」
「ミームちゃんか。何か不思議な事出来る?」
するとミームはコクリと頷いてしゃがみ込む。地面に手を付けて砂を手に盛る。俺達が興味深々に見ていると、砂がふわりと浮き上がり透けた人間の形になって踊り始めるのだった。
俺の後ろに立つアンナが言う。
「無詠唱だぞ」
「確かに…」
「聖女と同じだ」
だがすぐに砂の人はさらりと崩れてしまった。そしてミームはぺたんと座り込んだ。
「眠い…」
魔力切れだ。だがまぎれもなく土魔法を使って見せた。俺はミームに癒し魔法をかけて軽く回復してやる。
「ダゴマさん。今日はミームを寝せてあげて下さい」
「へ、へい」
「ミームちゃん。いくつ?」
「七歳」
「じゃあ十歳になったら、王都の聖女邸に来なさい」
だがダゴマが慌てて言う。
「そ、そんな金はねえよ」
俺は懐から財布を出して、金貨を一枚取り出した。こんな村じゃ金貨なんてめったに出回らない。から村人がどよめいた。
「ルクスエリム陛下の許可を頂いています。この子は村の宝、ミームが十歳になるまで皆で守りなさい。このお金を狙うような不届き者はこの村にはおりませんね?」
村人がコクコクと頷いた。
「ダゴマ。ミームの為にこのお金を置いて行きます。支度金ですが、もしミームの稼ぎもあてにしていたのだとしたらこれで補填しなさい」
「は、はい!」
「くれぐれもミームを頼みましたよ」
「もちろんです!」
するとダゴマがミームを肩車して喜んだ。
「よかったな! ミーム!」
ミームがめっちゃ不安そうな顔をしていたので俺は付け加えて言った。
「ミーム。絶対じゃないから安心して、行きたくなかったら村に居ればいい。十歳になったその時に心が決まったら来なさい」
ミームはダゴマの肩の上で頷いた。そして俺は立ち上がって、ミラシオンと共にその小さな村を出て行くのだった。
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