第104話 武器屋にて

 俺達は繁華街を通り過ぎ、昼間だというのに薄暗いジメついた裏路地を歩いて行く。アンナがいるから安心して歩いていられるが、俺やミリィなら怖くて入れない場所だ。


 女騎士とそれに引きつられていく少年と町娘。一体周りからはどう見られているのだろう? 俺がそんな事を考えている時だった。案の定、荒事が得意そうな男達がぞろぞろと建物から出て来る。アンナも俺達もフードを深めにかぶっているので、顔はバレていないはずだが。


「おい。お前達、ここがどんな場所か分かってんのか?」

「女だてらに剣なんか持って、冒険者か何かかなぁ?」


 アンナが立ち止まり、俺達はその後ろに黙って立っている。どうすればいいのかよくわからない。とにかくアンナは何も答えずにそこに立っていた。すると焦れた男が言う。


「騎士さんよ。その町娘を俺達にくれよ」


 そう言って男が無造作に近づいて来る。するとアンナが剣の柄の部分で、男の腹を軽く小突いた。


 ドサ。


 男は声も無く倒れてしまう。ちょっと小突いただけのようだが、男は一瞬で腹を抑えうずくまる。


「このっ!」


 男達が怒声を浴びせようとした瞬間、その動作のおかげでアンナのフードがパサッと落ちた。


 その顔を見た男達は急激に顔色を変える。


「あ、あんたかい…。すまねえ、邪魔をした」


 男二人が倒れた男の両腕を持って、家の中に入って行くと他の男達も皆引っ込んでいった。


「行くぞ」


「あ、はい」

「はい」


 アンナが黙って進んでいくので、俺達がその後ろと黙って歩いて行く。路地をいくつか曲がって、まるで裏木戸のような扉のある建物についた。アンナはそこをトントン! と叩く。


 ‥‥‥‥‥


 何の返答も無い。アンナは無造作にその取っ手に手をかけて開くと、俺達に中に入るように言った。


「勝手にいいの?」


「大丈夫だ」


 俺達が中に入るとアンナが扉を閉めて、中にある椅子にドカッと座った。そして俺達にも座るように勧めてくる。そこは俺が想像していた武器屋では無かった。そもそもが武器がほとんど並んでいない。


 そして何事も起こらずにしばらく待っていると、建物の中からずんぐりむっくりの髭もじゃの男が出て来た。アンナを見て後ずさる。


「うお! なんだ!」


「待たせてもらった」


「あ、あんたか! びっくりしたぁ!」


「ノックはした」


「すまねえ。中て鉄を打ってたからな」


「いや。いい」


「なんだ? 今日は連れがいるのか?」


「ああ。武器を見てやってくれ」


「お嬢ちゃんにか? それともお兄ちゃんか?」


「…お兄ちゃんだ」


「わかった」


 そしてその男はリンクシルに近づいて、しゃがむように言った。すると腕の長さなどを指で図り始める。そして奥に行って鉄の塊みたいなものを何個か持って来た。


「これを持ってみろ」


「うん」


「重いか?」


「重くない」


「よし。じゃあこれは」


「重くも軽くも無い」


「よし」


 そして更に、カウンターの後ろから短剣を取ってきて言う。


「振って見ろ」


「こ、こうか」


 ビュン!


「筋はいいな。細いのに力はありそうだ」


 するとそれにアンナが答える。


「力はある。持ちの良い丈夫な武器を作ってもらいたいんだ」


「ほう。金はあるのかい?」


「もちろんだ。前金で白金貨で五枚、出来上がったら十枚持ってくる」


「ははは。随分と奮発するんだな、次の得物はなんなんだ?」


「かなりなもんだ」


「わかった。そうだな、あんたとは長い付き合いだ。受けよう」


 アンナは懐から財布を取り出して、白金貨を五枚ずんぐりむっくりの男に渡した。


「それに魔法を付与してくれ」


「ちょ、ちょっとまってくれ。ならミスリルじゃねえとダメだ」


「出来るだろう?」


 男は考え込むようにして言った。


「俺も儲けを出すためにやってるんだ。それじゃあちょっと厳しいな」


「なら。どのくらい足したらやってくれるんだ?」


「あと六枚ってところか」


「二十一枚か…随分キリが悪いな」


「しかたねえ。じゃあ五枚だ」


「二十枚か。わたしもアコギな事はしたくない。それで手を打とう」


「それにミスリルを手に入れるなら、後五枚ほど置いていってくれ。あんたを信用していない訳じゃねえが、これでトンズラされたら俺は大損してしまう」


「わかった。なら置いて行こう」


 アンナは財布から五枚ほどの白金貨を追加で渡した。そして男に向かって言う。


「しっかりたのむ」


「あんたの目は誤魔化せねえ。きっちりやらせてもらうわ、一週間たったら取りに来い」


「頼んだ」


 アンナが立ち上がって入り口に向かったので、俺達二人も男にコクリと頭を下げてついて行く。そしてまた裏路地を進んでいくが、もうあのごろつき達は出てこなかった。


 するとアンナが言った。


「聖女。普通の武器屋も見ていっていいか? そこでリンクシルに皮の鎧を買う」


「もちろん!」


 そして俺達はアンナについて大通りの武器屋についた。武器屋に入ると、所狭しと武器が並べられており剣や短剣や杖が置いてある。あとは壁に盾や皮の鎧があった。俺達はフードを深くかぶって店内を物色し始める。


「皮は調整が効く。大体で体に合いそうなやつを選ぶ」


「うん」


 するとすぐに店主が出て来た。


「いらっしゃい。鎧をお求めですか? 」


「そうだ」


「それではこちらのはどうでしょう?」


 するとアンナはそれを見て言った。


「新品などいらん。中古で馴染みやすいのがいい」


 店主は途端に詰まらなそうな顔をした。だがアンナはそれに取り合う事はない。


 リンクシルが言う。


「じゃあこれを着てみる」


 するとアンナが店主に言う。


「便所をかせ」


 チッ


 軽く舌打ちをしたようだが、アンナは聞いていないようだった。


「その奥にある。勝手につかってくれ」


 そしてアンナとリンクシルがトイレに行って戻って来た。


「これにする。いくらだ?」


「金貨一枚」


「は? 馬鹿をいえ。こんなボロボロがそんな値段するものか!」


「どうせ駆け出しだろ。冷やかしなら帰んな」


 アンナが首を左右に振ってコキコキ鳴らす。そしてフードを取って店主を睨みつけた。


「冗談なら、今のうちに謝れば許す」


 主人の表情が一瞬で変わった。


「も、もちろんでさあ! 冗談を分かるなんてなかなかセンスがいい! 銀貨七枚でいいです!」


「五枚」


「わ、わかりました! 五枚で手を打ちましょう」


 結局、皮の鎧は銀貨五枚になり、そのお金はアンナが自分のポケットから出した。


「これは、わたしからの贈り物だ」


「あ、ありがとう!」


 カッコイイ! アンナのイケメンすぎる対応に俺は痺れた。もしかしたら、ジュワッってきてるかもしれない。なんだ…なんなんだ! 俺の中のアンナ評価は一気にうなぎ上りだった。


「邪魔したな」


「またお越しください!」


 颯爽と店を出るアンナに、俺達は金魚の糞のようにくっついて行くのだった。

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