第119話 冒険者との接触

 うるさい居酒屋の席で、俺は気を研ぎ澄まし斜め前の冒険者の話を聞いている。やはり国外から帰ってきたような話しぶりで、酒が入るうちにどんどん声が大きくなってきた。男三人に女一人が飲んでいるがパーティーにはあと二人がいて、そいつらはここにはいないらしい。


 ようやくわかって来た話の内容は、東スルデン神国の商人の護衛をしつつ、自分達も向こうで物を買って帰ってきて売りさばいているようだった。


「やっぱさ、あの国の特産はヒストリアじゃ高く売れるよな」


「そうね。護衛もこのあたりの相場の三倍。おいしいわ」


 仮想敵国の物資が正規のルートで売れるのだろうか? 仮想敵国からの物資の搬入が簡単だとは思えない。なかなか肝心な話まではしないようで、単純に儲け話ばかりしていた。何かを仕掛けないといけないと思い、俺がアンナに目配せをし大きな声で言う。


「いやー! かなり儲るよね?」


「ああ」


「でも、もっと稼ぐなら人を集めないといけないかなあ」


「そうなるな。俺達のパーティーは二人になってしまった」


「そうよねぇー」


 これ見よがしに俺は声高らかに話をし始めた。しばらく架空の儲け話をしていると、お目当てのパーティーの人間がちらちらと俺を見るようになってくる。だが俺はそれに気がつかないように演技をし、有頂天になったように話し続けた。


「他国に行っても、売る所が無いんじゃ難しいわ」


「ギルドじゃ扱ってくれんしな。俺達は商人じゃない」


「そうよねえ」


 しばらくそんな話をしていると、店員が俺達に飲み物を持って来た。俺が店員に言う。


「あれ? これ頼んでないですけど?」


「そちらのお客様からです」


「えっ? あ、どうも」


 その冒険者が料理を運んで来た女に言った。


「席をずらしても?」


「どうぞどうぞ」


 そして四人は開いている俺達の横に座った。男がアンナに向かって言う。


「あんたらも冒険者か?」


「そうだ」


「見ない顔だが」


「アルカナ共和国から来た」


「そうかそうか」


「ああ」


「何をしに?」


「‥‥‥」


 ヤベ。アンナのコミュ障が出て来た。俺が代わりに話す。


「この人、無口だからぁ。なんか、この国じゃあさ。聖女ってのが帝国を追い払ったじゃない。そう言う戦争のどさくさって儲かるのよね!」


 大丈夫かな? 田舎娘っぽく話が出来てるだろうか?


「ああ、やっぱり他国にも広まってんのか?」


「これから儲かるって言ったら、やっぱりこの国と周辺国なんだろうってなってね。だからここに来ることにしたんだけどさぁ、そしたらパーティーが分裂しちゃって私達だけ来たの」


「せっかく儲かるのになあ、分からねえ奴もいるさ」


「だって、魔獣を狩るより安全だと思うからさぁ」


「ちげえねえ」


「分からず屋は捨てたの」


「仕方ねえさ分からねえ奴はな。俺達は風来鷲つうパーティーなんだ。このあたりじゃまあまあ名が通ってる」


「私らは解散したばかりで名前はないわ」


「そうか」


 俺は風来鷲の奴らがおごってくれた酒を掲げて言う。


「これ、御馳走さまね。なんでおごってくれるの?」


「まあ近づきのしるしだ」


「そうなんだ」


 俺はそのコップの酒をクピリと飲んだ。


 そして俺は少し声を小さくして言う。


「ただこんなご時世でしょ? 敵国の物を売るって言ってもねえ…ギルドじゃ取ってくれないし。結局絵にかいた餅になりそうだなって」


「…なるほどなあ」


 すると、風来鷲の四人が相談するように話してから俺に言って来た。


「違う国の人なら良く分からねえと思うけどよ。敵国の物をさばく方法ならあるぜ」


「本当?」


「ああ。だが…もちろんただとは言わねえぜ。もしそう言う物資があるんなら、俺達に手数料を払えば売れるつー事だ」


「うそ! そんなこと出来るの?」


「まあ秘密だがな。金は必ず払うぜ」


 そして俺はアンナを見る。アンナと目を合わせてから男に言った。


「どうすればいい?」


「あんたらが売りたいものがあるなら、それを持ってくるといい」


「どの国の物でも?」


「そうだな。今なら、帝国の物資なら高く売れるかもな。持って来れるならな」


「なるほど」


「あくまでも帝国に出入りできるんならって事だぞ」


 男が鋭い目で俺を見た。だが俺はそれを軽く受け流して言う。


「もちろん。これからよ。でも売り先があるなら助かるわぁ」


「まあそうだろうよ」


 良し。こいつらは金が絡めばやると踏んでかまをかけた甲斐がある。きちんと食らいついてくれた事に、俺はうっかりほくそ笑みそうになる。俺はあえてもう一歩踏み込んだ。


「さっきからちょっとだけ耳に入ってたんだけど、あんたらも売ってるの?」


「まあそうだな」


「凄いね! 先見の明がある人がいるんだねぇ」

 

 俺がニッコリ笑って言うと、男がまんざらでもなさそうな顔でデレる。まあ女に褒められて悪い気持ちになる男などいるまい。それが田舎娘だったとしてもだ。


 まあ俺としては男なぞ褒めたくないが、風来鷲には女が含まれている。俺はその子に言ったんだ。


「私らは最近来たばかりだから、貿易が難しいのは帝国ぐらいしか知らないけどね。まさかあんたらも帝国に行ってるとか?」


「違う違う。最近まで戦争してた国なんざ危なくて行けねえ」


「じゃあ何処に?」


「ここだけの話にしてくれよ」


 そう言って男が酒臭い顔を俺に近づけて来る。目の前に座る女がちょっと嫌悪感を出して男に言った。


「ちょっと! ゼマル!」


「いいじゃねえか」


「女と見るとこれだから」


 ゼマルと呼ばれた男は頭を掻きながら言った。


「東スルデンさ。最近はこの国の出入りが厳しいんだよ」


「へえっ、なんで?」


 知ってるけど。


「何でも王宮からお達しが出たらしい」


「そうなんだ」


「俺達はそこの物資を売っているのさ」


「なるほどねぇ」


 俺はここぞとばかりに聞きたいことを聞く。


「そう言えば私、東スルデンの東の村に知り合いがいるんだ。パトリア村ってんだけど知らない?」


「田舎の事は知らねえなあ。だけど東なら通ったかも知れねえ」


「そのあたりの情勢ってどうなってるのかなあ? 知り合いが心配でさぁ」


「うーん。あの辺りは関所が厳しいかも知れねえな。こっちの国だけじゃなくて、向こうも警戒しているような気がする」


「そうなんだ。戦争でもおっぱじまんのかねぇ?」


「どうだろうな。そうなっちまうと、俺達の商売はあがったりだ。また他を探さなきゃならねえ」


 そうか。やはり厳重に警戒されているのか、村がどうなっているかは分からないが兵士が出入りしている可能性はある。あとトカゲの入れ墨男がどんな奴か分からない。


「あのさ、もう一つ聞きたいんだけどさぁ」


「なんだあ?」


 男が俺の手に、そっと手を重ねて来た。


 ぐお! やめろ! 腐る! 


 それ以上にアンナがピリピリし始めている。お前死ぬぞ。


 我慢しながら聞く。


「トカゲの入れ墨って何か知ってる?」


 それを言った途端、男が俺からスッと手を引いた。そして真顔になって言う。


「悪い事は言わねえ。関わらねえほうが良いぞ、もし知り合いが何かあったとしたら諦めるんだな」


「どう言う事?」


「いや。俺はこれ以上は何も」


 風来鷲が突如慌て始める。もしかしたら何か知っているのだろう。だがこれ以上の詮索をするといろいろまずい事が起きそうなので、俺は一旦その話を止める。


「いや。知り合いに聞いただけだから、実際は何のことかちんぷんかんぷんさ」


「ま、それにこしたことはねえよ。人間、平和に暮らしたきゃ知らねえでいた方が良い事もあるってもんだ」


 うん。なるほど、ちょっと空気が悪くなった。こいつらは何かを知っているが、それがどこまで何なのかが分からない。だがこれ以上ツッコめば明らかに警戒されてしまう。


「とにかく私達は帝国がねらい目かなと思ってるから。商品を手に入れたらどこで会える?」


「ギルドの掲示板にでも書いておいてくれ」


「わかったわ」


 ゼマルが俺に言う。


「あんたらをどう呼べばいい?」


 しまった…パーティー名なんてないし、何て言おう。えーっと、えーっと。


「や、屋根裏の猫」


「変わったパーティー名だな」


「そう?」


「まあいい。品を持ってきたら掲示板に書いてくれよな」


「わかったわ」


 俺がアンナに目配せをすると、アンナが店員を呼んだ。女将が来たのでアンナが言う。


「この人らの会計も」


 すると風来鷲のゼマルが言った。


「えっ? いいのか?」


 それに俺が言う。


「これからお世話になろうって人に、ごちそうぐらいしないとね」


「気前がいいな」


「そんなでもないわ」


 一気に場の空気が良くなって、風来鷲のメンバーはまた談笑を始めるのだった。慣れない潜入捜査に、俺の脇汗は飛んでもない事になっている。だが何事も無かったように、運ばれて来た発泡酒を飲み干すのだった。 

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