第144話 些細な情報
レルベンゲルの話では、ライコスが内通しているのではないかと言う話だった。何故そう思ったのかをミラシオンが尋ねる。
「なぜそのように?」
「は! ライコスは時おり国境沿いに現れていたようなのです」
「それだけでは怪しむような事は無さそうだが」
「騎士団長が単独で持ち場を離れるなど、おかしいとは思いませんか? 王の呼び出しでもないのに」
「それはそうだが」
「ただし直に見た訳ではないので、はっきりとした事は申し上げられないのです。うちの部下が休息をとって実家に帰った時に見かけたというのです」
「それで嫌疑をかけるのはいささか早計では?」
「それはその通り、だが会っていた相手がとても高貴そうな方とガラの悪そうな奴だったというのです」
確かにそれは怪しい。今度は俺が尋ねる。
「相手が誰かは分からないのですか?」
「それを見かけたのが私なら分かったかもしれません。しかしながら残念ながら部下には、それほど人脈があるわけではないのです」
「その騎士は?」
「一兵卒ですよ。だからまだ国の重鎮や他国のお偉方も知らない。もちろん第一から第六までの騎士団長は皆を知ってます。みんな一緒に訓練していますから」
「ライコス卿だけは覚えていたと」
「そう言う事です。訓練の時にライコスに言われた言葉が印象的だったようです」
「それは?」
「そんなに一生懸命やる奴は自分の第三騎士団では務まらないと」
「そんな事を?」
「レルベンゲルあたりの団で良かったなと言われたようです」
そりゃ印象づくわ。言わなくてもよさそうな事を言う騎士団長なんて珍しいもんな。
「それで覚えていて見かけたと」
「はい。それも田舎の安酒場でだそうです。その身分の高そうな人には似つかわしくない場所です」
「なるほど。話の内容は聞けたのかな?」
「そこまでは聞けなかったと。ただ見かけただけだそうです。ですので尋問するのであれば、ライコスをと思います」
なるほどね。でも怪しいと思うには十分すぎるかな。それを俺達に正直に話したって事は、恐らくレルベンゲルはシロの気がする。俺はミラシオンに目配せをした。するとミラシオンが頷いてレルベンゲルに言う。
「残念ながらライコスに聞き取りは出来ない」
「なぜです?」
「ライコスは死んだ。聖女様を襲撃した罪で、その場で討ち取られている」
「!」
レルベンゲルは驚愕した表情を浮かべる。やはり情報はこちらまでは届いていないようだ。そして俺がレルベンゲルに言った。
「私もミラシオン卿も見ています。現場にいたのですから」
「そんな…ライコスが?」
「残念ながら」
レルベンゲルは難しい顔をして黙り込んでしまった。流石に同じ立場の騎士団長が死んだと聞いて、その衝撃はかなり大きかったらしい。レルベンゲルは重い口を開いた。
「ライコスの動機は?」
それにはミラシオンが答える。
「わからない。だからこうして捜査している」
「そう言う事でしたか」
「だが身分の高そうな者と会っていたという情報はとても有力だ。その騎士を呼んでくれるか」
「は!」
レルベンゲルはドアを開けて、外の騎士に伝える。
「ケルスを連れて来い!」
「は!」
そしてしばらく待っていると、ケルズがやって来た。若くて、右も左もわからないような純朴そうな青年だ。俺は興味本位で聞いてみる。
「いくつ?」
するとケルズは真っ赤な顔をして答えた。
「十六であります!」
「ちょっと聞きたいことがあるのだけど、座ってもらえますか?」
「は!」
レルベンゲルの隣りにケルズが座った。そして俺達が尋ねる。
「ライコス卿を見かけたんだね?」
「はい!」
「その店は覚えてる?」
「もちろんです。自分の故郷であります!」
「なるほど」
俺がレルベンゲルに向き直って言う。
「彼をしばらくお借りしたい」
「は! ケルス! 聖女様及びミラシオン伯爵と共に行動せよ!」
「は、ぼ、僕がですか?」
確かに一兵卒が、聖女と伯爵に同行するというのは気が重いだろう。
「言葉!」
「は! 同行させていただく事、光栄であります!」
「まあそんなに気負わないで、あなたの故郷のその店に連れて行ってもらえればいいから。あとは地元をいろいろ案内してもらったら嬉しいかな」
「田舎町ですので案内するほどのものは」
「まあ、それは行ってから考えます」
「は!」
そして俺達はレルベンゲルからケルズを借り受ける事になった。手掛かりとなるかどうかは分からないが、何かの情報を得られるかもしれない。目の前でタジタジと青くなっているケルズを見て、俺は思うのだった。
うん。コイツならマグノリアやリンクシルの心も奪われる事がない。一緒に行動してもいいだろう。
第二騎士団の調査はそれで一旦終わる。
ミラシオンがレルベンゲルに言った。
「今日はこの駐屯地で宿泊する事になっている。聖女様の部屋を用意できるか?」
「一人部屋はありませんが?」
「相部屋でいい。聖女様は四人で泊まられる、ただし他の騎士の宿舎とは離してもらえるかな? さらに周囲は我々の騎士が護衛をすることになる」
「もちろんです」
うわあー。今日もこんな男だらけの所で寝るのかあ…。一応ミラシオンの騎士団が入るらしいが、念のため警戒しておかないとなあ。
尋問を終えて馬車から荷物を運び込むため外に出ると、アンナが俺の表情を見て言う。
「何かあったか?」
「今日は、ここに泊まるそうだよ」
「そういうことか」
マジで大丈夫なのかよ? おそらく無実ではあるが、万が一裏切り物だったら危ないだろ。
俺は足取り重く馬車に向かって歩く。これから国内を巡回するたびに、この悩みが付きまとうと思うと気分がズドーンと落ちるのだった。
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