第121話 高級ホテルにて

 隊列が進み、夕暮れに宿泊予定の宿場町にたどり着いた。騎士達は大勢いるので町の側に野営するらしいが、俺達にはきちんと宿屋をとっているらしい。フォルティス騎士団長と精鋭に連れられて、俺達は宿屋へと送って来られた。


「こちらです」


 そこは見るからにご立派な宿だった。どう考えても安宿とは真逆の高級ホテルだ。


「こんなに立派な場所に?」


「この宿場町で一番良い宿です。その資金は王宮から出ておりますので、お気兼ねなく」


「そうですか。それではお言葉に甘えて」


「精鋭を周辺の警護に置いて行きます。まあ、聖女様の護衛がいれば何も襲るる事はないでしょうが」


 流石は騎士団長。アンナの力量が分かっているらしい。


「助かります」


「私は隊に戻ります。入れ替わりにマイオールがこの者達の指揮をとります」


「わかりました」


 フォルティス騎士団長が宿屋の主人に何やら話をし金を払っていた。俺達は女中に案内されて部屋へと連れていかれる。なんと俺は一人部屋を用意されていた。だがアンナが女中に言う。


「一緒に入ってもいいか?」


「ご一緒にですか?」


「わたしは護衛だ」


「失礼いたしました! 二人部屋をご用意いたします」


「いや。かまわん、ここにしろ」


「はい! では、毛布をお持ちいたします」


「すまんな」


「いえ! 気が利きませんで!」


 俺とアンナが一つの部屋に、アデルナとミリィとマグノリアが一緒の部屋になった。馬車を引いて来た三人の従者達は、一階のランクの低い部屋になったようだ。


 部屋に入るとそこはかなり豪華な部屋になっていた。恐らくはスイートルームと言うやつかもしれない。ベッドもどう考えても一人じゃ大きすぎる。部屋と言っても、そこには三つの部屋があった。寝室とメイクルームとリビングのような場所がある。


「凄い豪華。私の部屋よりずっと立派」


「高級だと言っていた。恐らくはこの宿で一番いい部屋なんだろう」


「ベッドが二つある所でよかったのに」


「いや。聖女はこういう立派な部屋に泊まるべきだ。ここでいい」


「だからアンナは部屋を変わらなかったんだ」


「そうだ」


 アンナの気遣いがありがたい。だが本当にこんなに豪華じゃなくても良かった。俺達が荷物を降ろしてリラックスしていると、ドアがノックされて女中が入って来た。


「失礼します。お夕食をお運びいたします」


「はい」


 どうやら旅館のように部屋に食事を運んでくれるらしかった。しばらく待っていると何人もの女中が来て、豪華な料理が運ばれテーブルの上に並べられて行く。


 俺が女中に聞いた。


「他のお客様はいらっしゃいますか?」


「いえ。貸し切りとさせていただいております。聖女様には一番いい部屋をと騎士様に言われております」


「そうなんだ」


「お食事の後はお風呂をご用意しております」


 応対してくれる女中さんはとても可愛らしく、俺は世話をする三人の女中を呼んだ。


「ちょっとこちらに」


「「「はい」」」


 女中が来たので、俺は小金貨を一人づつに渡す。


「えっ! 頂けません! 料金はいただいております!」


「宿の主人には内緒になさい。あなた方のお洋服やお菓子に使って」


「でも!」


 するとアンナがキリリと言う。


「聖女が良いと言った。しまっておけ」


 ピリッとしたアンナの雰囲気に押され、女中三人はぺこりと頭を下げてポケットにお金を入れた。


「あと隣りの部屋を世話している人達も呼んで」


「はい」


 アデルナ達の部屋に配膳していた女中たちも読んで、俺は小金貨を一枚ずつ渡した。その三人も喜んでいる。


 食前酒が用意されたので、俺はアンナも勧めたのだが護衛があるのでと断られた。俺達が食事を始めると、女中達が甲斐甲斐しく俺達の世話をするのだった。料理はとても美味しく、それからも高級な宿屋だと分かる。俺は昼間の騎士達との殺伐とした行進を忘れるかのように、ゆっくりと味わって食べるのだった。


 食事を終えてまったり寛いでいると、女中達がテーブルの上のデザート皿を片付け始める。少し時間を置いてから声をかけられた。


「お風呂になさいますか?」


「アンナ、行こう」


「ああ」


 俺達は女中に連れられて風呂場に行った。広さ的には聖女邸とどっこいどっこいだが、装飾がとても豪華だった。


「失礼いたします」


 そう言って女中が俺の服の背に手をかけようとする。するとアンナが割って入った。


「いい。専属のメイドを呼んでくれ」


「は、はい」


 女中が出て行ったので俺はアンナに聞いた。


「何かマズかった?」


「念のためだ。刺客が紛れているとは考えにくいが、聖女に触れさせるわけにはいかない」


「なるほど」


 するとすぐにミリィがやって来た。


「遅くなりました」


「いやいや。自分でやろうかと思ってたんだけど」


「いえ。そう言うわけにはまいりません」


 するとアンナが言った。


「アデルナとマグノリアも呼べ。従者達には聖女の部屋を見張るようにと」


「はい」


 すぐにミリィが出て行き、しばらくしてアデルナとマグノリアを連れて戻って来た。


「全員で入れ」


 確かに守るには離れていると守りづらいし、裸になれば無防備になる。アンナだけは服を脱がずに帯剣したままドカッと椅子に座った。


 俺とミリィとアデルナとマグノリアが浴室に入る。浴室もとても豪華で装飾が凄い。


「豪華だね」


「本当ですね」


「聖女邸でもまあまあですが、やはり一流の宿屋となればこうなるのですね」


「まったくだ」


「凄い…」


「とにかく入ろう」


 俺達は体を洗い湯船に浸かって旅路の疲れを癒した。体をじっくり温めてから、浴室を出るとアンナは変わらぬ姿で座っていた。そこで俺がアンナに声がけをする。


「アンナも入ろうよ。ここで待ってるから」


「いや。一日くらい問題ない、それよりも護衛が優先だ」


 やはりアンナは徹底していた。どんな時も手をぬかないのがアンナなのだ。


「そうか、分かった…。ありがとう」


「当たり前の事だ」


 俺達が服を着て浴室を出た。すると女中達が来て、俺達を部屋まで連れていくのだった。お風呂上りには、冷たい飲み物が部屋に運び込まれてくる。至れり尽くせりのおもてなしに、俺は自分の立場を改めて再認識するのだった。恐らく王族並みの対応を受けているのだろう。


 そのまま夜が更けていき、俺は眠る事にする。アンナはそれでも服を着替える事は無く、鎧を脱いですぐに動ける状態にしていた。


「アンナ。ありがとう、おかげでぐっすり眠れそう」


「そうしてくれ。わたしはそのためにいるんだ」


「アンナも適当に休んでね」


「そのつもりだ」


 俺がベッドに入ると、アンナは床に座り剣を抱くようにして目をつぶった。静かになると外の喧騒が聞こえて来る。どうやら飲み屋が近くにあるらしい。


「騒がしいね」


「騎士達だろう。恐らく護衛以外が酒を飲んでいるんだ」


「なるほどね。うちらを警護する、マイオールはご愁傷様だね」


 するとアンナの気配が変わる。そして俺に言って来た。


「あれは、聖女に気持ちがあるぞ」


「は?」


「マイオールは聖女に気があると言ったんだ」


 おえっ! きも! アイツみたいなイケメンに近づかれるとさぶいぼが出る。


「やめてアンナ。寝つきが悪くなる」


「すまん」


 なんか申し訳なさそうにされると、逆に申し訳なくなる。


「いや。いいんだけど」


「…そうか」


「でも、アンナが側にいてくれるから眠れる」


「それはよかった」


「うん」


 そして俺が布団をかけてホッとため息をつく。するとアンナがポツリと聞いて来た。


「聖女に思う人はいないのか?」


「な? 思う人?」


「そう。意中の男はいないのか?」


「いない」


 即答した。何言ってんだ! 意中の男なぞ、いて堪るか! 考えただけでおぞましい。


 ブルッと震えてしまう。


「そうか。ならいい、寝てくれ」


「う、うん。そうする」


 アンナが俺に何を聞きたかったのか分からないが、何故か安心したような嬉しそうな顔をしているように見える。でも本気でそう思う、よっぽどアンナの方がイケメンだし恋しそうだ。そんな事を考えていると、ふとソフィアの事を思い浮かべてしまう。


 ソフィアの為にも周りをがっちり固めて、必ず今の破滅ルートを回避させてやる。そう考えるだけで、俺のモチベーションは上がり明日の嫌な行進の事も我慢できそうだ。


 待てよ…俺には意中の人がいる。アンナはその相手がソフィアだとは分からずに、何らかの気配を察しているのかもしれない。アンナの鋭い感覚に、俺は改めて感銘を受けるのだった。

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