第141話 男爵の妻
無駄にイケメンのミゼルに警戒した俺だったが、それは杞憂に終わった。何故ならばミゼルには、愛嬌のある可愛い嫁さんがいたのだ。若いからいないと勝手に思っていたら、男爵と言えば領主。嫁さんくらいいてもおかしくはなかった。
そして俺達の部屋に、ミゼルの嫁さんがわざわざ飯を運んで来てくれる。
「それほど大きくない男爵領ですので、こんなおもてなししか出来ない事をお許しください」
「いえ。十分です」
素朴な田舎料理だが、俺はむしろおふくろの味って感じで好きだった。実際食ってみると、味だけじゃなくボリュームもあるので大満足だ。それにもましてミゼルが愛嬌のある可愛らしい嫁さんと、仲睦まじくしているのが羨ましすぎた。俺は嫁さんに言う。
「こんな素敵な奥様がいて、ミゼル卿は幸せですね」
「そうだと良いのですが、私なんかをもらって不幸じゃないですかね?」
そんなわけねえぇぇぇ! こんな愛嬌のある料理の上手な嫁さんをもらって、幸せじゃない訳がないぃぃぃぃ! むしろヒモ時代の前世の俺が憧れた生活がここにある。
「羨ましいです」
俺が本音で答えると、愛嬌のある顔でニッコリ笑ってミゼルの奥さんが言う。
「聖女様は婚姻を結んではいけないのですか?」
えーっと。確かそんな法律はないし、教会からも何も言われていないな。
「特には無かったかと」
「聞いたら失礼なのかしら? 意中の殿方とかはいないのですか?」
意中の公爵令嬢ならいる。あと意中の王女とかメイドとかも。意中の令嬢はたーくさん。
「おりません。それに今はそれどころではないのです」
「すみません! 不謹慎でございました」
「いえいえ。可愛らしいお嫁さんをお持ちのようで、ミゼル卿が羨ましいです」
マジでずるい。
「ありがとうございます」
「手厚いおもてなしをありがとうございます」
「とんでもございません。お代わりをお持ちしますね」
気付けばアンナとリンクシルがぺろりと平らげていた。俺はニッコリ笑って嫁さんにお願いする。食事が終わって夜になると、防衛上の理由から俺とアンナと、リンクシル、マグノリアの部屋は一緒にされた。更に廊下には二名の騎士が交代で立つようだ。めっちゃ邪魔だけど。
護衛のつもりなのだろうが、騎士が外に立つことで逆に眠りにつくのが不安になる。
俺がアンナに言う。
「騎士、そこにいるんだよね?」
「ああ」
「やだなあ」
「大丈夫だ。聖女に変な事をしたら斬る」
「お願い」
「ああ」
そんな話をしているとドアがノックされる。アンナがドアを開くと、メイドが二人で大きなタライを持って来た。ミゼルの奥さんも一緒に来る。
「お身体をお拭きになるかと思い、お湯をお持ちいたしました」
「ありがたく使わせていただきます」
「はい」
そして嫁とメイド達が出て行く。チラリと廊下に騎士が見えたが、気を使ったのか向こう側を見たままだった。
「アンナ。騎士はのぞかないよね?」
「のぞいたら目をくりぬいてやろう」
「お願い」
「ああ」
アンナのおかげで俺は安心して服を脱ぐ事が出来た。下着も全て脱ぐと、マグノリアが固く絞ったタオルで優しく俺の体を拭いてくれた。
「気持ちいい」
マグノリアはニコニコして俺の体を拭いてくれる。するとマグノリアはベッドに座るように言った。
「はいはい」
「足をお付けください」
「わかった」
スカートも脱いで下着姿になり、俺は足をちゃぷんとタライにつける。もう体にはパンツしかつけていなかった。するとマグノリアはタオルをお湯に浸し、ゆっくりと足を拭いてくれる。
なんか気持ちいい。マグノリアのやっさしい手つきは俺をうっとりさせる。足を洗い終わると、ボストンバックから眠る時用のドレスを取ってくれた。
「なんだかマグノリア上手だね」
「ミリィさんに教えてもらったんです。旅先でこうしてあげてって」
ミリィ…こんなところにまで気を使ってくれるとは。マグノリアもきちんと習って、俺のメンテナンスの方法を分かってくれている。するとアンナが俺達二人に言った。
「わたしとリンクシルで交互に見張る。聖女とマグノリアは寝て良いぞ」
「わかった」
「でも…」
「マグノリア。寝れるときに寝ておきなさい、アンナ達は鍛えているから大丈夫だよ。残り湯だけどマグノリアも体を洗って休んだ方がいい」
リンクシルもマグノリアに言った。
「任せて。うちはこう見えても獣人だからね!」
「うん。ありがとう」
そしてマグノリアは服を脱ぎだした。パンツ一丁になってちゃぷちゃぷと体を浸していく。可愛らしい…俺はそれをじっと見つめていた。
「は、恥ずかしいです…」
「いいからいいから」
俺が見ている中で、マグノリアは体を綺麗にした。
「こっちに来なさい」
「えっ?」
「拭いてあげる」
俺はマグノリアの体を乾いたタオルで拭いてあげた。そしてボストンから薄い寝巻をとってマグノリアに渡す。
「これを着て安心して眠ろう」
「はい!」
そして俺達はそのまま眠りについた。結局その夜は何も起こらずに、平和に朝を迎える事が出来た。俺達が身支度を終えて待っているとミゼルの奥さんが来る。
「朝食をお持ちしました」
「ありがとうございます」
俺達は部屋で簡単な朝食を済ませ、荷物を持って廊下に出る。すると二人の騎士が俺に言った。
「それでは参りましょう」
「ええ」
騎士について行くと、一階ではミゼルとミラシオンが話をしていた。俺を見かけて二人が丁寧に礼をする。俺もゆっくりと頭を下げミゼルに言う。
「安心して眠れました」
「それは良かったです!」
「ミラシオン卿も護衛をありがとうございます」
「は!」
そして俺達は玄関に向かいミゼルに礼を言う。するとミゼルがぼそりと言った。
「聖女様は大変、素晴らしいお方だと分かりました。バレンティアがああなるのも無理はない」
「バレンティア卿がなにか?」
「いえ。大したことではありません。此度の行軍、良い結果がもたらされますようにお祈りしています!」
バレンティアがどーのこーのが気になるが、詳細を聞くとムカつきそうなのでスルーしよう。とりあえず俺達は馬車に乗り込み出発を待つ。
するとミゼルの奥さんが小包を持って来た。
「聖女様! 道中皆さんでどうぞ!」
「これは?」
「お腹が減った時に」
なんて気の利く奥さんだ。こんないい奥さんを貰ったミゼルが、憎たらしくさえ思えて来る。
「助かります」
「ただ、騎士様達の分は用意していませんので、馬車の中でこっそりお願いします」
「承知しております。また機会がありましたら立ち寄らさせていただきます」
「ぜひ!」
そして俺達はミゼルの統治する領を出発するのだった。
「何も無くて良かった」
俺が言うとアンナが答える。
「敵もそれほど手数がないのかもしれない。だが問題はこれから接触する第二騎士団だ」
「そうだね。油断は禁物、みんな気を引き締めていくよ!」
「だな」
「「はい!」」
騎士団の隊列は一路、東スルデン神国との国境に向けて進み始めるのだった。
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