第132話 脱出

 俺達は、ルクスエリムを連れて騎士達と共に階段を駆け上がり、まずは王妃の部屋に走る。俺としてはビクトレナの所に走りたいところだが、優先順位から行ってもこっちが先だ。王妃の部屋の前につくと、ルクスエリムはノックもせずにドアを開ける。


「な! 何事です!」


 よかった。ブエナ王妃とビクトレナ王女は一緒にいた。どうやら母子でお茶を楽しんでいたようだ。


「事情は後で話す! すぐに退避するぞ」


「はい!」


 流石は王妃。急場でもすぐに言う事を聞いて動いてくれた。ビクトレナが青い顔をして怯えている。可哀想に。


 俺はビクトレナに声をかけた。


「念のためです。今は警備が手薄になっておりますので、場所を移す必要があるのです」


「わかりました」


 そしてルクスエリムが、その部屋にいたメイドに聞く。


「カレウスはいずこへ?」


「いまは自室で勉学に励んでいるかと」


「わかった」


 王妃と姫を連れ出して廊下に出ると、にわかに騒がしい雰囲気が漂っている。ルクスエリムは騎士に命じた。


「様子がおかしい。見て来い」


「は!」


 一人の騎士が走り去って行き、俺達は廊下を逆方向に進む。そしてカレウスの部屋の前に到着すると、ルクスエリムはそのまま扉を開いた。中ではカレウスが、スーツを着たお爺さんに勉強を教えてもらっているところだった。


「ち! 父上! 何事です!」


「慌てるな。今この王城の警護が手薄になっておるのじゃ、万が一の為に身を隠す」


「わかりました」


 するとスーツを着た老人がいう。


「それは急を要すると言う事ですかな?」


「そうだ。お前も今日は帰るがよい」


「はい」


 スーツを着た老人はすぐに部屋を出て行く。俺達は別の棟に移る為、廊下に出て一階に戻ろうとした時だった。先ほどルクスエリムが送り出した騎士が血相を変えて走って来る。


「陛下! お逃げ下さい! 正体不明の間者が入り込んでおります!」


「どうやら叔母は本気のようじゃな」


 そのまま下に降りる階段の方へ向かおうとすると、騎士が叫んだ。


「そちらは危険です! もう数人の騎士が斬り捨てられました」


「だ、だが。この先は上に続く階段があるのみじゃぞ」


「とにかく安全な場所へ!」


 するとカレウスが言った。


「ならば、北の塔へと逃げましょう!」


「うむ」


 俺は行った事無いが、逃げられる場所があるらしい。俺達は皆でカレウスについて走っていく。すると石畳の場所に出て、その先にらせん状の階段が見えて来た。


「陛下、こちらは?」


「本来は重要参考人などを幽閉する場所だ。上に登れば監視所があり、王都が一望できるようになっておる」


 ああ、城の外から見えるあの高い塔か。


 そんな事を話していると、廊下の奥の階段からぞろぞろと黒装束の間者が上がって来た。まるで蜘蛛の子を散らしたように、わらわらと出て来てこっちに走り出してくる。


「陛下! 走ってください!」


 俺達は全員で螺旋階段を走り始めた。その階段でトラップを仕掛けるために俺が立ち止まる。


 アンナが聞いて来た。


「どうした?」


「ちょっとまって」


 俺は魔法で水をまき、階段にざぶざぶと水を流れ落ちさせて行く。螺旋階段の下の方で足音が響きはじめた時、俺はその水に電撃を走らせた。下の方から悲鳴のような声が聞こえて来る。


「行くよ!」


「ああ」


 俺達が上へと上がっていくと、ルクスエリム達が螺旋階段のところで立ち止まっていた。


「どうされました!」


「鍵がないのだ」


 そうか…。急だったしな。つーかここで部屋に逃げ込んだとしてもじり貧だ。


「上へ!」


「うむ」


 俺達は皆で屋上に走った。騎士達が殿を務め屋上に上り、騎士達はそのまま入り口で敵が上がってくるのを待ち伏せした。屋上の出口階段付近から一番遠いところに王族が集まり、俺とアンナがその前に立って護衛の体制をとる。


 入り口を睨んでいると、いよいよ間者達が上がって来た。俺の電撃ではそれほど多くは仕留められなかったらしい。入り口で騎士と間者が斬り結び始める。だが数が違いすぎて、騎士達が一人また一人と倒れていく。


 ルクスエリムが悔しそうに言う。


「ぬかったわ」


 それを耳にしながら、俺は電撃を喰らわせるために魔法の杖を間者達に向ける。だがそこでアンナが俺に言った。


「聖女! それを! 首にかけているそれを!」


 それ、とは、アンナが影の武器屋に作らせたものだった。アクセサリーのような物で、アンナがお守りにとくれたものだが、今これをどうやって使うというのだろう?


「それを吹け!」


 俺はそれに口をつけて思いっきり息を吹き入れた。だが何の音もしないし何も起こらなかった。


「なにこれ?」


「聖女! わたしに身体強化を!」


「わかった!」


 俺は次々にアンナに身体強化をかけていく。アンナの体が光り輝いて来るが、まだ魔法をかけている途中で間者が斬りつけて来た。


「王を!」


 アンナに言われ、俺はルクスエリムの所に下がり、自分に金剛をかけ全体に絶対結界を張る。アンナが黒装束の間者達と戦っているが、場所が狭いうえに数が多い。それにアンナの身体強化は中途半端だ。あとはアンナの力量に賭けるしかないが…


 間者達は蜘蛛の子供が巣から出てくるように、わさわさと入り口から出て来る。


 …これはいつまでももたないぞ。詰んだか?


 そう思った時だった。


 くおおおおおおおん!


 魔獣の甲高い鳴き声が鳴り響く。間者達が気を取られ上を見ている時、アンナは数人を切り殺した。俺達の頭上には、大型の馬車を掴んだままのヒッポが飛んでいたのだった。バサバサと翼を羽ばたかせて屋上に降り立つ。


 俺はルクスエリムに言った。


「乗ってください!」


「しかし!」


「味方です!」


「わかった!」


 王の家族はおっかなびっくり馬車に乗り込んだ。俺が最後に乗る時に振り返りアンナに叫ぶ。


「アンナ! 来て!」


「先に飛べ!」


「でも」


「はやく!」


 俺が中に乗るとマグノリアだけが乗っている。ルクスエリム達は席に座って驚愕の表情を浮かべていた。デカい魔獣が掴む馬車に乗っているのだから無理もない。


「マグノリア! 飛ばして!」


「でも、アンナが!」


「いいから!」


 そしてマグノリアは屋上からヒッポを飛び立たせた。ぐんぐん高度を増していくと、アンナが周りの間者を切り倒して走り出す。だが既にかなり高く飛んでしまっていた。


 アンナが思いっきりジャンプをするが、アンナのジャンプ力をもってしても届かず下降を始める。俺はバッと外に上半身を出して、アンナをがっちりと掴んだ。


「聖女! 離せ!」


「嫌だ!」


 落ちる!

 

 体の半分が外に出ているため、俺はアンナもろとも落ちそうになってしまう。


 だが…落ちる事は無かった。俺の足を王様家族が、がっちりと掴んでいたからだ。そのまま俺達は王城を離れて飛び去るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る