第114話 魔獣に乗る

 夜の聖女邸ではヒポグリフの事でもちきりだった。そもそもメイドや使用人に、魔獣を見た事がある者はいない。アデルナですら、めちゃくちゃ興奮している。かくいう俺も、前世の映画で見た事があるような魔獣にテンションが上がっていた。


 そこで俺がマグノリアに尋ねる。


「名前とかつけるの?」


「つけると愛着がわきすぎて」


「聖女邸のみんなで大事にするから、名前を付けたいなと思って」


「それなら良いと思う」


 マグノリアの許しを貰ったので、俺は皆にどんな名前が良いか尋ねた。皆がいろいろ考えて言うが、何故かアンナはあまり興味無さそうにしていた。そこで俺はアンナに聞いてみた。


「アンナはどう思う?」


「魔獣に名前など付けたことがない」


 確かにアンナからすれば魔獣は狩りの対象だ。名前など付けたことはないだろう。まあ俺達もだけど。


「例えばでいいから」


「ヒポグリフだから、ヒッポとかでいいんじゃないか?」


 皆がシンとした。すると言ったアンナが気まずそうに言う。


「だから、いいって。皆で…」


「それいいよ! ヒッポ! 可愛いし」


 俺が言うと皆がうんうんと頷いた。アンナ命名、ヒッポとなる。


 ヒッポは今、目立たない夜の間に山脈や森に言って魔獣を食ってる頃だ。そして俺はマグノリアに聞きたいことがあった。


「あれ乗れるかな?」


「乗れると思う」


 するとアンナも頷いて言った。


「あれは、相当の力があるぞ。騎士達などたちまちなぎ倒すだろう」


「乗れる…そうか…」


 考え込んでいる俺を見て、ミリィとスティーリアとアデルナがいぶかしげな顔をする。


 そしてミリィが言った。


「聖女様。何か良からぬことを考えてはいませんか?」


 スティーリアも言う。


「聖女様のその顔は、何やら企む顔です」


 アデルナも言う。


「何卒! 何卒! 危険な事だけはおやめください」


 先に釘を刺されてしまったが、俺は皆にニッコリ微笑んでいった。


「飛びたい」


「「「やっぱり…」」」


 皆が呆れた顔をする。俺はマグノリアに向かって言う。


「人を乗せて飛べるようになるかな?」


「わたしが、ワイバーンに乗って来たからおんなじだと思う」


 だが、それにアンナが言った。


「いや。お前は使役しているから人馬一体だろう。だが聖女はそうはいかん、振り落とされでもしたら死んでしまう」


「…そうか…」


 俺がじっくりと考えて言った。


「馬は鞍をかぶせて乗るよね? ああいうやつでベルトで体を固定できる奴を作りたい」


 ‥‥‥


 皆が唖然としているが、アンナが言った。


「なら武器屋だ。あいつの所に行けば作ってくれる」


 アンナが言っているのは裏町のドワーフの事だった。ドワーフは王都の裏町に潜んで凄い武器を作っている。今リンクシルが持っている、魔法付与された二本の短剣も作ってもらったやつだ。


「じゃ、決まりだね」


「「「はぁ…」」」


 ミリィ、スティーリア、アデルナの三人が深ーくため息をつくが、俺はヒッポの利用価値を見出していた。そして俺はマグノリアに言う。


「寸法を図りたいから呼び戻して」


「はい」


 俺はヴァイオレットに振り向いて行った。


「図面とかかける?」


「もちろんですが…」


ヴァイオレットは、ミリィとスティーリアとアデルナを気遣ってチラリと見た。だがミリィが言った。


「聖女様がこう言ったらもう止められないわ。隠れてやられるより、公で皆と一緒にやった方がまだ安心」


 スティーリアも言う。


「そうね。是非私もまぜていただかないと」


 そしてアデルナも言った。


「一体…聖女様は何になろうとしているのか? 龍騎士の伝説を聞いた事がありますが、まさかそれになろうとでもしているのでしょうかねぇ?」


「いや、アデルナ。ヒッポは龍じゃないし」


「それは分かっております。ですが私からすれば、龍もヒポグリフも変わりありませんよ」


「でも、いろんなことが出来るようになるから」


「分かりました。明日、ギルドでもその様な武具の例が無いか聞いてみましょう」


「お願い! ありがとう!」


「はい」


 無理やり決まった。俺がヒポグリフに乗る計画。その夜ヒッポが戻り、俺達は悪戦苦闘しながらヒッポグリフのサイズを計測するのだった。大人しくしてくれているものの、大きさが大きさなのでかなり苦労した。


 そして俺が言う。


「あと、うちらが飛べるようになったら、何処か綺麗な泉で水浴びさせよう。ちょっと臭う」


 マグノリアが答えた。


「はい」


 寸法をヴァイオレットに渡し、俺はヒッポの口の周りを見る。すると何かの血がこびりついていた。穏やかな感じの表情だが、こう見えて恐ろしい魔獣なのだ。これを生け捕りにするアンナもアンナだし、それを使役するマグノリアも凄い。俺は二人の才能に感謝するのだった。


 それから一週間後、アンナとリンクシルが荷馬車を引いて戻って来た。荷馬車にはバカでかい鞍が置いてある。ざっくりした寸法で製図を書いたヴァイオレットも凄いし、それを形にするあの武器屋も凄い。


「じゃあ、取り付けてみよう」


「「「「「はい!」」」」」」


 マグノリアがヒッポを座らせると、アンナがその背中にぴょんと飛び乗った。物凄くバランスよく微動だにしない。俺達はヒッポのおしりの方に荷馬車を付けて、その両脇に集まった。


 俺がアンナに綱を投げる。


「はい!」


 パシッとアンナがそれを掴み腕に巻き付けた。そして俺は皆に言う。


「行くよ!」


「「「「「「はい!」」」」」」


「せーのっ!」


 皆でデカい鞍を持ち上げて、頭の上に掲げた。それをアンナが引っ張ってずらしていく。ヒッポの背中を滑るように鞍が収まり、マグノリアがヒッポに立つように言う。


「ヒッポ! 立って!」


 するとヒッポはゆっくりと立ち上がった。俺達は体にぶら下がった数本のベルトを腹の下で繋いでいく。そしてアンナが首周りに固定するようにベルトを装着した。


「で、出来た」


 アンナも苦笑いする。


「魔獣に鞍がついてる」


 俺が言った。


「乗ってみてもいい?」


 するとヒッポが唸る。


 グゥィィィッィィ!


「えっ? ヒッポ、怒ってるの?」


 俺が言うとマグノリアが答える。


「ううん。乗って! って言ってる」


「そうなんだ…」


 俺がヒッポの近くに寄ると、上に乗っているアンナが手を差し伸べて来た。アンナの手を握ってグイっと引き上げられる。そしてアンナが言った。


「お前も来い」


 アンナはマグノリアに手を差し伸べた。そりゃそうだ、彼女が居ないと空を飛んでから誰も制御できない。


「はい」


 そしてマグノリア、俺、アンナの順に背中に座る。普通の馬と違い大分余裕があった。多分前世で言うところの、象に乗っている感覚に近いかもしれない。しかも鞍にはベルトを装着して固定するフックがついている。


 俺が言う。


「いいね!」


 アンナが笑っている。


「魔獣に乗るなど、殺した後にする事だ」


 マグノリアが複雑な顔をする。皆がヒッポの背に乗る俺達を、不安そうな顔で見上げるのだった。

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