第131話 薄氷の王城

 俺が話し始めると、ルクスエリムの表情がみるみる険しくなっていく。どうやら第三騎士団は、宿場町での襲撃騒ぎも王都に伝わらないようにしていたのだ。諜報員の表情がうかがい知れないが、煮え湯を飲まされたことに憤りを感じている様子だ。


 ルクスエリムはその情報に顔をゆがめながらも、俺が生還した事を心からホッとしているようだ。


「聖女よ。よくぞ生き延びた」


「はい、それもひとえにアンナのおかげにございます」


「うむ。お前には褒美をとらせねばなるまいな」


 アンナはただ頭を下げるだけだった。王の前でコミュ障になっちゃってる。そして俺はルクスエリムに言った。


「恐れ入りますが、私も近衛騎士団と共に現地に飛んだ方がよろしいかと」


「ならぬ」


「何故です?」


「危険すぎる!」


「ですが、助かる命が助からなくなります!」


「しかし…」


 ルクスエリムは諜報員の方を見て訊ねた。


「どう見る?」


「願わくば聖女様はここに居てくださるとありがたい」


「…わかりました」


 そして諜報員は話を続けた。


「第三騎士団がここで出るとは思いませんでした」


「うむ」


 どう言う事? 第三騎士団の裏切りを予測していた?


「それよりも宿場町を襲った奴らのほうがまずい」


「はい」


 ルクスエリムは俺の方に向かって再度聞いて来た。


「間者はそれほどまでに手練れだったのか?」


「はい。不意打ちとはいえ、第一騎士団の精鋭が力押しされました」


「そうか…」


 すると諜報員がルクスエリムに言う。


「陛下。私はすぐに動きます。情況の把握と騒乱の収束をさせねばなりません」


「わかった。頼む」


 すると諜報員は俺に向かって頭を下げた。


「御免! まずはご自身の身を第一に考えられよ! そして陛下をお願いする!」


 そう言って諜報員は部屋を出て行ってしまった。ルクスエリムと俺とアンナだけが部屋に残る。するとルクスエリムが俺に言った。


「すまなかった。思ったより動きが早かったようだ」


「どう言う事です?」


「帝国からの物資を横取りするつもりでいたのだろう。どさくさに乗じて聖女を殺すつもりでおったのだ。ずっとその機会をうかがって、今回の捕虜返還のタイミングが最適だと思ったのだろうな。これほど早く動き出すとは思わなんだ」


 物凄く深刻な状況だ。


「それで大臣を帰したのですね」


「うむ。今は確実に信じられるものだけを側に置くしかないのだ」


 確かに。大臣の誰が味方で誰が敵か分からない状況だ。


「それで私を?」


「うむ、今は各騎士団を動かせない。動かせば敵国に隙を見せる事になり、反王派を呼び戻してしまえば内乱がはじまってしまう」


 なるほど。俺が騎士団の援護に行く事を引き留めたのはそのせいか。出れば後ろから刺される事もあるって事だ。ルクスエリムが俺をまじまじと見て言う。


「そのうえで、どう見る?」


「私の主観になりますがよろしいですか?」


「うむ」


「ミラシオン卿は白です。彼の配下が第三騎士団から殺されるのを見ました」


「なるほどのう」


「第三騎士団は完全に裏切りましたが、第一騎士団は…」


「どうだ?」


「恐らくは白かと。ですが、間者にあれほど押し切られる事があるのでしょうか? 第一騎士団ともあろう方達が一方的でした」


「疑っておるのか?」


「はっきりしないだけです」


 ルクスエリムは何かを話すかどうか迷うように言った。


「恐らくは、叔母の私兵だ」


「リリー様の?」


「おそらく…、力量を聞く限りではな」


「そんな…」


 大きな権力者のもう一つが敵に回っている。それはかなり厳しい、王派と力を二分してしまうかもしれない。そしてルクスエリムが言った。


「よくぞ生き残ったものだ。流石は聖女と言ったところだろうか…わしは、聖女の力を過小評価しとったらしい」


「いえ、その様な事は」


「先ほど、ワシの諜報が慌てて出ていっただろう? それほどの力量を持つ者だと言う事だ」


「そうですか」


「あとはどう思う? バレンティアはどうだ?」


「推測でしかありませんが、アインホルン領の情況を見ても白かと」


「それは諜報と同じ結果か…」


 なるほど。ルクスエリムは俺と諜報部の情報を合わせて精査しているのか。情報は少しでも多い方が良いからな。騎士団はどいつが敵か定かではない。まずは身内から考えていくのは必要な事だ。


「まずは…」


 俺が話そうとすると、俺の隣りにいるコミュ障アンナが口を開いた。


「聖女」


「なに?」


 そしてアンナは、俺の耳元にこそこそと話をする。それを聞いているうちに俺は青くなる。俺はすぐさまルクスエリムに言った。


「陛下」


「なんだ?」


「恐れ入りますが、今この時。一番危険なのはこの王城かと」


「どういうことだ?」


「第一騎士団の主力は出払い、近衛も出撃しました。今の王城は手薄にございます」


「ここが襲われると?」


「取り越し苦労ならば良いのですが、ブエナ王妃殿下カレウス皇太子殿下、ビクトレナ王女殿下はいずこへ?」


「皆、自室にいるはず」


「すぐに安全な場所へ避難させましょう」


 特にビクトレナちゃんを。彼女にも何かあったら大変だ!カレウス王子は自分で何とかすればいい。ついでにブエナ王妃は救わなきゃだけど。


「わかった」


 俺達が部屋を出ると、騎士達が俺達の側へ集まって来る。


「どうされました?」


「家族の元へ連れていけ!」


 ルクスエリムが言うと、騎士が従い護衛の陣をとって部屋の入口へと向かっていく。外に出ても騒ぎは起きていないようなので、急いで廊下を渡り階段に向かっていくのだった。

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