第139話 長期遠征の朝に

 まあ仕方がない言ってしまったんだから。勢いで言ってしまったのも事実で、俺はこれからしばらくミラシオンの騎士団と共に国内を駆け回る事になった。


 それと同時に心配事がいっぱい出来てしまう。俺がギルドに任せて調査していた貴族の娘達、彼女らのお家が取り潰しになってしまったりすると彼女らを救えなくなる。そしてそれはソフィアについてもそうだった。俺が国内を駆け回っている間に、王都で粛清の機運が高まったりしたらまずい。まさに悪役貴族令嬢の話そのものになってしまう。


 ルクスエリムに聞いてみたが、そればっかりは王の一存では決まらないらしい。保守派にそう言う機運が高まってしまえば、ルクスエリムにそれを抑える事は出来ない。そこを強制的に止めれば、王派が造反してしまう可能性だってあるからだ。


 そこで俺はひそかに反王派の筆頭、本物の悪役であるルクスエリムの叔母リリー・セリア・ヒストル頑張れ! と思ってしまうのだった。


 そんな事をうじうじと考えていると、ミラシオンが俺に言う。


「では聖女様、出発いたしましょう」

 

 聖女邸の前には、ずらりとミラシオンのアルクス領兵が勢揃いしている。


 そして俺にはもう一つ懸念する事があった。俺が留守の間、この聖女邸を第一騎士団が護衛する事になったのだ。もちろん騎士が中に入る事は無く、周辺の空き家を拠点にして常に周囲を見回る事になった。


 第一騎士団の誰かが、聖女邸の誰かに手を出したりなんかしたら皆殺しにしてやろうと思う。


「ミリィ、スティーリア、アデルナ、ヴァイオレット! お願いしますね! このような時ですから、色恋沙汰にうつつをぬかしたり、うっかり怪我をしたり風邪を引いたり、色恋沙汰にうつつをぬかしたりしないように」


 ミリィが真剣な顔で言う。


「はい! 大事な事だから二回言ったのでございますね?」


「そ、そう。くれぐれもおねがい」


「もちろんです」


 するとアデルナも答えた。


「お任せください聖女様。私が目を光らせておきます」


「本当にお願いねアデルナ! あと帝国から引き取って来た物資の分類もお願い!」


「はい」


 またギルドに依頼し、金を払って雇った護衛にアンナが言う。


「ロサ。くれぐれも頼む」


「もちろんよ姉さん。姉さんを引き取ってくれるような希少な方達だもの、私達が責任を持って守るわ。お金もたっぷりもらう事になってるし。そうだよねみんな!」


「「「おう!」」」


 もちろん今回、聖女邸の護衛の仕事を受けてくれたのは、アンナの妹であるロサがリーダーをやっている女だけの冒険者パーティー『朱の獅子』だ。ロサ、パスト、イドラゲア、シャフランの四人のパーティーでランクはA相当。特級のアンナほどではないが、かなりの腕前だとギルドマスターのビアレスからもお墨付きをもらっている。


 そして俺はアンナに、こちょこちょと内緒話をする。するとアンナがロサ達に言ってくれた。


「留守中、女の子たちに悪い虫がつかないように見張ってくれ」


「え? それは依頼内容に入ってないわよ?」


 俺は再びアンナにこそこそと言う。そしてアンナがロサ達に言う。


「その依頼を守り抜いたら、予定の報酬の二割増しだ」


「受けた!」


 そして朱の獅子の四人は、パン! と手を合わせて喜んでいる。しかしアンナは続けて言う。


「守れなかったら二割減るぞ」


「絶対守る!」


 それを聞いていたミラシオンが苦笑しながら、近くにいたマイオールに言った。


「マイオール殿。第一騎士団はよほど信頼されていないようですぞ」


 するとマイオールが俺の前に来て頭を下げる。


「このマイオールが目を光らせております! もちろんそんな粗相をする者は、我が団員にはいませんのでご安心を」


 いや。お前が一番心配だ。その甘いマスクと熱血感な感じは、聖女邸の若いメイド達にも評判がいいのだ。お前が良くても、女の子たちが惚れてしまうだろ! 馬鹿! 脳筋!


「くれぐれもお願いします。ヒストリアの一大事に恋愛などしていたなどと知られたら、私は国の良い笑いものになってしまいますから」


「は!」


 俺はスティーリアの手を取って言う。


「スティーリアも分かってるね」


「私は聖職者でございますよ!」


 分かってるけど、その儚げな雰囲気が男の心をそそるんだよ! 頼むよ!


 すると今度は反対に、アデルナが俺について行く人達に言った。


「アンナ様、リンクシル、マグノリア。くれぐれも聖女様をお願いしますね。悪党には指一本触れさせてはなりません」


 アンナが不敵に笑って言った。


「まかせておけ。本気のわたしと聖女を止められるものがいるなら止めてみるがいい」


 ギラリと光る目に、聖女邸の面々や騎士達も凍り付く。それだけに恐ろしい威圧感があるのだ。それを見たロサが言った。


「ね、姉さん! だから! それが怖いんだって」


「あ、そうか? ふーん」


 このアンナに物申せるのは妹ならではだろう。俺がみんなに言う。


「じゃ! 行って来る! くれぐれも気を付けて。ロサさんも聖女邸の面々が出かけるときは何卒護衛を頼みます!」


「分かっておりますよ!」


 聖女邸のみんなは不安そうな顔をせずに、笑って送り出してくれた。危険が待っているかもしれないのは百も承知だが、皆は俺に心配をかけまいとしてくれているのだ。


「アンナ」


「ああ」


 そして俺が馬車に乗り込むと、アンナとリンクシルとマグノリアが乗り込んで来た。俺は馬車の窓から顔を出して皆に手を振る。


 ミラシオンが号令をかけた。


「しゅっぱーつ!」


 隊列はぞろぞろと進み始め、俺の馬車もゆっくりと前に進み始める。


 俺が窓から顔を出して不安そうに皆を見ているとアンナが言う。


「聖女の大事な家族に手を出すような馬鹿がいるとは思えないけどね」


「そうかな?」


「そんな馬鹿は、第一騎士団に入れないだろ」


「そう言われてみればそうかも」


「聖女邸の皆も聖女の事を考えたら、それどころじゃないって。心配するな」


 アンナは狼狽える俺をしょっちゅう見ているから、そんな声をかけてくれるのだ。だがリンクシルとマグノリアは、信じられないような目で俺を見ていた。アンナが二人に言う。


「お前達も聖女を支えてくれよ」


「「は、はい!」」


 アンナは二人に笑いかけて俺の隣りに座った。するとリンクシルがポツリと言う。


「聖女様は凛々しい方だとばかり思ってた」


 それにアンナが答える。


「その通りだよ。聖女は強く凛々しい、だけどこう言う一面もあるから信用できるんだ。それはお前達に心を許しているって事だ」


 するとマグノリアが小さい拳を握って胸にあてて言う。


「あたし! 聖女様を守る!」


 するとリンクシルも真似をして言った。


「うちも守る!」


 俺は二人に向かって言った。


「ありがとう。あなた達も大事な家族、私もあなた達を守る」


 だって可愛いもん。アンナはイケメンで好きだしマグノリアは健気な感じだし、リンクシルはピュアで可愛い。俺は改めて一緒に行く三人を守ると決意するのだった。


 まあ、アンナには守られてばっかりだけど。

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