第118話 変装して大衆酒場へ

 ギルド嬢のビスティーから情報を聞き、アデルナには毎日のようにリンクシルを連れてギルドに通い詰めてもらった。薬草採取から手紙の依頼まで、用もないのに毎日毎日、足しげくギルドに通った結果、五日目に有益な情報を仕入れて来る。


 どうやら東スルデン神国に遠征していた冒険者は、今日ギルドに顔を出したらしい。それを聞いた聖女邸は慌ただしくなり、俺とアンナの変装にあれやこれやと思考錯誤していた。ようやく俺の変装が終わり、俺がみんなの前に行って見てもらう。


「どう?」


 スティーリアがニッコリと笑って俺に言った。


「聖女様だとは絶対に分からないと思います」


 化粧担当のミリィが言う。


「ただ髪の染粉は、水にぬれれば取れます。あと顔のそばかすも」


「わかった」


 俺の白金の髪は見事に赤毛の三つ編みになっている。そして顔には化粧でそばかすを書いてもらい、頬にチークを濃く塗ってもらった。ヴァイオレットの予備の眼鏡を借りてかけているので視界がぼやける。麻で出来た魔法使い用のローブを着て、いつも使う聖女の高級な杖では無い一般的な魔法使いが使う杖を持った。


 立ち鏡の前に立って眼鏡をずらし自分を見ると、なんとも田舎臭い女に仕上がっていた。


「あとはアンナだね」


 そこにアンナが下りてくる。


「えっ!」


「まあ…」


 アンナはキリリと髪を結い上げ、口髭と顎髭を生やしていた。胸が全然目立たないので、恐らくはさらしを巻いているのだろう。男の冒険者のような布の服をまとい、いつもの業物ではない平凡なロングソードを腰にぶら下げている。


「待たせた」


 ヴァイオレットとアデルナが二人で仕上げたらしい。なんつうか、めっちゃイケメンのハリウッドスターみたいになってる。ジョニー〇ップだ。それを見たメイド達が頬を染めているようだが勘違いしちゃダメだ、アンナは正真正銘の女なんだから。


 二人が並ぶとアデルナが言う。


「何処からどう見ても、低ランクの冒険者です」


「特にアンナ様は男にしか見えません」


 まあ元が筋肉質なので腕と足がパンとはっている。どう考えても女には見えないだろう。


「そうだね。この街でアンナは誰もが知ってる特級冒険者。このくらいやらないとバレるだろうね」


 するとアンナも俺を見て言う。


「聖女も誰だかわからなかった。ギルドで良く見かけるタイプだ」


「ほんと? じゃあ行こうか!」


「そうだな」


 そしてみんなが俺の周りに集まって、いろいろと注意事項を述べてくれる。アンナと一緒に行動する限りは問題ないだろうが一応聞いておく。


「じゃ、行ってくるね!」


「お気をつけて」


 俺とアンナは裏口から闇に紛れ、繁華街へと向かうのだった。俺はきょろきょろしながら言う。


「バレないかな?」


「大丈夫だ」


「この時間は人が多いね」


「もっと慣れた感じにしてた方が良いぞ」


「そ、そうだよね」


 繁華街の街角を二つ曲がった先に、その目当ての店があった。他の酒屋より大きくて人も多く入っているようだ。店に入る前にアンナに聞く。


「アンナは、その冒険者の顔が分かるんだよね?」


「そうだ。ロサからも聞いている」


 ロサとはアンナの妹だ。Aランクなのでそこそこ高ランクの冒険者で、ギルドでも顔は広い。アンナはロサから聞いて、どの冒険者か分かっているようだった。


 俺達が飲み屋に入ると、店のおばちゃんから声がかけられた。


「いらっしゃーい。適当に座って」


 アンナはおばちゃんに言った。


「二階でもいいか?」


「どうぞー」


 階段を上るとそこにも客がいた。会話の騒音で声を張らないと聞こえなくなる。


「ここだ」


 アンナに指定された席は全体が見渡せる場所だ。おばちゃんがすぐに注文をとりに来たので、適当に注文する。そしてぐるりと店の中を見渡した。


「まだ来ていない」


 よかった。いきなりだとミスってたかもしれない。


「ここでいいの?」


「恐らくこの席で問題ない」


 周りの客は酔っ払い騒がしくしていた。


「こういう場所は初めて」


「まあ、落ち着け。荒くれ者が多いが大したヤツはいない」


「わかった」


 しばらくすると飲み物と料理が運ばれてくる。


「手を付けなければおかしいから食うぞ」


「そうだね」


 俺はフォークとナイフを取って、鶏肉を皿に取りそれを切り始める。


「おいおい! 聖女。ちがうちがう」


「えっ?」


「こうだ」


 アンナは骨付きの鶏肉を直接手にとって豪快にかぶりついた。もぐもぐと咀嚼してゴクリと飲み込む。


「フォークとナイフで食う冒険者なんかいない」


「わかった」


 俺は鶏肉にぐさりとフォークを指して持ち上げ、がぶりとかぶりつく。


「そうだ。そしてこう」


 次にアンナは発泡酒のような酒をぐびぐびと飲んだ。


「げふっ」


 なるほど。


「ゴクゴク、ゲフッ」


 俺は同じようにしてみた。よくよく見たら周りの冒険者は皆そんな感じだった。だけど…女の冒険者はそうしていない。流石にゲフッとしているのは男の冒険者ばかりだ。


 ちょっと! 下品すぎる女になってんじゃん!


 自分なりに周りの冒険者の様子を真似て調節してみる。


「そうそう。それでいい」


「よかった」


 アンナはそれでも警戒を怠っていないのが分かる。俺も酒に飲まれないように、飲んだふりをしつつセーブしていた。すると一階から声が聞こえて来る。


「今回もうまくやったな!」


「ああ。やっぱこれが一番儲かる」


「ちょっとぉ。あんまり大きな声で言っちゃダメよ」


「だな。お前らはうるさすぎる」


「けっ、どうせ誰も聞いちゃいねえよ」


 階段を上がって来たのは、明らかに他の冒険者とは違う良い装備を付けた四人だった。アンナが俺の靴をコンッ! と軽く蹴る。どうやら俺達がターゲットにしている奴らが来たようだった。


 しかもドサッとその冒険者達が座ったのはなんと、俺達の斜め奥すぐの席だ。


 凄いアンナ。計算してここに座ったんだ…、しかも俺から四人が丸見えで話も良く聞こえる。俺とアンナはまるで何事も無かったように乾杯をした。ここからが演技、話をしているふりをしてその席の話を盗み聞くのだ。アンナと話をしたふりをしながらも、俺は斜め前にいる冒険者達の話に耳を傾けるのだった。

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