第125話 捕虜引き渡し
朝になり捕虜受け渡しの為、全軍が北へと進み始めた。身分の低い捕虜は既に前線の第二砦に現地入りしていて、ここでは指揮官などが腕に枷を着け縄で繋がれて歩いている。貴族の捕虜は馬車に乗せられており、それ相応の待遇で搬送されていた。
襲撃の可能性も踏まえて、厳重な警戒態勢で進んでいるためその進みは遅い。だが捕虜受け渡しに間に合うように、早い時間帯に出発したのだった。
俺は、ミリィ達と一緒に馬車に乗りぼやいていた。
「早く終わらないかなあ。騎士がいっぱいいるし、来なくても良かった気がするんだけど」
するとミリィが笑って俺に言う。
「もう少しの辛抱ですよ。昨日の襲撃のおかげで、かなりの軍勢になったみたいですけど」
「まあね。私もアンナも昨日は結構必死だったからね、それがないだけマシとしておこうかな」
「はい」
ミリィがニッコリ笑う。ああ可愛い。このミリィの笑顔が無ければ、俺は耐えられなかった。もし万が一、俺の取り巻きが全員男だったら、俺は一生引きこもって聖女邸から出なかっただろう。やっぱり持つべきものは、可憐な専属メイドだ…。
パカパカと馬の足音がする中で、俺はミリィの笑顔にうっとりしてしまうのだった。するとだらしない俺の顔を見たアンナが言う。
「なんだ、聖女。締まらない顔をしているぞ」
「えっ? そうだった? 疲れかな?」
この軍勢に守られて、俺の気が緩んでいるのは確かだ。
するとアデルナが言った。
「本当に聖女様はお変わりになられました。以前の聖女様ではあれば、絶対にそのような事は言わなかったでしょう。むしろ、気の緩みを見せている者をご注意される立場でしたので」
あら、ブラック聖女。そんなキリキリしなくてもいいのに。
「昔は真面目だったから。あ、もちろん今も真面目だよ。だけどいつもそれだと、爆発しそうで」
「ふふふ。ですから我々も楽になりました。緩むときは聖女様が一番緩んでくださいますので」
そうなんだ。何にせよ皆が楽になるならそれでいいや。
そして一団は第二砦へとたどり着く。既に身分の低い捕虜達が一カ所に固められていた。周りを領兵が固め、蟻の子一匹入る隙が無いくらいに厳重に警護にあたっていた。
俺の元にミラシオンがやって来る。傍らにはシュバイスとソキウスがそろっていた。
「聖女様。早速、受け渡しに入りたいと思います。ご準備はよろしいでしょうか?」
「はい」
「まあ、ほとんど話はついております。あとは帝国を迎え入れて、捕虜と身代金の交換をして書類に筆入れすれば終わりです。聖女様はお立合いしていただくだけでございます」
「わかりました」
「これをお付けください」
そう言ってミラシオンが俺に渡したのは仮面だった。俺の顔を隠す仮面を用意したらしい。
「はい」
そして俺は仮面をつけアンナだけを連れて、ミラシオンとシュバイスとソキウスと共に騎士団の所まで行く。一瞬天幕の間から捕虜が並んでいるのが見えたが、自分の国に帰れる事を心待ちにしているのがわかる。
その先に第一騎士団長フォルティスと副団長のマイオールがいて、騎士団の面々がずらりと並び俺を待っていた。
「聖女様はここで」
ミラシオンが言う。
「はい」
そしてミラシオンがフォルティスに言った。
「聖女様をくれぐれもよろしくお願いします」
「わかりました」
若干ピリピリム―ドだ。
国境沿いの大河には臨時の橋がかけられており、向こう岸には帝国兵がそろっている。もちろんその数は襲撃の時より少なく、こちらに攻め込んでくる事などないだろう。
「来ました」
すると帝国から列をなして騎馬隊が入り更に何台もの馬車が通ってくる。もちろん今なら帝国兵を皆殺しにも出来そうだが、そんな事をしたら国際的にヒストリアは孤立してしまうだろう。
敵軍の方から声が上がる。
「此度は、我が軍の精鋭達を引き取りにまいった! 取り決めた目録に従い保釈金等の物資をお持ちしている。派遣団の入国を認められたし!」
するとミラシオンが答える。
「よくぞおいでくださいました! 貴国の入国を認め開門いたします!」
橋の出口に設けられていた門が開くと、馬と馬車と帝国騎士達が列をなしてこちらに入って来た。すると捉えられていた、身分の低い騎士達から歓声があがる。自分達を見捨てずに迎えに来てくれた事に歓喜しているのだった。
「それでは代表の方! 調印席をご用意いたしましたのでそちらまでお越しください!」
こちらからはミラシオンとシュバイスとソキウス、そして三名の騎士が登壇する。反対からも貴族らしき人数名と騎士が同じ数だけ登った。既に話し合いは終わっているので、形ばかりの調印式となるがサインする紙がかなり多くて時間がかかる。
おっそ! こんなにかかるんだ。
と俺が思っていると、一時間くらいかけて調印式が終わる。
終わった!
だがまだ終わりじゃなかった。
「それでは! この度持参いたしました保釈金! 及び贈呈の品のご確認をお願いいたします!」
「金品検め!」
こちら側の文官やら騎士達が、一斉に帝国の馬車に乗り込んでいった。それから一時間ほどかけて、文官が登壇してミラシオンに告げる。
「目録通りに御座いました!」
「よし!」
そしてミラシオン達と相手の貴族が立ち上がる。そしてヒストリアの騎士達と、捕虜たちに向けてミラシオンが言った。
「調印はなった! 帝国騎士の皆様! 我が国での暮らしは楽ではなかったでしょう! 家族の元に戻られるがよい!」
オオオオオ!
次に帝国のお偉いさんが言う。
「敵国の兵士に慈悲をかけてくれた、ヒストリア王国の皆に感謝を申しあげる! こちらの暮らしもそれほどひどくはなかったと聞いている! 人道的な捕虜の扱いをしてくれた事を感謝する! では皆の者! 家に帰るぞ!」
「オオオオオオオオ!」
そしてヒストリア騎士達が帝国の捕虜達を立たせて、帝国騎士達に引き渡していくのだった。列をなして橋を渡っていき、最後に高官や貴族達が行く番になった。
その時だった。帝国の捕虜で貴族らしき人が、ミラシオンに大声で申し出る。
「最後にどうか! 願いを叶えてもらいたい!」
だが迎えに来た帝国のお偉いさんが、捕虜の貴族を制止する。恐らく、一刻も早く自分の国に帰りたいのだろう。敵国に長居するなど、俺だったらまっぴらごめんだ。
「早く帰るがよい! 家族が待っておる!」
「いえ! お願いいたしたい!」
「黙りなさい」
するとミラシオンが帝国のお偉いさんを抑えて言う。
「一体なんでしょうか? お願いとは?」
「恐れ入ります! 一目! 一目でいいですので、聖女にお会いしたい!」
それを聞いたヒストリア騎士達が一斉に声をあげた。どうやらそれは無理な相談らしい。流石にミラシオンも断った。
「申し訳ございませんが、聖女様はその立場にございません」
「どうか! どうか何卒!」
あー、めんどくせえな。早くしてくれよ!
強制的にその捕虜の貴族は連れていかれてしまう。俺に会ってどうするつもりだったのだろう? まさか仲間をいっぱい殺してくれてありがとう、なんて言う訳じゃないだろうな?
捕虜が全員いなくなり、帝国のお偉いさんと護衛の騎士だけが最後に残った。
だが…そのお偉いさんもおかしな事を言い出した。
「聖女様は本当に神のお使いなのですか?」
するとミラシオンが堂々と答える。
「左様でございます。あのお方は、まぎれもなく神のお使いにございます」
「そうですか。ご尊顔を拝みたいと言う、あの者の気持ちも察してくださるとありがたい」
「もちろん分かります。この先、貴国との国交が正常化した折には、きっとその時が来るでしょう」
帝国のお偉いさん達が門を潜ると門は閉められた。そして対岸を渡り向こう側の門が閉められた時、こちらとあちらの橋の綱が斧で斬って落とされる。
帝国捕虜の受け渡しは無事に終わったのだった。
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