第136話 奪還

 俺達が聖女邸に立てこもり、夜になるころには王都内が更に騒がしくなってきたようだ。どうやら第一騎士団が都市に入ったらしい。


 その事で、俺はミラシオンと話をしていた。


「聖女様。このどさくさが非常に危険です。ここに聖女様と陛下が立てこもっていることが分かれば、間者に襲われる可能性が御座います」


「今はまだ感づかれていないとは思うのですが」


「ともかく、どうすべきかを検討すべきです」


 と、言われてもうちに兵隊がいるわけじゃないしなあ。せいぜいギルドに助けを求めるくらいだけど、ギルドだって信用できるわけじゃない。いざという時は空から逃げるしかないか…


「わかりました。いざという時の為に手をうっておきましょう」


「そうすべきです」


 俺はすぐにリンクシルに言って、納屋にいるマグノリアに今の事を伝えるように指示をする。そして館内のルートを考え、屋上のベランダまでの脱出ルートをミラシオンに伝えた。いざとなったらそこからヒッポの馬車に乗って空に逃げるしかない。


 誰も眠らず、ただひたすら事が動くのを待つしかなかった。俺はルクスエリム達の様子を見るために、地下の秘密部屋へと向かった。


「陛下」


「フラルよ。面倒をかけるのう」


「いえ。それよりも、急な避難経路をお伝えします」


「うむ」


 ルクスエリムはこの建物の事は分かっているので、危険になったら屋上のベランダに逃げると伝えただけで理解してくれた。ヒッポの馬車にも乗っているので、脱出するならそれが最適だと分かっている。


「して、未だなにもなしか?」


「外が騒がしいようです。どうやら第一騎士団が戻ったようですが、近衛からも連絡が来ません」


「そうか…」


 こちらから動けないのはもどかしい。するとそこにカレウスとビクトレナが下りて来た。


「父上」


「うむ」


「このままここに居るので?」


「カレウスよ。今は動けぬ、いずれその結果は出るだろう」


「もし万が一、近衛騎士団と第一騎士団が敗れた場合は?」


「その時はわしらも覚悟を決めねばならん。お前も王子なら分かるな」


「…」


「だが…」


 ルクスエリムは俺とビクトレナを交互に見た。


「わしの最後の願いがあるとすれば、フラルよ…ビクトレナを連れて逃げてはくれまいか」


 まあ…死ぬくらいならそうしたいのはやまやまだけど…ここには仲間がいる。


「聖女邸の皆を置いては行けません。ビクトレナ様はマグノリアが連れて逃げましょう。もし許されるのであれば、私は最後まで徹底抗戦させていただきます」


「フラル…そなた…」


「まあ、あのバレンティア卿やフォルティス団長が簡単にやられるとは思いませんけど」


 だって、俺が身体強化をかけた時の騎士団は化物だったし。ワイバーンがまるで鼠のように殺されたのを俺は見てるから。まあルクスエリムは見たことないだろうけど。


 悲壮感漂うその場で、実は俺だけが確信めいたものを持っていた。恐らく今日の夜までに片が付く。


 そしてその予想は的中するのだった。深夜になりにわかに外が騒がしくなったと思ったら、バレンティアが颯爽とやって来たのだ。


 ほらね。


「たのもー!」


 門の外からバレンティアが叫んでいる。メイド達が門に行って開けると、バレンティアを筆頭に近衛騎士団が入って来た。俺が窓からこっそり見ていると、メイドがすぐに俺の元に来て言う。


「聖女様はおられるかと聞かれました。お伝えしてもよろしかったでしょうか?」


「いや、直々に行くよ」


「大丈夫なのですか?」


「問題ない」


 俺が一階のエントランスに降りていくと、バレンティアと近衛騎士団が俺の所に駆けつけて来て跪いた。


「聖女様! ご無事で!」


「ええ。どうにか戻って来てました」


「安心いたしました!」


「どうなりました?」


「王城に忍び込んだ間者を掃討し、何名かを生け捕りにしました! 更に第一騎士団と共に王都内の間者の制圧を行い終了です!」


「近衛に怪我人は」


「それが…」


「はい」


「一人も怪我をしておりません」


 だと思った。どうやら俺の身体強化は人を鬼に変えるらしいから。それは何度も試してみて確信している。


「フォルティス騎士団長はどこに?」


「はい! 大臣や各方面を駆け回り、情報の収集及び緊急招集をかけております!」


「王城は解放されたのですか?」


「はい」


 俺はバレンティアに言う。


「どうか立ち上がってください。私達をお助けいただきありがとうございました」


「いや、助けられたのは我々近衛です」


「いえ。正直な所、皆が覚悟をしていたのです。近衛と第一騎士団が敗れれば我々は処刑されるかもしれないと」


「我々もどうなるかと思っておりましたが、なんと申しますか…」


「はい」


「自分でも自分の力が恐ろしいというか、敵の間者がまるで紙切れのように斬れるのです。それこそ剣や盾ごと真っ二つに、まるで自分が鬼になったかのような」


「それが身体強化なのです」


「そうでしたか…。おかげで、日をまたがずしてかたをつける事が出来ました」


「王城にはいつ戻れます?」


「朝まで待っていただけますでしょうか? 死体の片づけをして、潜伏している者がいないかの確認をしております。また手引きした者がいる可能性もありますので、騎士団が聞き込みをしております」


「わかりました」


「は! それでは朝にまた参ります!」


「よろしくお願いします」


 そう言ってバレンティアは部下と共に颯爽と出て行った。馬車が門を出て行くのを見て、俺達は玄関を締めてホッと一息つく。


「じゃ、陛下に伝えに行きましょう」


「はい」


 俺達は地下の秘密の部屋に降りた。そしてすぐにルクスエリムに今の事をそのまま伝える。


「なんじゃと! こんな短時間でか?」


「そのようです」


「叔母の間者はそれほど弱くはないはず」


「バレンティア卿以下、近衛には身体強化魔法をかけました。私の魔法は持続力もあるようで、魔法の効果が継続しているうちに解決してくれたようです」


「聖女とは…。聖女とは軍事的均衡を崩してしまう力を持っているのじゃな」


 ヤベエ…ルクスエリムはここで欲をかいて、身体強化をした軍隊をもって敵国を攻めようとか言いだすんじゃねえだろうな。


 だがルクスエリムは難しい顔で考えるだけで、それ以上は何も言わなかった。


 いや…むしろ、焚きつけて東スルデン神国に攻め入らせるのも手か? どさくさに紛れてマグノリアの弟を救う事が出来るかもしれないし。だけど俺も最前線に行かなくちゃならないのか? 


「聖女様?」


 ビクトレナが俺に声をかけて来た。


「はい」


「とっても難しいお顔をなさっていたものですから」


「ああ、すみません」


「私達は助かったのですよね?」


「そうです!」


 それを聞いたカレウス王子が、どさっと椅子に座り込んで大きくため息をついた。


「はーーー」


 もしかしたら自分は死ぬかもしれないと思っていたらしい。実際、近衛と第一騎士団が負けたらそうなっていた可能性は大きいし、命拾いしたのは間違いない。


「朝にはかたがつくそうです」


「うむ。それでは明日の朝に備えて皆、休むがよい」


 皆はルクスエリムに礼をした。


 だが結局、皆は眠れなかったらしく疲れた顔でエントランスに集まった。集まった皆に俺が癒し魔法をかけてあげると、少しだけ目の下のクマが薄まる。そしてミリィが皆に告げた。


「来ました」


 外を見ると、どうやらバレンティアとフォルティスが一緒に迎えに来たようだった。俺達が玄関から出迎えると、ルクスエリムの姿を見た騎士達が一斉に膝をつく。


「お迎えにあがりました!」


「大儀であった!」


「「「「「「「「「は!」」」」」」」」


 騒ぎは集結したのだ。王様家族は近衛騎士団と第一騎士団と共に聖女邸を後にし、ミラシオンとウィレースも一緒に出て行った。


 かちりと玄関をしめた時、俺は床に座り込んだ。


「ふぅぅぅぅぅっ!」


「聖女様! だ、大丈夫ですか!」


 あまりの出来事に腰が抜けてしまった。俺がへたっていると皆が集まって来る。


「終わったぁぁぁぁ」


「はい!」

「無事で何よりでございます!」

「せ、聖女様ぁぁぁぁぁ!」

「よかったぁぁぁぁ!」

「うわあああん!」


「そうだな」


 俺にミリィとアデルナ、スティーリア、ヴァイオレット、マグノリアが抱き着いた。そのそばにスッとアンナが立って腰に手を当てて笑っている。その周りを聖女邸の面々が囲んで皆が泣いていた。


 いやあ…死ぬかと思った。だが俺はもう次の事を考えていた。このままだとマルレーン家に手が伸びてしまうだろう。まだ犯人だと決まった訳じゃないが、いずれ明るみに出ればお家取り壊しとなってしまう可能性が高い。


「ふぅぅぅぅぅ」


 俺は別の意味でのため息をつくのだった。

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