第120話 騎士団との旅路で憂慮する事
俺達が冒険者の風来鷲と接触した次の日に、王宮とカルアデュールから同時に書簡が届いた。どうやら帝国との捕虜交換が始まるらしい。そこで聖女である俺に立ち合いを求めて来たのだった。
正直なところ勝手にやってほしいと思っていたが、俺は思うところがあり行く事にする。一日で出立の準備をし、その次の日には出ねば間に合わない日程だった。そのおかげで、また聖女邸が慌ただしくなる。ルクスエリムからは聖女邸の周辺護衛の強化が申し渡され、情況を鑑みて俺はそれを了承する。
更にマグノリアについては聖女邸の主要メンバーで話し合った結果、俺が一緒に連れていくことにした。万が一聖女邸で何かあった場合に危険なのと、マグノリアが使役するヒッポが俺の護衛に役立つと判断されたからだ。
今回は戦いに行く訳じゃないので、荷物を持ち帰る事もあるだろうと馬車は三台になった。俺と護衛のアンナ、身の回りの世話をするミリィ、交渉事があった場合のアデルナ、そしてマグノリアが同行する。さらに馬車を操る従者も三人となった。正式な場所でもあるので、正装の衣装も積み込んでいる。
「じゃ、リンクシル。皆の護衛をよろしく」
「はい」
「そしてスティーリアとヴァイオレットは留守の間お願いね」
「かしこまりました。お気をつけて」
「ご無事でお帰り下さいますよう」
アデルナが、ルイプイとジェーバを見て言った。
「あなた達は仕事を覚えたのだから、皆と同じようになさい。あと文字のお勉強は欠かさずする事」
「「はい!」」
「じゃ、出して」
俺が言うと従者が馬車を走らせた。三台の馬車がゆっくりと聖女邸の門を潜ると、外には第一騎士団のおっかない騎士団長フォルティスと副団長のマイオールが待っていた。それだけではなく、街道の向こうまで騎士団の列が続いている。
一体、何人連れて来たんだか…
馬車の窓を開けると、馬に乗ったフォルティス騎士団長の顔が見えた。俺が頭を下げてフォルティスに言う。
「すみません。お待たせいたしました」
「いえ。聖女様との遠征など光栄の極み、騎士達もはりきっております」
「そうですか。では安心して護衛をお任せできますね」
「お任せください!」
馬上のフォルティスがざっと手をあげて、騎士団全員に合図を送った。
「出発!」
隊列はゆっくりと動き出した。壮観な行列を見て市民達が旗を振って送る。大歓声の中を進み隊列は王都を抜け出すのだった。
俺は隣のミリィに言った。
「二日かあ…」
「聖女様。騎士団の方がいらっしゃる前で、そんな事を言ってはいけませんよ」
「わかってる。でも護衛はアンナがいれば問題ないと思う」
「万が一が御座いますし、カルアデュールの英雄を寂しい小隊で送りだせば沽券にかかわります」
「そんなものどうでもいい」
俺は本心から言っていた。二日間もおっさんらとぞろぞろと進むのは地獄だ。何なら俺がお花摘みに出なくてもいいように、水を飲むのを控えていた。俺がトイレに行くのを、騎士団の男達にじろじろ見られるのは耐えられない。
俺達の馬車には俺とミリィとアンナ、そしてマグノリアが乗っていた。手狭になるので、アデルナは御者の隣に座っている。後の荷台は荷馬車なので人の乗る所は無い。
「マグノリアのヒッポなら数時間でつくでしょうに」
するとアンナが言う。
「魔獣の使用を正式に王宮が認めるはずがない」
「だよねえ…」
これから一日かけて最初の宿屋に泊まり、更に一日をかけてカルアデュール入りする事になる。その次の日にはヒストリアの軍隊が一日かけて砦まで進む。かなり面倒な事になりそうだ。
「でもこれで絶対に襲われる事はない。我慢しろ」
「はいはい」
アンナに言われて、俺はおとなしくすることにした。マグノリアがとても不安そうな顔をしているので俺が言った。
「大丈夫。怖くないよ、マグノリアは私の家の者だからね。騎士達はあなたに何もしない」
「はい」
マグノリアはヒストリアの騎士に捕縛されているため、彼らの姿を見るだけで委縮してしまうのだった。
「それに少しでも嫌な事をされたら、フォルティス騎士団長に密告して叱ってもらうから」
「わかりました」
半日馬車を走らせた頃に一団が止まる。そして俺の馬車をマイオールが叩いた。
「恐れ入ります! 聖女様! 兵士達に休息をとらせますが、いかがなさいましょうか?」
実はそろそろ生理現象が俺を襲っていた。ちょっとおしっこ! という訳にもいかずに我慢していたのだった。
「ですが外では…」
「問題ございません。専用の天幕を離れに作らせていただいております! 私と直属だけが周囲を守ります!」
「では少し距離を置いていただけますか? 私にも護衛がおりますので」
「失礼いたしました! それではそうさせていただきます!」
俺達が馬車を降りて、マイオールが天幕まで俺達を案内する。こじんまりとした天幕が立ててあり、マイオールが離れた所からそれを指さした。
「あちらです!」
「ありがとうございます」
聖女邸一同がその天幕に並んだ。そしてミリィが言う。
「では聖女様、一緒に」
「ええ」
俺が中に入るとミリィは、俺が用を足せるように服を解いて下着を下げスカートを捲し上げてくれた。簡易のトイレに座り、俺は一気に放出した。
「はぁぁぁぁ」
「大変です。聖女様のおっしゃっている事がわかりました」
「軍に女性はいないからね…」
「はい」
そして俺とミリィが交代して、ミリィが用を足した。俺達が出ると、アンナとマグノリアが天幕に入って行く。
あー、めんどい。女同士なら、草むらで適当にしたのに。
最後の従者が天幕から出て来て、俺はマイオールに声をかけた。
「ありがとうございました」
「いえ!」
その場を離れ、俺はすぐある事に気が付いた。マイオールが後方で他の兵士達に指示をしている。
えっ! そうか! トイレの処理を男がするんだ!
うげえ…。
苦痛の旅は始まったばかりだった。
せめて軍隊の四分の一でも女がいれば、俺達はこんな嫌な思いをしないで済んだのに。
アデルナが苦笑して言う。
「私なんかは、年増ですからね。気になりませんが、うら若き乙女達には気になりますね」
「すっごい嫌」
「お察しいたします」
特級冒険者のアンナですら嫌な顔をしている。とりあえず俺達が馬車の側で休んでいると、兵士達が俺達の食事を運んで来た。お茶も添えられているのだが、皆は汁物とお茶にはあまり手を付けずに食事を終えるのだった。
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