第107話 傷とトカゲの入れ墨

 リンクシルとマグノリア、二人の共通点は東スルデン神国だった。リンクシルは人さらいに連れてこられ、マグノリアは弟を人質に取られてワイバーンを連れて来る事を強制された。


 俺が聞く。


「二人は幼馴染?」


 するとリンクシルが言った。


「うちら獣人は森に住んでるんだけど、魔獣を使役する力があるマグノリアは良く森に入っていたの。だから知っていた」


「そうなんだ」


「うん」


 するとマグノリアも言う。


「森では獣人に良くしてもらったから、その時にリンクの事は知ってた」


「そうなんだ」


 なんと言う数奇な運命だろう? そんな二人が俺のもとにやって来るなんて。


 そしてマグノリアが聞いた。


「リンクは知ってる?」


「なにを?」


「パトリアがどうなっているか?」


「私が連れてこられる前までは、まだあったよ」


 俺がマグノリアに聞く。


「パトリアとは?」


「あたいがいた村」


「もしかしたら弟さんが人質に取られた村?」


「うん」


「もしかして弟さんだけじゃなく、村人も人質?」


「そう」


 なんと。村ごと人質にするとなると、個人的な犯罪ではない。間違いなく国がらみだろう。


「そこから連れてこられたんだ」


「うん。頬に傷がある男があたいを連れて来た」


 それを聞いたリンクシルが驚いた。


「頬に傷がある男?」


「うん」


 するとリンクシルが俺に向かって言う。


「私の村を襲った男のボスも頬に傷があった」


 俺がリンクシルに聞く。


「その男は何者か知ってる?」


「しらない。突然軍団を連れて来て襲ってきたの」


 偶然の一致だろうか。もちろん頬に傷のある男など、いたるところにいるから同一人物とは限らない。


「他に特徴は?」


「目が鋭くて、変な武器を使うの」


「変な武器?」


「うん。細い剣も使うけど、このくらいの大きさで、バン! て」


「もしかしたら火を使う?」


「うん。煙が出た」


 マジか。短銃とか使ってるって事かな? この世界じゃ珍しい気がするけど、東スルデン神国の陶器はヒストリア王国よりも優れていた。もしかしたら神国は技術が発展しているのかもしれない。


「他には何か?」


「入れ墨をしてた」


 それを聞いたマグノリアも言った。


「入れ墨? 私を脅した奴もしてた」


「もしかしたら、トカゲの入れ墨?」


「そう」


「一緒かも…」


 確かにそこまで一致してくるとなると、同一人物の可能性は高い。俺はくるりとマイオールを振り向いて言った。


「調書を」


「は!」


 マイオールが騎士に目配せをすると、騎士が外に出て行く。


「もう一度、同じ話を出来る?」


「うん」

「うん」


 そしてしばらくすると、文官らしき男がやって来た。丸眼鏡の神経質そうな男だった。


「文官?」


 俺が聞くとマイオールが言う。


「王宮から派遣された文官です」


「宮廷の?」


「はい」


 もしかしたらこいつがヴァイオレットにセクハラしたやつじゃねえだろうな。俺はぎろりと文官を見た。


「は、あ、あのなにか?」


 物凄く線が細く、今にも途切れそうな小さな声で答えた。


「ヴァイオレットを知っているか?」


「はい。聖女様の元へといかれましたよね」


「話したことは?」


「二、三言。ほとんど接点はありませんでした」


「そう」


 それよりも、今は重要な手掛かりの調書をとってもらう必要があった。


「調書を取り、それを私と王宮へ二通用意しなさい」 


「は!」


 宮廷の文官はリンクシルとマグノリアに質問をしながら、当時の状況と頬に傷のある入れ墨の男について詳細を詰めていくのだった。もう一度話しても内容が同じなので、恐らく二人の言っている事は本当の事だ。


「ではまとめなさい」


 俺が文官に言うと、文官はそそくさと二通同じ文章を書いた。


「では一通を私に、もう一つはルクスエリム陛下へ」


「はい!」


 思わぬ収穫だった。実は俺はこれが目的で来たわけではないのだが、まさかの事に本来の目的を忘れるところだった。


「では調書は以上、下がって良い」


 俺が冷たく言うと宮廷の文官はそそくさと出て行った。ちょっと厳しい一面を出したら、マグノリアとリンクシルがびくついている。


 するとアンナが言う。


「リンクシル。これが聖女だ。舐めた口を聞くなよ」


「も、もちろん! 舐めてなんかいないし!」


 だが女の子に怖いなんて思われたくない。


「怖くない。仕事だからね」


「う、うん」


 そして俺はマグノリアに向き直る。


「あの、魔獣の使役って難しいの?」


「は?」


「いや。魔獣の使役って難しいのかなと思って」


 するとマグノリアは少し考えて言った。


「あの…。力が無いと出来ないです」


「そうなんだ。馬とか犬とかを手懐ける、もしくは言う事を聞かせるくらいで良いんだけどな」


「そ、それは心を通わせればいい」


「心を通わせる?」


「怖いと思わず心を許す。だけど、自分が上だと示す必要があるよ」


「どうやれば?」


「うーん。口では説明できないけど、やる事はたくさんあるから」


 俺は少し考えてから、マグノリアに言う。


「あの、時間をかけてもいいから、一から教えてもらえないかな」


「わかりました」


 するとアンナが俺に言う。


「そんなことを聞いてどうするんだ?」


「番犬を飼おうと思ってね」


「番犬? 犬?」


「そ、犬。もしくは犬に準ずるなにか」


「…おもしろいな」


「でしょ」


 俺の話を聞いたアンナも、腕組みをして考え始めた。目の前のマグノリアを見ながら、何かを思いついたようだった。


「マグノリア。お前はワイバーンを使役してたんだってな」


「う、うん。ずっと仲良しだったから」


「凄腕だ」


「そ、そんな事無いけど」


「そんな奴みたことないぞ」


「じゅ獣人でも、出来るのは私だけだったから」


「なるほどな」


 そんな話をしていると、マイオールから言われる。


「恐れ入ります、聖女様。面会の時間はそろそろ終了です」


「あ、わかりました。それではマグノリア、また来ますね」


「はい」


 リンクシルがマグノリアの手を取って言う。


「きっと聖女が何とかしてくれる」


「う、うん」


 そして俺達は牢屋を後にし、聖女邸へと帰るのだった。

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