第137話 衝撃発表

 騒動が収まってすぐに大臣達が招集され、俺もその会議に呼ばれてしまった。まあ無関係ではいられないとは思うので、俺は支度をしてアンナとミリィを連れて王城に来ている。会議場は物々しい雰囲気に包まれており、そこにはバレンティア率いる近衛騎士団と、フォルティス率いる第一騎士団が勢ぞろいしていた。もちろんミラシオンも同じ会場に居る。


 厳粛な雰囲気の漂う会場に、ルクスエリム王が現れた。その姿を見て皆がざわつき、無事であった事を喜ぶ声が広がる。


 そしてルクスエリムが席に座ると、俺達も一斉に席に座った。俺の隣りには教会代表として教皇が座り、俺がその隣に座っている。各騎士や護衛達がその後ろに並び、厳重な警戒態勢の元で会議が始まった。


 立ち上がったのは、ケルフェン中将。ロマンスグレーをきちんと切りそろえた短髪の、痩せた体格のダンディーなおっさんだ。するどい目で会場内を見渡している。


「まずは! 陛下に謝罪をしたいと思います! 我が騎士団内での裏切り行為は許せる物ではありません。実働部隊の管理をしていた私に責任があります!」


 すると大臣達からそうだそうだと意見が上がる。それを聞いたルクスエリムが口を開いた。


「ケルフェンよ。まずは座ってくれ。そして皆も聞いて欲しい」


 ケルフェン中将が難しい顔をしたまま椅子に座った。ルクスエリムが続ける。


「此度の事は、わしの落ち度であるよ。国内のいざこざの責任は全て王であるこの私の責任じゃ。ケルフェンの責任はわしの責任である」


 するとそれを聞いたダルバロス元帥が、おっかない顔をして立ち上がる。


「陛下。それはいささか違いますな、軍の総指揮をしているのはこの私です。責任はひとえに軍を統括している私にあるでしょうな。陛下はただ罰すればいい立場にございます。ここに居るケルフェンにはもちろん責任は取らせますが、王の命を狙ったのが第三騎士団のライコスともなれば、その罪はかなり重い。ですがケルフェンはこれからこの国に必要な男、ここは私の首一つで事を収めていただくという事でどうでしょうか?」


 ダルバロスも物凄い事を言うが、それを聞いたルクスエリムは静かに言った。


「ダルバロスよ。まずは座ってくれ、これからやらねばならぬことがたくさんあるのじゃ。事はそれほど単純ではない」


「は!」


 ダルバロス元帥がその場に座る。そしてルクスエリムが言った。


「そもそも、此度の事は軍部のクーデターではない。むしろ第一騎士団は我を守ったのだ。そしてフォルティスには何の責任も無い」


 ダルバロスが言う。


「もちろんフォルティスに罰は与えないでいただきたい。あくまでも私の不徳の致すところ、フォルティスもこれからのヒストリアに必要な男です」


「分かっておる。フォルティスは余を守ったのだからな。だがまず大臣達に聞きたいことがある。緊急招集に対して来ておらぬ閣僚がいるようだが、それについては何か知っている事は?」


 大臣達はざわざわとざわついた。そして法務大臣がそれに答えた。


「恐れながら火急で準備が整わなかったのではありませんでしょうか?」


「皆は来たではないか」


「火急の要請に堪えられぬようでは、この国で貴族など務まりません」


 するとルクスエリムは深く首を振った。


「そう言う事だよ。既に貴族の務まらぬ者がおる可能性があるのじゃ。もちろん何らかの事情があって来れないのかもしれぬがな」


「何らかの事情ですと?」


「うむ。此度の騒ぎに対して、あまり芳しくない者がおるのやもしれん」


 うわあ…やっぱり来た。流石にここまで来れば、反王派を庇いだて出来ないのだろう。だがここで事を荒立てると、国内が割れる可能性があるぞ。


「それは…」


 なるほど、大臣でも知っている者と知らない者がいるようだ。


「それにここに居るのは、第一騎士団と近衛のみ。あとはミラシオンの領兵がいるくらいか。第三が裏切ったが、未だ第二、第四、第五、第六にその情報は入れておらん」


「何故です?」


「すでに敵か味方か分からんからだ。先ほどからダルバロスとケルフェンが謝罪しているのはその事だよ」


 すると他の大臣が言う。


「しかし何のために第三騎士団は裏切ったのでしょう? どのような意図があるのか分かりません」


「その事だ。第三騎士団のライコスが単独でやった訳ではないだろう。必ず黒幕がいるという事だ」


「黒幕…」


 そう言うと大臣達は黙った。他の大臣達も目をつぶって深く考え事をするように腕を組む。既に王派と反王派の対立が表面化した事に気付いたのだ。いや、むしろ国内情勢を考えて、大臣達は気付かぬふりをしていたと言ってもいいだろう。


「今いない閣僚と、派閥の事を考えればすぐにわかる事じゃ」


「はっ!」


 流石に保守派の奴らも、事を荒立てられない事は気づいている。だが今、国内が割れれば、帝国か仮想敵国の東スルデン神国に攻められる可能性がある。いや、むしろその状況が刻一刻と迫っている事に気が付いたのだ。


 そして財務大臣がルクスエリムに尋ねた。


「陛下はどのようになさるおつもりですか?」


「残念ながら、血を流すしかあるまい。獅子身中の虫を放っておいては、外の国々と戦うなど出来はせん」


 すると会場に沈黙が起きた。粛清か内乱か今の言葉でどちらかが決まったのだ。いよいよヒストリア王国は運命の分かれ道に立たされる時が来た。


 だがそんな事をしたら、反王派の貴族の娘達がどうなるんだろう? まあ息子達なんかどうでもいいけど、可愛い貴族の娘がいっぱい死ぬことになる。それこそ公爵令嬢のソフィアは真っ先にダメなんじゃないか?


 俺は思わず立ち上がってしまった。


「ど、どうしたのじゃフラル」


「もし、その時が来たら。罪のない子達はどうなさるおつもりですか!」


 言ってしまった。


 それを聞いた大臣達が口々に言う。


「いくら慈悲深き聖女様でもそれはいささか…」

「貴族と家族は同意。もちろん家主と運命を共にするのが常」

「いずれ禍根を残し火種になるやもしれません。火種は摘み取るのが当たり前では」


 正論ばっかり言って来る。だけど、ここで引いたらソフィアの明日は無い。


「では! 今回、謀反を働いたライコス第三騎士団長の後ろの、そのまた後ろに付いている者の、さらに後ろで糸引いてるものを滅ぼせばいいのです!」


 皆がはあっ? って顔をしている。


 ルクスエリムが慌てて俺に言った。


「な、それはどういう事じゃな? そんな乱暴な道理は…」


「このヒストリア王国を狙っている国があるのなら、その全ての国を滅ぼすか我が国の属国にしましょう! もしくは占領下に置くのがよろしいかと!」


「いや…それはいささか…」


 ルクスエリム以下、大臣達が思いっきりドン引きしている。俺はまるで、世界征服をもくろむ暴君のような発言をしてしまったからだ。


 シーンとした会場の空気の中で、突如として大声で笑う声が聞こえた。それは元帥のダルバロスだった。


「わーっはっはっはっはっはっはっ!」


 やっぱり俺はまずい事を言ったらしい。どうしよう、取り返しのつかない事を。


 俺が呆然とダルバロスを見ていると、ダルバロスが大声で言った。


「小賢しくゲームをするくらいなら、盤ごとひっくり返そうというのですな! ズーラント帝国の皇帝でも言わなそうな事を、そんな可愛らしいお顔で言われるとは! どこぞの歴戦の勇者でございましょうか! あ、いや! カルアデュールの英雄でございましたな!」


 いや、そこまで大それたことを言っていないと思うけど。


 その発言に保守派の大臣達が怒るようにざわつき始めた。


「それでは周辺各国を敵に回してしまうやもしれませんぞ!」

「さすがに内情が不安定なまま、数か国と戦争など出来はしません!」

「この国を救うと言われて聖女認定されたお方が言う事ではございませんぞ!」


 ヤベエ。怒られてる。でもここで引いたらソフィアが…


 するとルクスエリムが言う。


「まあ待て! 実は裏で糸を引いている国は既に確定している!」


「何ですと?」


「何処なのです?」


 そいつは俺も知らんかった。そしてルクスエリムの発した言葉に一同驚愕するのだった。


「それは…」


「それは?」


 皆がゴクリとつばを飲み込んだ。


「アルカナ共和国」


 嘘だろ? アルカナ共和国つったら、ヒストリア王国の同盟国じゃないか! ルクスエリムの発言に誰も言葉を発さずに、会議場はお通夜みたいになってしまうのだった。

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