第133話 散らした命

 王城の上空を飛ぶ馬車から見下ろすと、まだあきらめていない間者がこちらに向けて弓矢を構えていた。俺は振り向いてアンナに言う。


「私を掴まえてて!」


「わかった」

 

 俺は馬車の入り口から倒れ込むように体を出し、アンナは俺の腹の部分を抱きかかえるように支える。下から俺めがけて正確に矢が飛んで来るが、既に全体に結界を張っているので届かない。その姿勢で魔法の杖をかざし、魔力を思いっきり大量に杖に込めていく。


 電撃だっちゃ!


 ピカッ! ドドン! ゴロゴロゴロゴロ! 俺の杖の先から強烈な雷が塔の屋上に降り注ぐと、そこにいた全員が倒れた。


 どうだ! 俺の手加減無しの電撃は!


 俺はルクスエリムに向かって言った。


「すぐに近衛騎士団を追いましょう! 今ならまだ間に合います!」


「うむ!」


「マグノリア! 北へ!」


「はい!」


 そして俺達の馬車は王都を飛び出して北へと向かう。しばらくすると王城から出た近衛騎士団の一群が見えて来た。俺達はその先回りをして、近衛騎士団の前に馬車を降ろした。するとルクスエリムが馬車を飛び出す。俺が叫ぶ。


「いけません! 陛下!」


「黙っておられるか!」


 すると先頭を走っていたバレンティアが、ルクスエリムを見つけて驚いている。すぐに馬上から降りてルクスエリムの元に走って来た。


「陛下! ど、どうしてここに!」


「聖女に連れてきたもらった! 説明は後だ! 王城が襲われている! 近衛はこのまま引き返すのだ!」


「王城が!?」


「そうだ。警備が手薄な所を狙われた!」


 するとバレンティアがすぐさま踵を返して馬に飛び乗り、全軍に対して大声で叫んだ。


「陛下からの緊急命令である! 王城が襲撃を受けている! すぐに引き返すぞ!」


「「「「「「「「は!」」」」」」」」


 だが俺はバレンティアと近衛騎士団を止める。


「待ちなさい! 全員を馬ごと強化します! 皆に私の前を通過するように言ってください!」


「近衛騎士達よ! 聖女の加護を授かるぞ! 並べ!」


 そして俺は魔法の杖をかざし、身体強化魔法のゾーンを拡大する。これによって五十名単位で身体強化魔法をかける事が出来るだろう。さっきだって第一騎士団に身体強化をかけておけば、もっと迅速に問題を解決出来ていたはずだ。同じ轍を踏まないように近衛に身体強化を施しておくのだった。


「筋力強化、筋力最強化! 脚力強化! 脚力最強化! 敏捷性強化! 敏捷性最強化! 思考加速! 思考最加速! 自動治癒!」


 俺を中心にバッと魔法の光が広がり、騎士と馬の体が輝いた。


「次!」


「「「「「「は!」」」」」」」


 俺は次々に近衛騎士達に身体強化を施した。騎馬隊は方向転換をして王城に向け進み始める。その速度は尋常じゃないほどに早くなり、まるでバイクのように走り去って行く。最後にバレンティアが俺の元に馬を走らせてきて聞いた。


「聖女様! 敵はいかほど!?」


「手練れの間者が多数! 一部は殲滅しましたが、まだ余談は許しません!」


「わかりました!」


 そしてバレンティアが駆けて行った。俺が馬車に戻ると、ルクスエリムが俺に言う。


「聖女よ。このまま、我々で第一騎士団の元へ行くのだ!」


「陛下! 危険です!」


「承知の上だ! 自分の騎士がやられておるのだ。情況を確認しておきたい。これは飛べるのじゃろう?」


 馬車の上に載っているバカでかいヒッポを見て、ルクスエリムが言った。


「はい」


「急ごう!」


「は!」


 俺達は再び馬車に乗り北へと向かう事にした。ほどなくして騎士達が戦っていた場所に到達する。すると既に戦いは終わっていて、あちこちに騎士が倒れているのが見えた。


 俺にアンナが言う。


「わたしが先に降りる! 安全を確認したら合図をする」


「まって!」


 俺はアンナに杖をかざして身体強化魔法をかけた。


「筋力強化、筋力最強化! 脚力強化! 脚力最強化! 敏捷性強化! 敏捷性最強化! 思考加速! 思考最加速! 自動治癒!」


 アンナの体が光り輝き、そして俺に笑いかけた。


「これは、グッとくるね」


「がんばって!」


「ああ」


 アンナは無造作に飛ぶ馬車から飛び降りた。着地するとすぐに駆け出して、騎士の元へと駆けつける。すると上に向かって両手で丸を作った。


「マグノリア! 馬車を降ろして!」


「はい」


 俺達の馬車が下りると、そこいらに騎士達が転がっており怪我をした者が座り込んでいた。その先には縛られた騎士達が転がされている。俺は、まだ馬車を降りずにアンナが来るのを待った。


「聖女! どうやら制圧したようだ! フォルティス達がいる!」


 すると向こうの方から、マイオールがボロボロになりながらも駆けつけて来た。


「すみません! 聖女様、不甲斐ない私を…」


「治療を!」


 俺はマイオールに回復魔法をかけ、フルに回復したマイオールに聞く。


「マイオール卿! 陛下をお連れしました! フォルティス騎士団長は!」


 すぐにフォルティス騎士団長がこちらに走って来た。どうやらフォルティスは怪我をしていないようだ。流石は騎士団長と言ったところだろう。


 ルクスエリムが馬車から顔を出して言う。


「フォルティスよ! 無事であったか!」


「は! このような結果になり申し訳ございません!」


「聖女から聞いておる。ライコスが裏切ったのであろう」


「はい」


 ライコスと言うのは第三騎士団の騎士団長だ。


「してライコスはいずこへ?」


「戦死いたしました」


「そうか。どうやって死んだ?」


「私が斬り殺しました」


「そうか…。奴は見事に散ったのだな?」


「は!」


「フォルティスよ。お前には辛い仕事をさせてしまったのう」


「仕方のない事」


「それで第三騎士団は?」


「半数は死に、半数は捕らえました。元より聖女様の命を狙った犯行で、目的を達成したらすぐに逃げる予定だったようです」


「そうか…」


「こちらには三倍の兵力が御座いましたが、不意打ちにより甚大な被害が出ております」


 それを聞いて俺がルクスエリムに言う。


「恐れ入ります陛下、お話はあとで。私がすぐに治療にあたった方がよろしいかと」


「我が子も同然の騎士達である。一人でも多くの命を助けておくれ」


「はい」


 そして俺はアンナと共に馬車を降りる。するとフォルティスが言った。


「一応お気を付けください。倒れているとはいえ、動く者がおるやもしれません」


 するとアンナがフォルティスに言う。


「わたしが指一本触れさせない」


「ふっ、そうだろうな」


「ではフォルティス騎士団長。陛下をお願いします」


「は!」


 俺は近くにいる騎士から片っ端に、ゾーンメギスヒーリングをかけて治癒していく。この際、第一騎士団と第三騎士団を分けてはいられない。すると俺について来たマイオールが、大声で叫び始める。


「すでに勝敗は決した! そして聖女様が分け隔てなく命を救ってくださる! 第三騎士団は武器を捨てて投降しろ! 逆賊のライコスは既に討ち取った! それでもまだ立ち向かうというなら、我が相手をしてやる!」


 その言葉が聞いたのか、完全に勝ち目がないと悟った第三騎士団の生き残りは武器を放棄した。第一騎士団の無事な者達が、第三騎士団の騎士を拘束していく。


 戦場となった街道に長く倒れた兵達がおり、俺はそれを順番に治して行く。すると俺の視界にミラシオン伯爵と剣士ウィレースが立ち尽くしているのが見えた。地面にはスフォルが寝かされている。


「ミラシオン卿。遅くなりました」


「いえ。聖女様がご無事であれば、我々は役目を果たしたというものです」


「スフォル…」


 俺は倒れているスフォルに蘇生魔法を試みてみた。だが死んでから時間がたっており、スフォルは目を開ける事は無かった。


「すみません。私の為に…」


 するとウィレースが俺に言った。目が赤くはれているので泣きはらしたのだろう。


「いえ! スフォルは聖女様を守れて本望だったと申しておりました」


「スフォルは私に向けられた剣の盾になってくれました。そのおかげで私は生き延びる事が出来ました。スフォルは素晴らしい仕事をしてくださったと思っております」


 するとウィレースが俯いて返事をした。どうやら泣いているようだ。


「はい!」


 そしてミラシオン卿が俺に言う。


「聖女様にそう言っていただけるとスフォルも浮かばれます。スフォルはいつも聖女様のすばらしさを目を輝かせて話しておりました。どうかスフォルに女神フォルトゥーナのご加護を」


「はい」


 俺はスフォルに浄化魔法をかけてやる。死体がぼわっと輝いてスフォルの体を包んだ。


「まだ第一騎士団、及び倒れたアルクスの兵も救わねばなりません」


「何卒お願いいたします」


「はい」


 俺はミラシオンに頭を下げて、再び周辺の騎士達にゾーンメギスヒーリングを施していく。縦に伸びた戦いの場は先が見えない。しかし俺は、魔力切れなどおかまいなしとばかりに、ふんだんに治癒をしていくのだった。 


 俺の為に命を落とした騎士達…。その戦いの列はまるで、この国に起きた分裂を意味しているようにも見える。末端の兵士など上の命令で動いたまでで自分の意思ではないが、この後裁判にかけられて沙汰が決まる。


 全ては自分を中心に起きた事。


 きっとまた火種が生まれるだろう。俺は深刻な国の問題に足を突っ込んでしまった事を、改めて目の前に突き付けられたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る