第116話 ギルドに密偵を作ろう

 昼間の聖女邸の応接室には主要メンバーが集まっていた。皆は一様に難しい顔をしている。それは俺の提案に全員が難色を示したからだ。いつもは俺寄りのアンナからも、あまり良い返事はもらえなかった。だが俺は頑なに、自分の主張を通そうとしている。


「だから、なんとかしてマグノリアの弟を救いたいんだ」


 俺の言葉に、アデルナが眉間にしわを寄せて答えた。


「聖女様のおっしゃる通り、確かに空からなら関所を通らずに隣国には行けるでしょう」


「でしょ? なら簡単だと思わない?」


「危険すぎます。それはさすがに無理です」


「なんで?」


「東スルデン神国は仮想敵国です。王直属の調査団も及ばぬ所では無いですか」


「だから。サッと連れて来ればいいと思う」


 今度は、いつもは仲間になってくれるアンナが首を振った。


「一番怖いのは人間だ。盗賊や二流の冒険者ならわたしでもどうにかなるが、もし村に相当の手練れがいたらどうする? それか敵の国の監視がついているかもしれんぞ」


「えっと。だから! バッと行ってバッと帰って来る感じで!」


「それなら、わたしとマグノリアだけが行くので良いだろう?」


「いや。アンナ、私も行って確認したほうがいいって。それに手練れがいたら私の支援魔法で強化しないとまずいでしょ?」


「聖女よ。もし、わたしクラスの人間が二人もいたらどうする?」


「…いるかな?」


「だから分からんと言っている」


 確かにアンナの言うとおりだ。アンナみたいな人間がそうそういるとは思えないが、もしもっと強い人間がいたりしたら帰っては来れない。それでも可哀想なマグノリアをどうしても救いたかった。悩みの原因を取り除けば、彼女もはれて自由になれる。それからまた俺達に協力してくれるかを聞いたらいいと思う。いま彼女は罪の意識から俺に協力しようとしてくれている。それは俺が考えるところの自由じゃないと思う。


 スティーリアも難しい顔で俺に言った。


「聖女様のお気持ちは痛いほど分かります。ですが、マグノリアは元はと言えば東スルデン神国の民です。他国の民の為に聖女様が、その御命を賭けるのはいかがなものかと」


「でも…」


 俺が引き下がらずに再び話をしようとした時だった。唐突に応接室のドアがノックされた。


「はい」


「来客にございます」


「来客?」


 今は大事な時間だ。そんなものは後にしてほしい。だが一応誰が来たか聞いておく。


「誰かな?」


「ギルドから、ビスティー様がおいでです」


 あ。そう言えばある人達の身辺調査を頼んでいたんだった。俺は皆に向かって言った。


「ひとまず私も頭を冷やします。皆も打開策が無いか考えて」


「「「「はい」」」」

「わかった」


 アデルナ、スティーリア、ヴァイオレット、ミリィ、そしてアンナの、応接室にいる全員が返事をした。そして皆が部屋を出て行く。アデルナが残って俺に聞いて来た。


「ビスティーを通しますか?」


「そうして」


「はい」


 俺が応接室で待っていると、アデルナがビスティーを連れて来た。相変わらずちょっとおどおどしており、眼鏡の下の表情は不安そうだった。


「こんにちはビスティー」


「お邪魔いたします、聖女様におかれましては…」


「堅苦しい挨拶はいいや。座って」


 挨拶を止めて、俺の対面にビスティーが座る。俺はまじまじとビスティーの顔を見て言う。


「何か情報がつかめたみたい?」


「こちらです」


 俺の前に書簡が置かれ、俺はアデルナに目配せをする。アデルナが書簡を手にして、レターナイフで封を切って取り出した。そしてそれを俺に渡してくる。


「ありがとう」


 書簡を広げると、調査対象の人々の詳細がそこに記されている。結構な短時間で調べて来たところを見ると、かなりの手練れを使ったのだろうと思われた。書簡に目を通してみていくと、だんだんと王都の相関図が見えて来た。


「い、いかかでしょう?」


「凄いね。流石ギルドマスター直々に動いた結果だ」


「なぜそれを?」


 やっぱりそうだった。俺はビスティーにかまをかけたのだが、どうやらこれはギルマスのビアレス自身が調べた物らしい。そしてそこには貴族の気になる貴族の娘の名があった。


「よくここまで調べたなあ…」


「ご満足いただけましたか?」


「うん」


 俺はチリンチリーンと鈴を鳴らした。するとミリィがやって来る。


「焼き菓子を、箱ごと」


「はい」


 そしてミリィは、今人気のスィーツ店の焼き菓子を箱に入れて持って来た。俺はそれをビスティーに渡す。


「これは個人的にあげるもの。ギルマスのビアレスに報告する必要はないよ。自分で家に帰って食べて」


「あ、ありがとうございます」


 そして俺はビスティーをまじまじと見て言った。


「今日はうちでご飯を食べていきなさい。そしてお風呂も」


「へっ? お風呂?」


「…嫌?」


「わ、わかりました! それではいただいていきます!」


 俺はマグノリアの救出作戦について、新たな企みを思いついたのだった。まずはこのギルドのビスティーを聖女邸の信者にする事から始める。ギルドは国をまたいだ組織と聞いている為、仮想敵国にもパイプはあるはず。その情報をこの娘に聞きだしてもらおうと思うのだった。


 コンコン。


 すぐに、ミリィがふんわりスフレケーキ生クリームのせを持って来た。このあたりは以心伝心、俺が何かを企んだことを一発で見抜いたらしい。ビスティーはそのケーキを見て、頬を染めて目をうるうるさせている。


「どうぞ! これすっごく美味しいよ!」


「はい!」


 俺とミリィとアデルナは、腹黒い表情でビスティーが美味しそうに食べるのを黙って見ているのだった。

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