第130話 緊急通達

俺達が乗る馬車をヒッポが掴んで飛んでおり、時おり地上から弓矢が放たれるも巨大な羽の風圧が邪魔をして届かなかった。遥か下の方では、ヒストリアの騎士団同士が戦っているのが見える。そして俺達は,そこを飛び去るべきかどうかの検討をしていた。


「聖女。すぐに離脱するべきだ」


「だけど、第一騎士団とミラシオン伯爵の騎士が残っている」


「さっきフォルティスが言った。先に行けと」


「確かにそうだけど、支援くらいは出来ないか?」


「上空から聖女の魔法を落とせば、敵味方関係なく損害が出る」


 確かにそうだ。敵だけを狙い撃ちなんて出来なかった。それにアデルナ達もここを離脱する事を優先すべきだと言っている。マグノリアだけが、俺達の話を聞きながらオロオロしていた。


「わかった。仕方がない、離脱しよう」


 アンナが言う。


「マグノリア行け!」


「はい」


 俺達の空飛ぶ馬車は、王都方面へと向かって飛び去る。戦う騎士達がどんどん離れていき、既に俺達を追う事は出来ないだろう。ヒッポの飛ぶ速度は速く一時間ほどで王都が見えて来た。俺はマグノリアに言う。


「城の近くに私とアンナを降ろして、あなた達は聖女邸に行きなさい」


「はい!」


 町の目立つところにバサバサと巨大な魔獣がおりて来たので、町の住人が驚いて逃げ惑う。俺はミリィ達に言った。


「念のため、警戒を怠らぬよう。マグノリアはヒッポを中庭に入れて!」


「「はい」」


 そして俺とアンナは飛びおりた。すぐにヒッポがそこを飛び去っていく。


「城へ!」


「ああ」


 俺とアンナが必死に城に向かった。血相を変えて走る聖女を見て、町の人間達は何事かと驚いている。それも無視して走りに走り、ようやく城門が見えて来た。門番の側まで走っていく。


「ぜえぜえ」


 全速力で走りすぎて声を発する事が出来ない。すると門番が俺を見て言う。


「せ、聖女様ぁ!?」


「す、すぐに! 王に取次ぎを! 緊急です!」


「は!」


 俺達は近衛に囲まれて、待機所に連れていかれた。とにかく息を落ち着かせて話をするのに備える。


「すぐに会えるかな?」


「急すぎるからな、どうだろう?」


 だがそれは杞憂に終わる。向こうから近衛騎士団長のバレンティア自らが、血相を変えて走って来た。


「聖女様! いかがなさいました! まだお帰りでは無かったはず!」


「それは良いのです! バレンティア卿! 襲撃です! 王都の北に約半日の所で、騎士団が戦っています!」


「まさか!」


「すぐに王に取次ぎを、動かねば死人が増えます!」


「わかりました! 一緒に来てください!」


「はい!」


 そして俺はバレンティアに連れられて王城に入って行く。バレンティアは騎士達に緊急性を伝え、ずかずかと城の内部に向かって走った。俺とアンナもそれについて行く。そしてバレンティアが会議室の扉の前に立っている騎士に言った。


「緊急である!」


「は!」


 その扉を開けてバレンティアが飛びこむと、なんと王と大臣たちが会議をしていた。大臣の一人が大声で叫ぶ。


「会議中である! 無礼であるぞ!」


 叫んだのは痩せたロマンスグレー短髪のケルフェン中将だった。だがバレンティアがお構いなしに、その場で叫んだ。


「第一騎士団が襲われていると報告!」


「何!」


 ケルフェン中将の表情が変わった。そして王に振り向く。


「陛下! 会議は中止では?」


「うむ! 会議は延期とする!」


 バレンティアの後ろから、俺がそっと入って行くと部屋の中がざわついた。そしてルクスエリムが俺に声をかけて来る。


「聖女! 無事か!」


「はい! ですが、目下、第一騎士団とアルクス領兵が襲撃うけ戦っております! 私は第一騎士団フォルティス様に逃がされ、先に王都へとたどり着きました!」


「わかった!」


 だが、その場にいた一人が声を発する。


「それは本当ですかな?」


 見ればそれはマルレーン公爵だった。そう、ソフィアの親父だ。


「はい。すぐに兵を向かわせるべきだと」


「しかし、確かな情報も無く兵を動かすなど」


 なに? 俺の証言では動けないと?


「お言葉ではございますが、兵の命が危険にさらされているのです!」


「しかし第一騎士団であれば、そんなものは簡単に蹴散らせるでしょう」


「いえ。かなり苦戦していたように見受けられます」


「そんな中をあなたは良く逃げてきましたね」


 だが、その問答を大きな声で遮る人がいた。


「押し問答をしている場合でしょうか!」


 ケルフェン中将の隣りに座っている人。この国の軍事をつかさどるダルバロス元帥だ。白髪白髭の老人だが、その眼光はするどく皆がシンと静まり返る。


「陛下! 援軍を出すべきです!」


 流石に判断が早い。この人のおかげで、この国は何とかもってきたと言われるだけはある。


「うむ! バレンティア! 兵を率いて向かえ!」


「は! 王の護衛はここに残れ!」


「「「「「は!」」」」」)


 バレンティアは近衛兵を残して颯爽と部屋を出て行く。俺とアンナはそこに残され、ルクスエリムから声をかけられた。


「フラルよ。すまんが近衛を差し向け我の護衛が心許ない。ここに居てくれるか?」


「仰せのままに」


 そして、ルクスエリムが大臣たちに言う。


「閉廷! 次の会議の日程はおって通達を出す!」


「「「「「「「は!」」」」」」」


 そして大臣たちは部屋を出て行った。俺とアンナがルクスエリムに跪いた。


「そちらは聖女の剣だな。よくぞ聖女を守ってくれた」


「はい」


「まずは話を聞かせておくれ」


「「はい」」


 俺とアンナがルクスエリムに尽き従い、その部屋を出て別室へと通されるのだった。そしてそこにはいつもの諜報部員がおり、ルクスエリムは俺達に座るように言う。


「失礼いたします」


「うむ。よくぞ無事で帰ってきてくれた」


「いえ。私は騎士団を置き去りにしました」


「フォルティスの配下はそれほどやわではないわ」


「はい」


「なにがあった?」


「はい」


 俺はゆっくりと正確に、なにが起きたのかをルクスエリムに話し始めるのだった。

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