第105話 ギルドへ依頼

 俺はアデルナと一緒にギルドに行く事にした。アデルナがギルドマスターのアポを取りつけてきたからだ。もちろん聖女からの手紙を持参し、有無を言わさず時間を空けてもらったみたい。


 俺はリンクシルに向かって言う。


「私とアデルナを護衛するのが仕事。アンナは私を護衛するついでだから、リンクシルが皆を守ると言う感じかな」


「はい」


 するとアンナがリンクシルに言う。


「肩の力を抜け。早々揉め事はおきない」


「でも、この前のような事があれば」


 この前の事と言うのは、裏路地で荒くれものに襲われた時の事を言っている。


 俺はリンクシルに言った。


「王都で聖女邸の馬車を襲う人間はいないよ。そもそも、王宮の怖ーいおじさん達が、我々をいつも監視しているし」


「わかった! 頑張る!」


「まあ仕事は無いかもしれないけど、いざとなったらよろしくね」


「わかった!」


 リンクシルが張り切っているが、王都で聖女の馬車が襲われるとなったらよっぽどの事だ。


 するとアデルナが俺に言う。


「それではまいりましょう」


「はい」


 そして俺とリンクシルとアデルナが馬車に乗り込んだ。アンナは俺達とは別の馬に乗ってついて来る。いつもなら俺の側にアンナが座るが、より護衛を完璧にするためにアンナは外を行くと言ったのだ。リンクシルが俺の隣りに座っていた。


 アデルナが御者に言う。


「出して頂戴」


「はい」


 聖女邸では御者も全て女だ。女が手綱を握って馬車を動かしている。男は信用ならんからな!


 聖女の馬車が邸宅を出ると、これまた女の手によって門が閉められた。本当ならば窓から外を眺めたいところだが、矢を射かけられてはまずいと言う理由でカーテンを降ろしていた。


「リンクシルはギルドは初めてだったね」


「はい」


「冒険者とか、居て面白いよ」


 それを聞いたリンクシルは体を固くする。


「リンクシル。緊張すると本当の力が出せないよ、ちょっといいかな?」


 俺は魔法の杖をリンクシルにかざして、癒しの魔法をかけた。それで少しは落ち着いてくれると良いのだが、まあ初めての護衛となれば緊張するのも仕方がない。


 ほどなくしてギルド本部に到着する。アンナが馬を繋ぎ俺達のもとに来て馬車の扉を開けた。俺達が馬車を降りると、周囲の視線が一気にこっちに集まって来る。大通りに堂々と出てきたのは本当に久しぶりだったので、聖女が現れた事に皆が驚いているようだ。


「みんな見てる」


 リンクシルがきょろきょろしながら言った。


 するとアデルナがリンクシルに言う。


「王都で聖女様を知らない人はいないのよ」


「そ、そうか」


 するとアンナがリンクシルに言う。


「堂々としていろ。聖女の護衛だぞ」


「う、うん!」


 そしてリンクシルが背筋を伸ばした。彼女には男が着るような服を着せているが、普段のリンクシルはどちらかと言うと露出が多い。その方が暑くなくてすごしやすいのだとか。獣人は俺達より体温が高いらしい。

 

 ギルドの扉を開けると騒がしかったフロアが静かになる。そして冒険者達の視線が一気に俺達に集まった。そして一歩中に入るとざっと道が開く。


 アデルナが驚いたように言う。


「あら? 聖女様が来たからかしら?」


 だが俺は気が付いていた。皆の意識がアンナに向かっている事を。


「違うと思う」


 冒険者達はなぜか、アンナに目を合わせないようにしている。


 いったい…アンナはギルドでどんな存在だったんだろう? むしろこんなに避けられる理由を知りたい。


 その静寂を破り慌てて飛んで来たのは、眼鏡っこのギルド事務員ビスティーだった。


「こ、これは聖女様! こんなむさ苦しい所によくぞいらっしゃいました!」


「いえ。ギルマスもお忙しいのにすみませんね」


「いえいえ!」


 俺達は顔パスで奥へと連れていかれ、一気に上の階のギルドマスターの部屋に通された。扉の前でビスティーが言う。


「聖女様がいらっしゃいました!」


 すると中から、直々にギルドマスターのビアレスが扉を開いて言った。


「これはこれは! 聖女様。わざわざ恐れ入ります!」


「まあ、ギルドは中立の立場ですからね。ギルマスがちょいちょい、聖女邸に出入りしてるなんて知られたらあまりよくは無いかと」


「お心遣い感謝いたします。あ、アンナも良く来たね」


 ビアレスはアンナにも気を使っていた。


「ああ」


 そして俺達はソファーに座り、リンクシルが俺達の後ろに立った。俺達の前にビアレスが座る。ビアレスが立っているリンクシルを見て言った。


「ほう。なかなかの逸材ですな」


「分かるのですか?」


「これでもギルドマスター。幾多の冒険者をみてきましたからね、その者の力量はおおよそわかります」


「そうですか」


 ビアレスが俺に言って来る。


「聖女様は先日、王室に呼ばれたとか?」


「陛下と話をしてきました」


「なにかございました?」


「極秘事項ですので、お話は控えさせていただきます」


「あ、ああ。そうですな! すみません!」


「いえいえ」


「もしかしたら、今日はその事で?」


 なるほど、俺がルクスエリムと何かを話してここに来たと思ったのか。ちがうよーん。しかもビアレスはどっと額に汗をかいている。よっぽど焦っているのだろうな。


「違います。依頼をしに来ました」


「依頼ですか?」


 そう言いながら、ビアレスは内心ホッとしたようで、少し落ち着きを取り戻した。


「そうです」


「わざわざいらっしゃると言う事は、一般冒険者の手に余る内容ですかな?」


「そのとおり」


 ビアレスは冷静を装おうとしているが汗の量が半端ない。さっきからちらちらとアンナを見ているので、アンナに対して畏怖の念があるのかもしれない。また俺からどんな無理難題が出るのか、戦々恐々としているのだろう。依頼の前に俺はアデルナに目配せをした。


 アデルナが書簡をテーブルに広げて話し始める。


「ある方々の身辺調査をお願いしたいのです」


「は、はは。身辺調査ですかな?」


「そう。孤児達の行先も探せたギルドですから、お手のものではないでしょうか?」


 そしてビアレスが書簡に目を通して、あからさまに絶句している。


「これは…」


「はい。この三人の身辺調査をお願いします。その御家柄だけでなくどのような派閥に属しているか、そしてこの三人の交友関係をお願いします」


 その書面に記されている名前を見て、ビアレスがいささか疑問の表情を浮かべる。


「おそれいりますが、この方達の父親ではなく? 彼女らの交友関係?」


 それに対しては俺が答えた。


「そうです。その娘さん達の身辺調査を重点的にお願いします」


 するとビアレスは困惑して答えた。


「娘さん達をですか…。この前の孤児の洗い出しに伴って貴族達も警戒しています。今はなりを潜めているかと思いますが」


 それに対してはアデルナが笑って言った。


「ですが、それをするのがギルドなのですよね?」


「は、はは…それはそうですが、今はいささか情勢がデリケートといいますか…」


 ビアレスが躊躇したので、今度は俺が言う。


「そういえば。ルクスエリム陛下がいろいろと懸念されるかもしれません。私が危ない目に合った事も若干知っておいでのような…」


「わかりました! お受けいたしましょう!」


 そう言ったので、俺はニッコリと笑って言った。


「もちろん報酬はお支払いします。この書簡に書いてある事項を全て調べたら、ここに記載した金額をお支払いします」


「こんなに…」


「こんな情勢だからこそ、より高級な冒険者を動かす必要があるでしょう?」


「まいりました。それではこちらの書面をお預かりいたします」


「厳重に管理をお願いします。王室の怖い方々も暗躍していると聞きますので」


「ギルドに手を出す人はいませんよ。それに私もそれなりに腕に覚えがございましてな」


 するとアンナが俺に言う。


「そこそこ使える男だ」


 その言葉を聞いて、ビアレスが少し微妙な顔をするがすぐに持ち直した。


「では。期日までに情報を集めましょう」


「よろしくお願いします」


 そして俺が立ち上がると、丁度そこにビスティーがお茶を持ってやってきた。俺がビスティーに対して言う。


「あ、ごめんなさいね。良かったらギルドの事務さん達で飲んで」


「お帰りですか?」


「あまり長居するのは、お互いの為によくありません。ビスティーさんなら今度また聖女邸に来てください。美味しいお茶菓子を用意しております」


「はい!」


 ビスティーはキラキラと笑う。眼鏡を取ったら絶対可愛いタイプだ。うちのヴァイオレットと似たような雰囲気を持っている。


 そして俺達はギルドマスターに別れを告げて一階に降りる。俺達が下りていくと、また部屋が静かになって皆がこっちを見ないようにしていた。俺達は厳つい冒険者の中を、悠々と歩きギルドを後にするのだった。

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