第112話 不幸な子は放っておけない
ある日の早朝、まだ暗いうちからアンナが支度をしていた。いつもの格好じゃなく、見たことのない鎧とマントを着こんでいる。そして布袋にいろいろと荷物を詰めていた。
俺がアンナに聞いた。
「どのくらいで帰るの?」
「いつもは徒歩だが、馬をくれるんだろう?」
「自由に使っていいよ」
「それほど時間はかからない。それよりもリンクシルを置いて行くが、まだ護衛としては半人前だ」
「まあ、私がいるから」
「そうか、そうだな。聖女がいれば簡単にはやられない」
「じゃあ、気を付けて行ってきてね」
「わかった」
挨拶も早々にアンナは馬に乗って出て行ってしまった。俺とミリィとリンクシルがアンナを見送り、そのまま食堂に向かう。ミリィが言った。
「ハーブティーをお煎れしましょう」
「ありがとう」
そして俺とリンクシルが席に座って向かい合う。
「今日から少し、リンクシルに屋敷の護衛をお願いするよ」
「はい! うちで役立つかどうかは心配だけど…」
「大丈夫。私もいるから、いざとなったらやれることはたくさんある」
「はい」
ミリィがすぐにお茶を持って来て、俺とリンクシルの前にカップとソーサーを置いた。
「ミリィも座って」
「はい」
ミリィがもう一客のカップとソーサーを置いた。そして蒸らしたお茶を注いで、カップからいい香りの湯気が立つ。ミリィが座ったので俺が話し始める。
「マグノリアはどうかな?」
するとリンクシルが言う。
「あまり元気ではないみたい」
「だよね。まあ、村人を人質に取られているんだから気が気じゃないよね」
「そう、ですね」
俺はミリィに向って言う。
「彼女の気が晴れそうなものは何かな?」
「聖女様のプレゼントしたワンピースを気に入っておいでです」
「たしかに。でも服を買いになんて連れ出せないしなあ」
「はい」
牢屋から出て待遇が変わったとはいえ、マグノリアに自由が無いのは変わらなかった。マグノリア自身も、自分がここを出ればたちまち命を狙われると知っている。そこですぐに動いたのがアンナだった。アンナには何らかの考えがあるらしかった。
「ま、アンナに賭けるしかないね」
するとリンクシルが言った。
「多分だけど、弟さえ無事ならマグノリアは安心」
「そうだよねぇ…。でも流石に仮想敵国に行って助けるわけにはいかないなあ」
「はい…」
それはもう王宮の諜報部頼みだった。俺達に出来る事はないし、そもそも王宮が動くかどうか疑問だ。
「とりあえず。私からいろいろ話してみるしかないかな」
「恐れ入ります。もちろん私達メイド一同も心がけておきます」
「よろしく」
徐々に外がうっすら明るくなってきて、キッチンの方が騒がしくなってきた。メイド達が朝食の準備を始めたのだ。するとアデルナがやって来る。
「これは、遅くなってしまい申し訳ございません」
「いやいや。アデルナ、俺達が深夜にアンナを送り出しただけだから。皆も早くにご苦労様」
「いえ。朝食の支度を急がせましょう」
「大丈夫だよ。いつも通りで」
「かしこまりました」
するとアデルナと入れ替えに、スティーリアとヴァイオレットがおりて来た。そしてスティーリアが俺に言う。
「話し声が聞こえたものですから」
「ああ。寝ているところごめんね」
「いえ。何をなさっていたのです?」
「アンナの見送り」
「なるほどでございます」
すると二人の後ろからルイプイとジェーバが現れる。マグノリアも一緒だった。マグノリアの世話をルイプイとジェーバに任せているのだ。
「おはよう」
「「「おはようございます!」」」
三人は俺より遅く起きて来た事で恐縮しているようだが、とにかく気を使わないでほしい。
「マグノリア。少しは慣れた?」
「はい。眠れるようになりました」
「良かった。まだゆっくりしていていいからね」
俺がそう言うとマグノリアが前に出て言う。
「いえ。なにかお手伝いを!」
と言ってもマグノリアが何を出来るのか分からない。だがリンクシルがマグノリアに言った。
「村の料理はどうかな!」
マグノリアはもじもじしながら言う。
「あの、東スルデンの田舎料理なんて口に合うかどうか」
だが俺はそれを遮って言う。
「いいよ! それやってみよう。私に教えてくれる?」
「あ、いいですけど」
そして俺はミリィに聞く。
「今、キッチンに行ったら迷惑かな?」
「いえ。聖女様が言えば迷惑など」
「なら行って見よう」
俺達はぞろぞろとキッチンに行く。皆は料理を作るのにバタバタしていた。ミリィが今日の当番長に向かって言う。
「ちょっとだけ厨房を貸してほしい」
「はい。それでは奥があいております」
流石に王族の邸宅だけあって、厨房も一つではない。奥の厨房があいているというので、俺達が奥へ向かって行く。そしてマグノリアに聞いた。
「何がいる?」
「えっと、豆と動物の肉と塩。塩漬けの干し肉と玉ねぎと、あとハーブ」
それを聞いたミリィがせっせと材料を取り揃えていく。マグノリアは包丁でそれを斬って鍋に放り込んでいった。塩やハーブは目分量で加え入れていく。
「あと、水を」
と言われたので、俺が魔法で鍋に水を注いだ。それを見たマグノリアは驚く。
「凄い」
「魔法使いなら結構出来ちゃう人はいるよ」
「村では見たことなかった」
「そうかそうか」
マグノリアは窯に薪をくべて火をつけた。そして最後に大量の豆を入れて、その鍋を窯に乗せた。
「後は煮込むだけ」
「なるほど、じゃあ一旦待つ事にしよう」
「私は火加減を見てる」
マグノリアが言うのでルイプイとジェーバがマグノリアにつくという。俺達が食堂に戻る時に、リンクシルが俺に言って来た。
「あの、私は修練をしたいので出てもいいですか?」
「あ、どうぞどうぞ」
「師匠に怒られます」
「そうだね。厳しいもんねアンナ」
「はい」
そう言ってリンクシルも外へと出て行った。俺とミリィとスティーリアとヴァイオレットが、食堂に集まって一息つく。
スティーリアが言った。
「だんだんと賑やかになってきて楽しいですね」
「ああ。そうだね、だけどマグノリアはまだ本調子じゃないんだ」
「そのようです」
「元気になってくれると良いんだけどね。村の事が解決しない事にはね」
「時間がかかりそうですね」
「そうだね」
俺達が待っているとキッチンの方からメイド達が料理を運び始めた。ミリィはリンクシルを呼びに行き、スティーリアとヴァイオレットは料理を運ぶのを手伝いに行った。
俺は一人広い食堂で、料理が並んでいるのを見ていた。
…マグノリアを救うには弟を解放する事が一番か…。でも流石に仮想敵国に攻め入るわけにはいかないしなあ。王宮が罪人だった子の家族を救うとは思えないし。
そう考えると俺の気持ちも暗くなってくる。あんないい子の笑顔が見れないのはとても辛い。後はアンナが考えている策に賭けるしかない。
マグノリアとルイプイとジェーバが鍋を持ってくる。
「おっ! 出来たんだ!」
「はい」
マグノリアは鍋を開けて、皿に料理を盛り付けていくのだった。その料理はマメがふんだんに使われていて、肉と一緒に煮込まれただけの素朴な料理だ。確かに田舎料理と言うのにふさわしかった。
皆が席についたので俺が挨拶をする。
「女神フォルトゥーナに感謝を捧げいただきます!」
簡素な挨拶だ。そして皆が料理に手を付ける。俺はマグノリアの料理にいち早く匙を付けた。
パクッ。 うんま!
「美味しい!」
俺が言うと、ミリィやアデルナやスティーリア達も言う。
「本当ですね! おいしい!」
「食べたことが無いです」
「素朴で、でも元気が出ますね!」
メイド達にも皆好評だった。俺はマグノリアに言う。
「こんなにおいしい料理を作れる子に悪い子はいない。マグノリアは本当にいい子。だから私は誓う、あなたの弟は必ず救う。だから信じていてね」
マグノリアは涙ぐんで俺に頭を下げた。
「ありがとうございます…ありがとうございます…」
無理難題ではあるが、なんとかしねえとダメだ。こんないい子が泣きっぱなしって言うのは、俺のプライドが許さない。必ず道は開けるはずだ。
俺はひそかに決心を固めるのだった。
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