第126話 報酬の分配
ミラシオン邸の広い庭に、帝国から支払われた金品が数台の馬車ごと置かれていた。これから王宮の仕分け人がやって来て、俺達はその仕分け人と共に帰らねばならないらしい。まずヒストリア国に権利があるので、国の預かりとする部分を差し引いたものが俺とミラシオンに渡る。今は預った中身が目録通りかを、俺とフォルティスの部隊で検品しておく必要があるそうだ。
「アデルナ一人で大丈夫かなあ?」
俺とアンナとミリィ、そしてマグノリアが検品を待っていた。王都から来ている騎士達には、事務方もいるらしくそっちは五人でやっている。なのに俺が連れて来た事務員はアデルナ一人、こんなことなら他の使用人とヴァイオレットも連れてくるんだった。
だがその結果は想定を超えていた。なんとアデルナが早々に仕事を終わらせて、俺達の元へと戻って来る。そしてアデルナが俺に言った。
「聖女様。目録通りでした。調印をお願いいたします」
アデルナが差し出した目録に俺がサインをした。フォルティスの部下達はまだ検品をしているのに、アデルナは一人で終わらせてしまったのだった。
「あの人達より早いね」
「あら、聖女様。あの方たちが遅いのです」
「そうなんだ」
そこでミリィが言う。
「聖女様はアデルナの仕事が普通だと思っているようですが、彼女はとても優秀な執事なのですよ」
そうなんだ。こんな優秀な執事が埋もれていたのは、間違いなく女だからだ。アデルナが男だったら、有名貴族が抱えていた事だろう。そんなアデルナに働いてもらえるとは俺はついている。
しばらく待っていると、第一騎士団の検品も終わったようだ。中身は間違いがないようで、これで誰もちょろまかす事は出来ないと言う事になる。
そして王都から来た仕分け人は神経質そうな文官だった。その文官と顔を合わせると、俺とそいつが同時に声をあげる。
「「あ!」」
そいつはマグノリアの証言の書記をして、ルクスエリムに報告した文官だった。そう言えば第一騎士団の屯所に居たんだから、コイツが来てもおかしくはない。だがコイツはヴァイオレットのセクハラを見て見ぬ振りした元同僚。そう思うとついついキッと睨んでしまう。
「お、遅くなりました」
するとそれを聞いたフォルティスが言う。
「いや。今、第一騎士団での検品が終わったところだ」
「そうですか」
文官がホッとしたような表情を浮かべるが、俺はそこで睨みを効かせて言う。
「それでも先に来ているのが筋では無いでしょうか? 何故、遅くなったのです?」
「そ、それは。まあいろいろと忙しかったものですから」
「それでは私達が忙しくないように聞こえますね?」
「め、滅相も無い! 何卒ご容赦いただけますよう」
「ま、良いでしょう。無駄口を叩かずに早く仕事にとりかかってください。時間がもったいない」
「は、はは!」
そしてそいつは、一緒に来た部下の文官達に急いで指示をしていく。部下の前でそいつを叱りつけたのは、もちろんヴァイオレットの仕返しだ。それを見ていたフォルティスが手を叩いて喜んでいる。
「はは! 聖女様にかかれば、王宮文官もかたなしでございますな」
「私達だけではございません。貴殿もミラシオン卿も待っているのです。当然の事を言ったまで」
「昔、聞いた聖女様の噂通りでございました。聖女様とお話をしていると、大分やわらかく感じていたものですから。厳しさは健在と言う事で何よりです」
別に厳しいわけじゃない。アイツはヴァイオレットがセクハラを受けているのを見て見ぬふりしたのだ。恐らく一緒に来た奴らも同罪だと思う。さっきの一言だけでは、俺の気持ちは本当の意味で収まりがついていない。
俺達が見ている中で、王宮の文官たちはあれやこれやと話をしている。時間をかけて内容を精査した後、俺達の元にやって来た。
「恐れ入ります! 目録通りを確認しました」
俺はイヤミたっぷりに言った。
「随分、ゆっくりと念入りにしたのですね」
「は、はい。申し訳ありません」
「それで?」
「はい!」
そして文官は懐から書簡を取り出した。王家の紋章の封蝋印が押されており、それをナイフできって書簡を広げる。
「ルクスエリム陛下からの直々のお言葉を頂戴しております!」
皆が王宮文官の言葉に耳を傾ける。
「此度の帝国捕虜の返還について! これまでの捕虜の世話と警護に労力を割いて来た、ミラシオン・フォン・アルクセルに二割の金品を授与する!」
それにミラシオンが頭を下げた。
「妥当な褒賞に感謝をいたします」
そして次に文官が読み上げる。
「そして、聖女フラル・エルチ・バナギア…」
突然、文官の読み上げが止まった。
ミラシオンが尋ねる。
「どうしました?」
「えっと、あれ? これは…」
「何か不備でも?」
「もしかしたら何かの間違いかもしれません」
すると今度はフォルティス騎士団長が言う。
「とにかくそのまま、読んでみたらいいのではないですか? 陛下のお言葉ですよ」
「は、はい!」
そして文官がその書簡に再び目を通した。
「此度の帝国撃退の功績おいて、爵位と領地を欲しがらないその謙虚な姿勢を評価し、聖女フラル・エルチ・バナギアに残り全額を報酬として渡す」
するとミラシオンもシュバイスもソキウスも、フォルティスもマイオールも、当然の事のようにうんうんと頷いていた。驚いていたのは、王宮から来た文官達だけだった。
ミラシオンが言う。
「何も間違いが無いように聞こえますが?」
「いや、しかし…王宮の取り分が無しと言うのは…」
今度はフォルティスが言った。
「我々第一騎士団が、帝国戦に到着したころにはすべてが終わっていた。ここにおられる聖女様が全てを解決していたのだ。さすればその取り分で間違いは無かろう」
王宮文官達がまごまごしていると、ミラシオンが文官に告げる。
「これは決まっていた事です。陛下はそうするとほのめかしておりました。ですので、これにて捕虜返還の仕事は終わりでしょう?」
シュバイスもソキウスも、フォルティスもマイオールもただうんうんと頷いている。
「は! それではこれにて捕虜返還の儀は終わりとなります!」
王宮文官が言うと皆から拍手が起きた。そしてフォルティスが言う。
「聖女様!帰りは失態は起こしませんぞ。責任をもって聖女様と物資を王都までお運びいたしましょう!」
実はこの事は俺が一番驚いていた。俺の取り分もせいぜい二割、あとの六割が王宮に行くものだとばかり思っていた。だがルクスエリムの腹は既に決まっていたようで、俺は残り全額を貰う事となったのである。
ミラシオンが言う。
「今宵はぜひ! 我がカルアデュールの邸宅にて、盛大に宴を催したいと思います!」
「いいですな! ミラシオン卿と酒を酌み交わせるとは、いつぶりでしょう?」
「ええ、フォルティス卿。美味しいお酒が飲めそうです」
「ですな!」
あはは。と笑って会は終わった。
だけど…
えっ? 俺、イケメンのおっさんと厳ついおっさんと、その子分の厳ついおっさんと、眼鏡の魔導士と、熱血イケメンと酒飲むの? 無理なんですけど…
終わらぬ地獄に、俺は深ーくため息をつきながら極上の笑みを作るのだった。ミリィとアデルナが、可哀想な人を見る目で俺を見ている。彼女らは来賓扱いにならないので、俺は一人でこいつらの相手をすることになるのだろうか? まてまて! でも護衛なんかいらないしな…アンナも無理か…どうしよう。一人でなんて無理なんですけど!
皆は気づかなかったが、俺の目の下にはぼっこりとクマが浮き出ていたのだった。
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