第111話 マグノリア釈放

 こんなにすぐに騎士団の屯所に来るとは思っていなかった。


 ミラシオンがまとめた帝国との捕虜引き渡しの件で話は終わるはずだったが、その後のルクスエリムとの話でマグノリアの保釈が決まったのだ。


 既に騎士団への根回しは終わっており、俺はルクスエリム直々の書状を持ってきている。だが今回は、前回とは違いかなりの厳戒態勢が敷かれていた。口封じの為にマグノリアが消される可能性もあるためだ。ぞろぞろと騎士団が周りを囲んでおり、俺の前に騎士団長のフォルティスと副団長のマイオールがそろっていた。


 おっかない雰囲気のフォルティスまでが来ているため、俺もいささか緊張する。しかも孤児救出の帰りに遭遇しているので、声でバレやしないかとひやひやしていた。


 厳しそうな顔でフォルティスが言う。 

 

「聖女様。どんな話があったか分かりませんが、何故こうなったかを聞いても?」


 俺はとりあえず、黙ってフォルティスにルクスエリムの書状を出した。


「ふむ。確かに王、直々に指示が出されておりますな」


 流石に喋んないといけないよな。


「はい。既に事情聴取も終わり、彼女の罪は不問にされております」 


 するとフォルティスが首を傾げた。


「‥‥‥」


「ど、どうされました?」


「最近、私とお会いしましたか?」


「いえ。お久しゅうございます」


「…ですな。失礼いたしました」


 やっぱり只者じゃない。俺の声を覚えていた。


「と、とにかく! 王の勅命によりマグノリアは引き取ります」


「わかりました」


 今は騎士団屯所の応接間のような所で話をしていた。俺の後にはアンナとスティーリアが立っている。俺が座りその対面にフォルティスが座って話をしていたのだった。その周りを騎士達が取り囲んでいるのだった。


 そして俺が言う。


「それで、段取りは問題ないですか?」


「問題ないです」


「では」


 俺が立ち上がるとフォルティスも立ち上がった。騎士達と共に地下牢へと歩いて行く。マグノリアの居る牢につくと、マグノリアが中央に座っていた。突然たくさんの人間が来て怯えているようだが、俺が騎士団の間を分けて前に出ると少しほっとするような表情をする。


「マグノリア。迎えに来たよ」


「えっ! 迎え?」


 そして牢の番をしていた騎士が言う。


「出ろ!」


 ガチャリと牢の扉が開居たので、逆に俺が牢屋に入って行く。するとフォルティスが声をかけて来た。


「無防備過ぎやしませんか?」


 マグノリアは手枷足かせをしていない。飛びかかろうと思えばいつだって飛びかかれた。


「問題ありません」


 そして座っているマグノリアに手を差し伸べる。


「行こう。こんなジメジメしたところはあなたに似合わない」


「あの? いいの?」


「もちろん」


「でも、私のせいで聖女が死にそうになったのに?」


「マグノリアがやろうと思ったわけではないでしょ?」


 俺が言うとマグノリアがコクリと頷いた。そして俺が続ける。


「もう偉い人達がいろいろと動いるからね、マグノリアのやれることはもう終わった。だから一度私が引き取る事になったんだ」


「ほ、ほんと?」


 俺は笑って頷いた。するとマグノリアがポロポロと泣き出した。


「なんで、なんでよくしてくれるの? わたしのせいで死にそうになったのに」


「ん? 私はこうしてピンピンしているよ」


「う、うん。うん」


 俺がマグノリアの肩に手を回し連れていこうとすると、マグノリアが言った。


「あの! これも持って行く!」


 そう言ってマグノリアが拾い上げたのは、俺がプレゼントした可愛い女の子のワンピースだった。それを大事そうに懐に抱えている。


「もちろん。持って行って良いよ」


「うん」


 そして俺とマグノリアは牢屋から出た。するとフォルティスが俺に言った。


「あなた様は本当に偉大なお方だ。帝国を追い払い、騎士団の傷を治し、市民の病を癒して、自分の命を脅かすきっかけになった者を救うとは…」


「いえ。たまたまです」


 するとフォルティスの目の奥がギラリと光ったように感じた。


「最近、南方にお出かけになる事は無かったですかな?」


 ギクゥ! 何か気づいた?


「いえ。最近はめっきり聖女邸にこもりきりで、出かけると言えば王宮に行くくらいでしょうか?」


「そうですか。聖女様は御存じないと思うのですが、南西のある山脈に巣くっていた大きな盗賊団が壊滅していたのですよ。ギルドに尋ねてもそんな討伐依頼は出ていないと。そしてその途中の村で聞いたのです。なんでも、王都方面から来た商人が村人の不治の病を治していったと」


 げっ! やっぱ怪しんでる。


「あー、そうなのですね? 世の中には正しい行いをしたい人がいるものです。きっとどこかの腕の立つ英雄様が、村人を不憫に思ってやったのではないでしょうか?」


「ふっ。まあ…そう言う事でしょうな。神業級の回復魔法を駆使する英雄様がきっとおられるのでしょう」


 あー、バレてんなこれ。


「そう思います」


 するとフォルティスが憎めない顔をして笑い、マグノリアに告げる。


「そなた。そなたは本来、首を刎ねられていたのだ。だが、そなたの持つ幸運により、稀代の英雄に拾われる事になったようだ。これからそなたが聖女を裏切れば、この国はそなたの敵になると覚えておくがいい」


 だが、それに対し震えていたマグノリアがはっきり言った。


「わたしは! 裏切りません! 命の恩人を裏切ったりはしません! わたしのお父さんお母さんの教えです!」


「うむ。良い教えだ。ならば後は何も言わん。聖女様について行くがいい」


「はい!」


 そして俺がマグノリアに言う。


「いい? 私の後を使用人のようについて来て、帽子は脱がないように」


「はい」


 俺に続き、スティーリアとアンナの後をマグノリアが歩きだす。地下一階から明るい一階に出ると、マグノリアが眩しそうな顔をした。


「陽の光だよ」


「うん!」


 俺はフォルティスに深く礼をして言った。


「騎士団長のご指導が行き届いておるようです。騎士団はマグノリアに酷い事をしなかった。私はこの国の第一騎士団を誇りに思います」


 それを聞いたフォルティスが、剣を胸の前に持って来て言う。


「陛下の騎士にそんな恥ずかしい者はおりません」


 そう言ってマイオールに言う。


「そうだな? マイオール」


「は! 聖女様に指示をもらった事はきちんと遂行しました」


「お前は…堅いなあ」


 フォルティスが苦笑しながら言う。


「は?」


「まあいい。それでは聖女様、護衛は普段通りと言う事でよろしいですね? マグノリアは本当に馬車に乗せずに、そこの女騎士と一緒に馬で?」


「それで問題ありません」


「わかりました」


 騎士団屯所の外に出ると、マイオールと騎士数人がついて来るだけだった。いつも通りの聖女の視察と何ら変わらないようにしてもらう。馬車に乗り込むのが増えれば、人を連れ出した事がバレる為、俺とスティーリアだけが乗り込んだ。


 アンナが駆る馬には、皮の鎧を着た騎士のような姿の人間がもう一人乗っている。もちろんそれはマグノリアの変装だった。マグノリアは冒険者のような恰好をしてアンナと馬に乗っていた。


 マイオールが言った。


「出発!」


 そして俺達が乗る馬車は、聖女邸へと向けて出発した。俺が馬車の窓からマグノリアを見ると、晴れ晴れとした表情をしていた。その表情を見るだけで俺の心は癒された。


 都市部では何事も無く、無事に聖女邸に到着した。マグノリア保釈の情報はどこにも流れていないようだ。もし流れれば、刺客が送られるかもしれないからだ。聖女邸の玄関を潜りドアを閉める。


「マグノリア!」


 聖女邸の奥からリンクシルが走ってきて、マグノリアに抱きついた。それを見てアンナがリンクシルをギラリと睨み言う。


「聖女の前だ」


 いやいや。それを言うなら副団長の前だ、でしょ。


 俺はアンナに言う。


「いいよ。やっと幼馴染が触れ合えたんだ。今日は一緒に居ると良い」


「わかった」


 それを見ていたマイオールが言う。


「聖女様は…なんというか、慈愛に満ちておられる。幼馴染を会わせるために、王に直談判する人を初めて見ましたよ」


 だって可哀想じゃん。しかも二人とも可愛い女の子だし、離れ離れなんてかわいそうだ。


「どうでしょう? 何も目論見が無いわけでもありませんよ」


「そうですか。わかりました。そう言う事にしておきましょう」


 暑っ苦しい男が感動している様は余計に暑苦しい。ウザいからそろそろ帰ればいいのに。


「とにかく今日は疲れました」


 早く帰るように差し向ける。


「失礼いたしました! では私達は戻ります!」


「今日はありがとうございました。いろいろと心配をおかけしますね」


 俺が声をかけると、マイオールが少し頬を赤くして礼をする。なぜか俺の背筋にはゾゾゾと鳥肌が立つのだった。踵を返して騎士達が出て行ったので、俺は側にたっていたミリィに言う。


「お風呂は用意できてる?」


「はい」


 俺はマグノリアに言った。


「一緒にお風呂に入りましょう? もう冷たい水で体を拭くのは嫌でしょ?」


「えっ? お風呂?」


 するとリンクシルがマグノリアに言う。


「そっ! すっごいおっきなお風呂。気持ちいいんだよ!」


 するとマグノリアがまたポロポロと涙を落とす。


「こんな、こんなわたしの為にありがとうございます」


 リンクシルがマグノリアの肩を抱いて、頭を撫でている。それを見て俺達はにこやかに見つめるのだった。

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