第127話 地獄の宴とミリィの癒し

 俺がもっと力をつけたら、男の飲み会など禁止にしてしまおう。男達が俺を崇め奉る言葉攻めに対して、とにかく愛想笑いをし続けるという地獄の時間だった。やれ英雄だの、やれ神の使いだの、やれ国の未来を変えただのと言われ続けた。


 そのたびに

 

 うるせえ。酒くせえ。へらへらしてんじゃねえ。


 と、ずーっと心の中で思ってた。顔は極上の笑みを浮かべたままだ。むしろ敵対組織や中立組がいたほうが、よっぽど辛く無かったかもしれない。男の信者が集まると、あれほど辛い事になるのだと今回初めて知った。


 そう考えてみれば、前世のアイドルって言うのは凄い存在だ。おじさんやキモオタがいても、ニコニコと対応して握手をする。だが、もちろんヒモだった俺には、そんな特殊スキルは無いのだ。


 いや…むしろ、太客を掴むために頑張るキャバ嬢の気持ちはこんな感じかもしれない。王派に対しては友好関係を結んでおかねばならない、そんな一心で俺は頑張って乗り越えた。つもりだった。


 だが…最後にキレそうな感じになる。


 それは俺が、いつ伴侶を持つのか? と言う話になった時だ。その時、俺は厳しい顔つきでこう言った。


「私は聖女です! 色恋などにうつつをぬかす時間などございません! ましてや多くの騎士や国民を救わねばならぬ立場なのです! 今後そういった事はお尋ねになりませんように!」


 俺のあまりにもの剣幕に、ミラシオンやフォルティス、シュバイスやソキウスもタジタジになっていた。それほど俺はピリピリとして答えてしまう。それによって、若干場の空気が悪くなる。


 だが…こいつらは太客となる可能性がある…


 それにこいつらの恋の話が、男を対象としていたのが気に入らなかっただけだ。可愛いソフィアや王女ビクトレナだったなら、ニコニコとして聞いていられただろう。


「あの、そう言う話は苦手なのです。すみませんでした」


 するとミラシオンが顔色を変えて俺に言った。


「大変ご無礼をいたしました!」


 フォルティスも汗を拭きふき言う。


「酒の席とは言え、ちょっと度が過ぎましたな」


 シュバイスとソキウスは、アタフタしながらペコペコするだけだ。


 しかし一人だけドヤ顔でいう奴がいる。少し酔いが回っているらしい。


「ですから! 私はそう言う個人的な事は聞かぬ方がよいと!」


 自分だけ良い顔をしているのはマイオールだ。だが俺は見逃さない、お前も聞きたそうにしていた一人だ。確かに表面上は聞いちゃいけないムーブをしていたが、耳はしっかりと俺の答えを待っていた。


「マイオール卿。でしたら徹底して止めて頂かないと」


「も、もうしわけございません」


「ですが、殿方のお話とはそういうものだとは理解しております。まあ皆さんお気になさらぬよう」


 俺の言葉に皆がホッとような表情をする。その後は男達の思い出話に花が咲き、そのうちに祝賀会は終了したのだった。最後にミラシオンが閉会の言葉を述べて終わった。


 解散となったので俺は皆に挨拶をし、そそくさと端っこで待っていたミリィの元へ行った。


 ミリィ! 抱いて! 汚れた私を抱いて!


 心でそう思いつつ言う。


「ミリィ。会は終了です。明日の出立に備えて休みましょう」


「はい」


 俺は会場をさっさと出て行くのだった。部屋に戻り、俺の服を着替えさせるためについて来たミリィも一緒に入って来る。


 バフゥ


 俺はすぐミリィに抱き着いてしまった。スースーとミリィの香りを胸いっぱいに吸い込む。


「ど、どうされました」


「つかれたー。武人の相手はほんと疲れる」


「そう言う事でしたか、でしたらお着替えをなさいましょう。ドレスは窮屈でしょうから」


「うん」


 ミリィは俺をベッドの近くに連れていき、ドレスの背中の紐をほどいてくれた。


「ふぅ」


「おつかれ様でした」


「ありがとう」


 寝巻に着替え終えた俺はバフッ、と用意されたベッドにうつぶせに倒れる。今日は本当にしんどい一日だった。酒なんて舐めただけだったが、それでも悪酔いしたようになっている。


 スッと上半身だけ起こして、俺がミリィに言った。


「ここに来て」


「はい」


 ミリィがベッドの隣りに座る。俺はそのままミリィの膝に頭を乗せた。もうおっさんの気配を消し去りたかった。するとミリィは優しく俺の頭を撫でてくれる。俺が精神的にピンチの時は、ミリィはいつもそばに居てこうしてくれた。


「はー、落ち着くわ」


「お疲れ様でした」


「もうね、酷いったらありゃしない。将来、良い人と一緒になるのかだってさ。そんな個人的な事は聞かないでもらいたい」


「そうですね。特にあそこにいらっしゃったのは全員武人でした。そういう女性のデリケートな気持ちをご存知ないのでしょう」


 いや。俺は男で、デリケートって程でもないけどね。でもデリケートと言えばデリケートか。


「だよね。こっちから話すのならいいけど、ズケズケ聞いて欲しくない」


「お酒が入り、緩んでしまったのでございましょう」


「それも分かるけどね。昨日は襲撃、今日は帝国との大事な式典。全てうまくいったら、そりゃ酒も美味しいでしょう。まあ、悪い人らではないのであの程度で済ませたけど」


「はい。賢明なご判断だったと思います」


「うん。まあ、私も言い過ぎたかも」


「そんなことはございません。嫌な事を嫌と伝えられる聖女様は正しいのです」


「そう?」


「はい」


「そうか。そうだよね」


「はい」


 ミリィはずっと俺の頭を撫でてくれている。おかげで俺のささくれだった心は、だんだんと落ち着いて来た。そもそも、それぐらいでキレちゃった自分の小ささが恥ずかしくもある。


「私は嬉しいのです」


 ミリィがぼそりと言ったが、何の事か分からずにミリィに聞き返す。


「何が?」


「聖女様は二人きりになると、私にだけはこの顔を見せてくれるからです」


 確かに、俺が寝室で嫌な思いをしている時、慰めてくれるのはいつもミリィだった。スティーリアやアデルナ、ヴァイオレットにもこんな姿は見せたことがない。


「そう?」


「はい。以前の聖女様は、誰にも弱音を吐かず、文句の一つも言わず、人の事を悪く言う事などありませんでした。その張り詰めた雰囲気が、時々痛々しくさえ思えたものでした」


「今は違う?」


「はい。こんな風に私に言ってくれるのは、とてもうれしく思います。聖女様は何も嫌な事を考えずに、このままお眠りください」


 ミリィはやっぱりミリィだった。とっても優しくて、俺のデリケートな心をいつも分かってくれる。俺の専属メイドがミリィで本当に良かった。


「ミリィ」


「はい」


「ありがと。ずっと一緒に居てね」


「もちろんでございます」


 そして俺はそのまま目を閉じる。太ももとお腹からミリィの体温が伝わってくると、次第に眠くなってきた。俺を撫でるミリィの手が心地よかった。そして俺はゆっくりと、眠りに落ちて行く。


 ミリィ…好き。


 俺は心の中でそう呟くのだった。

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