第110話 王との密約

 全ての話が終わった後で、俺はルクスエリムに呼び出された。貴族や大臣たちは帰されて、騎士達も通常の業務に戻るため解散となる。スティーリアとバイオレットは、王宮の事務方と話をすることになって別室へと移動した。アンナはそのまま謁見の間に残り、バレンティアと近衛騎士数人もそこに残った。


 もしかしたら公の場で、いきなり孤児学校の事を切り出したのを怒られるのかもしれない。


 俺が王の私室に行くと、そこにまた王直属の諜報員がいた。


 唐突にルクスエリムが俺の前のテーブルに書簡を広げる。


「これは捕らえた、テイマーが話した事で間違いないな?」


 広げられた書簡は俺が宮廷の文官に書かせた書簡だった。一応はきちんと届いたらしい。


「はい。たまたま、うちの使用人も同じような境遇だったようです。その男は恐らく同一人物かと思われます」


「なるほどの」


 そしてルクスエリムはチラリと諜報員を見た。すると諜報員が話を始める。


「恐れ入りますが、よくぞそれを突き止められた」


 いやいや。偶然なんだけどね。


「たまたまです」


「…我々の密偵が掴んだ情報にも類似の人物がおりました」


「と、言う事は…東スルデン神国?」


「そうです。聖女様が何処まで掴まれているのかは分かりませんが、特殊な情報筋でもお持ちなのでしょうか?」


 いやいや。本当にたまたまだったんだけど。俺…何か疑われている?


「恐らくは、女神フォルトゥーナのお導きによるものでしょう。本当に偶然知った事なのでございます」


「そうですか。聖女様がそう言うのであれば、それは誠なのでしょう」


 だって本当にそうなんだもん。


「間違いございません」


「では」


 と言って諜報員がチラリとルクスエリムを見ると、王は黙ってうなずいた。多分話しても良いと言う事なのだろう。


「これを知っているのは騎士団の一部と、聖女様の護衛となります。他に知る者は?」


「いません」


「であれば他言無用でお願いします」


 だが俺は、それを知っている人物に気が付いた。


「あ、後はそれを記した文官。彼がその事を知っているかと」


「それでしたら問題ありません」


「でしたら結構です」


 今の話の流れであれば、文官は口封じに監禁されたとか? だが俺はそれ以上、推測で話す事はしなかった。だが諜報員が続けた。


「この度の聖女様の働きは素晴らしいものです」


「働き?」


「これで諜報部も一本に絞れそうです」


 そう言う事か。調査に浮かび上がった奴と、俺が知った情報がたまたま重なったと言う事らしい。


「そうなのですね」


「はい。この男は完全にノーマークでした。名前は出ていたが捜査の中で浮かび上がる事は無なかった。ですが、聖女様からの情報によって、この男が浮き彫りになって来たのです」


 俺は絶句する。


「なんと…」


 するとルクスエリムが口をはさんだ。


「そう言う事じゃ。そのおかげでわしの虎の子も無駄に人員を消費せずに済みそうでな」


「貴重な人材が死ぬのは良くありません」


「聖女の言う通りだ」


「とにかくお役に立てて良かったです」


「じゃが」


 ルクスエリムの雰囲気が変わった。やっぱり怒られる?


「はい」


「あまり深部まで入ると危険じゃ。護衛は雇っておるようじゃが、すぐに騎士団でも出張させようと思うとるよ。どうかの?」


 うぇぇ! 男のむっさい騎士が聖女邸に出入り? そいつはダメダメ!


「恐れ入ります。ですが、そうなればかえって造反の貴族を刺激するのでは? 陛下直属の騎士が聖女邸に護衛に入れば、おのずと国内を疑っている事がバレます」


 ルクスエリムが少し考え込んでから言った。


「言う通りじゃ…」


「ですが危険な事は確かです」


 俺はチラリと諜報員を見る。すると諜報員が言った。


「諜報部は表立っては動けません」


「ですよね。なので一つ検討していることが御座います」


 ルクスエリムが髭を触りながら聞いて来る。


「なんじゃ?」


「番犬を飼おうかと」


「番犬? そんなもので守れるのか?」


「そうですね。ちょっと語弊がありますね。強い魔獣を使役しようかと」


「強い魔獣じゃと! そんな事を出来る者がおるのか?」


「はい」


「まさか…」


 そこで俺はニッコリ笑って言った。


「私への刺客であった罪人をお貸し頂けませんか?」


「なにを…あれは聖女の命を狙ったのじゃぞ」


 すると俺の代わりに諜報員が答えた。


「恐れ入りますが陛下。あれの意思ではございません。あれは、魔獣をヒストリア国内へ入れただけでございます。直接の襲撃班は他にいるかと」


「それは分かっておるが、野の者を聖女に近づけるなどならんぞ」


 だが俺は食い下がった。


「彼女は私に懺悔しました。そして私の傍らには特級冒険者がついております」


「しかし…」


「あの者は悪ではありません。女神フォルトゥーナが私に囁くのです。彼女を導けと」


 まあこれは、口から出まかせだけど。


「フォルトゥーナ様が…」


「はい」


 しばらく考え込んでいたルクスエリムだったが、諜報員に向かって言った。


「手配せよ。じゃが危険と判断したら取りやめだ」


「は!」


 俺は深々とルクスエリムに礼をした。


「ありがとうございます」


「うむ。分かったのじゃ、だがここにもう一つ許可しておこう。もし身の危険を感じた場合は、あの罪人を斬り捨てよ」


「かしこまりました」


 俺はルクスエリムに手を掴まれて、身の安全を第一にと懇願された。俺はニッコリと笑ってルクスエリムに誓うと伝える。俺はマグノリアを、どうやって牢屋から連れ出そうか考え始めるのだった。

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