第108話 武人からの手紙
種はまいた。マグノリアとリンクシルが知り合いだったのは嬉しい誤算だったが、そのおかげで新たな情報を得る事が出来た。王宮の文官に調書を依頼し、ルクスエリムに届けてもらうように依頼する。あとは芽が出るのを待つこととなる。
俺達が聖女邸に帰ると、ミリィが俺に手紙を渡してきた。どこからか手紙が届いたらしい。
「ありがとうミリィ」
「はい」
手紙の宛名はミラシオン伯爵だった。きちんと封蝋でとめられており、美しい書体でサインがされている。俺はすぐに書斎に戻って、レターナイフでその封蝋を剥がし手紙を取り出す。手紙に目を通すとそこには帝国との話し合いの件が記されていた。イケメンのくせに無駄に文字が綺麗だ。ウザい。
俺が手紙を読むそばで、ヴァイオレットが静かに仕事をしている。
「なるほど」
俺が言うとヴァイオレットは顔を上げて、眼鏡の下から俺を覗き込むようにして聞いた。
「どうされました?」
「捕虜返還について王城で一緒に話を聞いて欲しいってさ」
「左様でございますか、進展があったのですね」
そう言えば俺はヴァイオレットに聞きたいことがあった。
「話変わるけどさ、騎士団の屯所で王宮文官に会ったよ」
「えっ」
ヴァイオレットの表情に陰りが出る。嫌な事を思い出させてしまったらしい。
「ごめん。忘れて! そいつに書簡を頼んだってだけ。終わり」
だがヴァイオレットの方から話してくる。
「どんな方でした?」
「神経質そうな奴で、ビクビクしてたかな」
「なんと無く分かります」
「そいつがヴァイオレットに何かをしたやつ?」
「いえ。彼は見て見ぬふりをしていました。恐らくは知っていたと思いますが」
「私からしたら同罪」
「まあ、実害は無かったと思います」
「そう。ごめんね、嫌な事を思い出させて」
「いえ。むしろいろいろ聞いてください。もしかしたら王宮文官も利用価値があるかもしれませんし」
「ま、ヴァイオレットが嫌な思いをしない程度にね」
俺は再び手紙に目を降ろす。そこにはミラシオンが王室に訪問する日取りが書いてあった。いずれにせよ聖女財団の基金の使いかたが変わるし、もし捕虜返還が終われば今度はミラシオン伯爵からの返済が来る。
「もし捕虜返還の話が終われば、お金の流れが変わる」
「はい。憂慮する事が増えそうですね」
「そうだね。そろそろ聖女邸も、仕掛けていかなきゃいけないところに来ちゃったみたい」
「私は死ぬまでついて行きます」
「ありがとう」
ヴァイオレットがとっても嬉しい事を言ってくれた。俺に一生ついて来てくれるらしい! なら俺はヴァイオレットを側室として迎えねば! うひひ! 好き!
俺がこっそり鼻の下を伸ばしていると、そこにスティーリアが戻って来た。
「どうされました?」
「い、いや。ミラシオン卿から手紙が来てね、帝国捕虜について王室に話に来るらしい」
「なるほどでございます」
「聖女財団の金がこっちに流れて来るかもしれない」
「そうですか。いろいろと難しい事がありますね」
「そうだよね」
俺が英雄として奉られている時は良かったが、俺を良しとしない貴族達がそろそろ動いてきそうだった。となると聖女基金について変な横入れが来そうだ。恐らくは今までは建前で付き合っていた反王室の一派が、手のひら返しをしてきそうな気がする。
ミラシオン卿がどっち派なのか知らんが、もし反王室ならばそれも問題がある。まあルクスエリムに忠誠を誓っているミラシオンに限っては杞憂だろうが。
「聖女邸としてもはっきりと意向を提示していかねば。孤児院学校なんて面白くないと思う貴族も多いだろうし、そもそもが王室だってそれを良しとしてくれるか分からない」
まあルクスエリムは、俺に寝返られるのを恐れて許可するだろう。もちろん俺としてもその感情を利用して思う存分、王の力を使って動くつもりだ。そして俺にはもっと基盤を盤石にするための考えがあった。
俺はスティーリアに言う。
「真面目なスティーリアには面白くない事かもしれないけどいい?」
「なんでしょうか?」
「教会を買収するよ。力のある枢機卿に金を掴ませてこっちについてもらう」
真面目なスティーリアは少し驚いたような表情で俺を見る。
「は、はい。聖女様がそうされたいのであれば、私は従うのみでございます」
「そしてミラシオン卿は私に借りがある。彼には私の後ろ盾についてもらう事にする」
「はい」
「今までは王室からの給金だけでやりくりしてたけど、聖女財団のお金も有効に運用していかないとね。ミラシオン卿からの返済金だけでは足りないだろうから、王派の貴族達のまとめ役達を懐柔していくしかない」
「わかりました」
スティーリアがキリリと礼をする。そして俺はヴァイオレットにも言う。
「ヴァイオレットもそのつもりで」
「はい」
王派の貴族のまとめ役と言えばアインホルン卿。すなわちバレンティアのお父さんだ。と言う事は息子のアイツにも接触をしなければならない。そう思っただけでゲロが出そうになる。
「ふう」
俺がため息をつくと、スティーリアが俺の背に手を回す。
「あまり気負わずに」
「政治は嫌いだけど、皆の幸せの為にやらなきゃ」
「はい」
いよいよ大きな事が動き出しそうな予感に、俺は気合が入って来た。前世のヒモ時代はこういう重圧が嫌いで逃げたが、この世界では逃げない。俺は聖女としての役割を全うし、さらにこの世界の女達の地位を向上する。
最終目標は、危うい立場のソフィアを救わねばならない。もし万が一、反王派が敵国に国を売る事があるとしたら、ソフィアは政略結婚の駒として使われるだろう。俺はそれを全力で阻止する必要がある。
至って私的な動機ではあるが、恐らくはそれが俺が幸せになってほしい人達の幸せになる。
そして俺は思い立ったように二人に言った。
「そういえば! 番犬を飼おうと思ってるんだ」
「番犬でございますか?」
「アンナとも話合ったんだけど、とにかく護衛が必要でしょ? 男の騎士は信用ならないから」
だがスティーリアが言った。
「動物を飼ったことがある人がいるのですか?」
「いない。まあ御者が馬の面倒を見てるくらいかな?」
「どうするのです?」
「今の所、未定だけど動物使役のエキスパートから手ほどきを受ける予定だよ」
「…わかりました。まったく…聖女様は奇想天外でいらっしゃいます」
そうかな? 前世ならド―ベルマンを敷地で放し飼いにするお金持ちがいたけどな。つーか、この世界にド―ベルマンっているのかな? よくよく考えたらアンナときちんと話を詰めないといけない。
「まあ、そのうち分かるよ」
そして俺達は話を終えた。俺が書斎から出るとミリィが軽く礼をする。
「お着替えを」
「ありがとう」
そして俺は一日の公務を終えるのだった。
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