第142話 国境の街へ

 俺達は東スルデン神国との国境にあるエスゲート領に入った。辺境の地だが、国境に近づくにつれて村も大きくなっていく。だが油断は出来ない。ここの領主は現状、王派か反王派という派閥には属しておらず、恐らくは何も知らずにこの地を統治しているという前情報だ。


 俺が馬車の外を馬で歩くミラシオンに聞く。


「このあたりの様子はどうでしょうか?」


「斥候を出していますが、今のところは平和そのものと言ったところです」


「まあ、帝国のように、こちらに手を出して来てるわけではないですしね」


「そうです。ですが警戒なさってください、我々も警戒をしております」


「わかりました」


 席に座り直し、目の前のアンナに聞いてみた。


「どうかな? 今の所は何もないようだけど」


「たぶん、大丈夫だ」


「そう?」


「不穏な空気は流れていない」


「わかった」


 アンナの第六感だか第七感だかは知らないが、センサーはかなり正確だ。とりあえず事件が起きる事はないだろう。そしてしばらく進むと隊列が止まり馬車の窓がノックされた。


「どうしました?」


「放牧された家畜が横切っているようです」


「なるほど」


 俺が窓から顔を出して前方を見ると、羊のような家畜がぞろぞろと街道を横切っていた。だがミラシオンは険しい顔で言う。


「念のため警戒を。あれも敵の策かもしれません」


「わかりました」


 ピリピリしながら家畜が過ぎるのを待ち、無事に通過して隊列は再び前に進み始めた。どうやらあの家畜は罠でも何でもなく、本当に通り過ぎただけのようだ。


 揺れる馬車の中で何もすることが無いので、ミゼルの奥さんが持たせてくれた包みを広げる。するとそこには、マドレーヌとタルトが入っていた。


「うわあ…美味しそう」

 

 俺が嬉しそうに言うと、アンナがリンクシルに聞いた。


「リンクシル。毒は?」


 リンクシルがお菓子に鼻を近づけてスンスンと臭いを嗅ぐ。


「大丈夫。毒は無い」


 そしてアンナが俺に言う。


「食べても良いぞ」


「あ、はい。ていうかリンクシルはそう言うの分かるの?」


「はい! 鼻だけはいいので!」


 そう言えば獣人である、リンクシルの嗅覚は優れているんだった。アンナがリンクシルも連れていくと言った理由はこれだ。前回はアンナが率先して食べていたが、リンクシルが居れば心配ない。


 一つ口に放り込むと、甘過ぎないマドレーヌの香りが口に広がる。


「おいし! 皆もどうぞ」


「頂きます!」

「あ、ありがとうございます」


 リンクシルとマグノリアが手に取って食べる。だがアンナは手を付けなかった。


「アンナは?」


「今はいい。体が重くなる」


 どうやらアンナなりに警戒しているようだ。なんかアンナが食べないというと、俺もバクバク食ってはいられなくなる。俺が手を止めると、リンクシルとマグノリアも手を止めてしまう。


「食べて食べて! 私は食べると眠くなりそうだし」


「は、はい」

「じゃあもう一つだけ」


 そう言って、二人は一つずつお菓子をとった。


「じゃ、またあとで休憩の時に」


 そう言って包みを閉じる。二人がパクパク食べている時に外からミラシオンが声をかけて来た。


「向こうから騎士が来ますね」


「騎士が?」


 俺が馬車の窓から顔を出して先頭を見ると、向こうから騎士団の騎馬隊が来るのが見える。そしてミラシオンが俺に言う。


「では話を聞いてまいります!」


「はい」

 

 隊列は止まり、ミラシオンが最前列へと走って行った。騎士団は対峙するように停まっていたが、どうやら敵対の意思はないらしく話をしているようだ。すると一人の男を連れて、ミラシオンとウィレースと数名の騎士がこちらにやって来た。


「アンナ、降りるよ」


「ああ」


 俺とアンナが馬車から降りて騎士を出迎えた。するとその男は慌てて馬から降り、ミラシオン達と共に俺の前に来て跪く。


「これは! 聖女様! よくぞ、このような辺境までおいで下さいました」


「陛下から視察を承りましたので」


「そうですか! 部下達も喜びます!」


 するとミラシオンが俺にその男の紹介をした。


「彼は第二騎士団、騎士団長のレルベンゲル・キーラ殿です」


「こ、こうして名乗らせていただくのは初めててございます! レルベンゲル! と呼び捨てになさってください!」


 うわっ! うぜえ! いきなり距離を縮めて来やがった。見た感じは無骨な感じだと思ったが、いきなり気さくな感じがめんどい! 俺はあえて呼び捨てにしなかった。


「レルベンゲル卿。お出迎えありがとうございます」


「あ、ああ。はい! ではこれより第二騎士団が先導させていただきます!」


 どうやらルクスエリムの言う通り、王都で起こった出来事は伝わっていないようだ。俺達が来た理由も分かっておらず、恐らくはただの視察だと思っている。


 俺とアンナは馬車に戻り座る。そしてアンナに聞いた。


「どうだった?」


「敵意や殺意の類は無い。だがまだ油断は出来ない」


「わかった。いざとなったら殺さなくちゃいけないけど、どう?」


「痛みを感じさせずに逝かせてやろう」


 うわあ…カッコイイ。思わず俺が逝かされそうになる。だがまだ未定だ。とにかくこれから聞き取り調査を行い、アイツらか白か黒かを見定めねばならない。


 そして俺達の一行は第二騎士団の駐屯地前に到着する。騎士団の駐屯地は、大きな都市の中にありミラシオンの騎士達も一緒に入り込む。騎士団の警戒態勢はマックスとなり、その異様な雰囲気に街が騒めいているように感じられた。


 するとミラシオンが迎えに来る。


「それではレルベンゲル騎士団長と副団長の聞き取り調査に参ります。護衛はお任せください」

 

 ウィレースが鬼気迫る表情で言った。


「聖女様は命にかけてもお守りします!」

 

 相棒を無くしたウィレースの決死の覚悟が伝わってくる。


「頼りにしてますウィレース。ですがあなたは死なせません」


「お心遣いありがとうございます! ですが私の事などお気になさらずに」


 いやいや。死なれたら夢見悪いから、死なせないようにするさ。俺達四人はミラシオンの騎士達に囲まれて、第二騎士団の駐屯地へと入って行くのだった。

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