第103話 機能し始める聖女邸
聖女邸に帰ると俺は一目散に執務室へ向かった。扉を開けるとそこではヴァイオレットが、出納帳をまとめている。お金の流れを明確にするべく、ヴァイオレットが効率良くまとめだしたのだ。
「ヴァイオレット!」
「あ、お帰りなさいませ。聖女様」
教皇の説得が上手く行ったので、ヴァイオレットに感謝を述べに来たのだ。そして健気に仕事をする偉いヴァイオレットを見たら、可愛くてチューをしたくなってしまう。一気に接近してくる俺を、キョトンとヴァイオレットが見つめていた。
ブレーキ! ブレーキ!
俺は心のブレーキをかけて、すんでのところでヴァイオレットにチューをするのをとどまった。彼女の手を取って目を見て言う。
「ありがとう。書簡をきちんとまとめてくれたおかげで、教皇が許可をくれたよ。既に王室へも手紙を送っている事を伝えたら、随分感心していた! ヴァイオレットは凄いよ!」
ヴァイオレットは頬を染めて慌てて言う。
「い、いえ! 聖女様。私は聖女様の文官として恥じない仕事をしようとしているだけです! 特別な事をしているわけではありません」
「いいや。特別だよ! ヴァイオレットは特別! ヴァイオレットが用意してくれた事でスムーズに事が運んでいるよ!」
「ありがとうございます! 王宮では絶対に言われた事がないですよ、そんな事」
ヴァイオレットは照れたように頬に手を添えた。
うわぁ、可愛いなあ。めっちゃ可愛い。その丸眼鏡を取ってちゅっとしたい。薄紫の髪を解いて口説きたい!
「コホン!」
俺の後でスティーリアが咳払いをした。もしかしたら俺はだらしない顔でもしていたのかもしれない。
「あ、うん」
俺は落ち着きを取り戻し、ヴァイオレットをグイっと引っ張ってハグをした。
落ち着きは取り戻しちゃいないか…
「ありがとうね。ヴァイオレット、王室から教会に連絡がいったらこれはカタがつくよ」
「よかったです!」
スティーリアもヴァイオレットに向かって言った。
「よかったですね。素晴らしいです」
「はい!」
ああ。自分のとこの、女達の仕事が上手く行くと俺は幸せを感じるようだ。
「じゃあ、ちょっとリンクシルの様子を見て来る」
「「はい」」
興奮しながらも、俺はヴァイオレットとスティーリアを執務室に残し、一緒に帰って来たアンナの所に行く。するとアンナとリンクシルにも変化が出ていた。
キン! キン! と金属音が聞こえてきたのだ。
どうやら武器を決めてそれを持って修練をしているらしい。俺が座って二人を見ると、どうやらリンクシルの武器が決まったようだった。
「なるほどね」
リンクシルは短い短剣を両手に持って、それで必死にアンナに攻撃を仕掛けていた。アンナはどこ吹く風と言った雰囲気で、リンクシルの攻撃を全て受け流している。俺がしばらくそれを見ていると、アンナがリンクシルにストップをかけて何かを言っていた。
するとリンクシルは一人で、シャドーボクシングのように短剣を振り回し始める。アンナは俺を見つけてこっちに歩いて来た。
「聖女にお願いがある」
アンナが俺に言って来た。
「なんでも言って」
「金が欲しい」
「ああ、いいよ。いくら欲しい」
「白金貨二十枚」
日本円にしたら二百万か三百万と言ったところだろう。
「わかった。すぐに用意させる」
「何に使うのか聞かないのか?」
「アンナが必要って言ったら必要だから」
「まあ、一応言っておく。今、リンクシルが使っている短剣はわたしのだ。隠し武装として使う短剣なんだが、もう少し大きいのが欲しい。リンクシルは腕力があるから、あれでは小さすぎるんだ」
「いいんじゃない?」
するとアンナの表情が少し緩む。
「聖女はわたしを信頼しすぎじゃないか?」
「なんで?」
「いきなり大金と言われて理由を聞かないなんて」
「ああ、別にそれで豪遊するって言ったらそれでもいいよ。アンナならきっと理由があるんだろうから」
「聖女には降参だ。だが無駄金にはしない」
「いついる?」
「いつでも構わない」
それを聞いて、俺はブンブンと短剣を振り回しているリンクシルを見た。そして俺はピンと来てしまう。
「じゃ、今日行こう。私は武器屋なんて行った事が無いから見てみたい」
「聖女が?」
「ダメ?」
「高貴な人間が行くような場所じゃないぞ」
「…裏町かな?」
「そうだ。大通りの武器屋には適当なものがないからな」
「じゃあ、変装して行く」
アンナが少し考えるようにして、くるりと振り向いてリンクシルを呼んだ。
「来い!」
タタタタッタタ! とリンクシルが俺達のもとへと来た。
「はい!」
「わたしと聖女と一緒に出掛けるぞ。お前も変装するんだ」
「わかった」
そして俺達は一度邸宅に戻る。俺は玄関から入り、真っすぐにミリィの所に向かった。
「ミリィ」
「はい」
「私と分からないように偽装してほしいのだけれど」
「わかりました」
「あとリンクシルも。獣人だと分からないようにしてほしい」
「かしこまりました」
続けてミリィが聞いて来る。
「どちらへ行かれるのです?」
「武器屋」
「‥‥‥」
ミリィは少し考えてから俺達に言う。
「ではこちらへ」
ミリィが足を運んだ先は俺の衣裳部屋では無かった。一階の奥へと進み、メイド達の部屋がある棟へと赴いた。そして一つの部屋を開けて俺達に入るように言う。すると、そこにはいろんな衣装がかけられていた。見たことのない衣装ばかりで俺はきょろきょろとしてしまう。
「なにこれ?」
「まずは服を選びましょう」
「あ、ああ。はい」
「では失礼します」
それからミリィによって俺とリンクシルは、あっという間に着替えさせられて行くのだった。ミリィはテキパキと服を選びこみ、俺達にあてがって着付けていく。
「いかがでしょう?」
ミリィに立ち鏡の前に連れていかれる。そして映った自分の姿を見て納得した。
「町娘だね」
「はい。これが無難かと、アンナ様どうでしょう?」
「上出来だ」
リンクシルも恥ずかしそうに立ち鏡で自分の姿を見ている。なんとリンクシルは少年のようにすら見えて来る。
「こんな衣装よくあったね」
「聖女様がいろいろやるものですから、いずれ必要になると思っておりました」
ミリィ! 凄い! 俺達が外出しやすいように、変装用の衣装を用意してくれていたなんてなんて! 出来た専属メイドだ! 好き!
俺はついついミリィにチューをしそうになる。
ストップ! ストップ!
すんでのところで我慢して、俺はミリィの手を取って言う。
「持つべきものは優秀な専属メイド」
「そ、その様なたいそうな者ではございません」
「たいそうな者だよ! 私が指示もしていないのに! 助かるよ!」
「それでしたらよかったです」
どうやら聖女邸はそれぞれが自分の頭で考えて動き出したようだ。俺が思っているより賢く自立している人達だと思う。変な貴族よりよっぽど優秀だと思う。
アンナが言った。
「聖女。メイドに先回りされてるぞ」
「ミリィは元々こういう人。凄いでしょ?」
「ああ」
アンナに褒められたミリィは、ニコニコと微笑んでいる。そして俺がミリィに聞いた。
「アデルナは?」
「おります」
ミリィから俺達が連れていかれた先は中庭だった。アデルナとメイド達は中庭の草むしりをしていた。アデルナは腕まくりをして、スカートをたくし上げせっせと草をむしっている。
「アデルナ!」
「は…えっ! あ! 聖女様?」
アデルナは町娘姿の俺を見て驚いた。俺はアデルナの前でくるりと回って全身を見せる。
「どう?」
「どこからどう見ても町娘でございます」
「凄いでしょ」
「はい、そばかすまで書いて念入りでございますね」
「ね」
「それでどうしたのです?」
「ちょっと、リンクシルの武器を買いに行くからお金が欲しいのだけど」
「わかりました」
そしてアデルナは皆にそのまま続けるように言い、俺達を連れて金庫のある部屋へと向かうのだった。
「白金貨二十枚だけど大丈夫?」
「もちろんでございます」
「もし可能なら、三十枚もらえるかな?」
「はい」
そしてアンナとリンクシルを廊下に残し、俺とアデルナ二人だけが金庫室に入るとアデルナが金庫のダイヤルを合わせる。カチンと音がしたので、アデルナが俺を見て言う。
「カギを」
「あ、はい」
俺は持っていた小さいカギをつかって、そばにある小さい箱を開けた。するとそこに大きなカギが入っている。アデルナがそれを取って大きな金庫を開けた。手早く白金貨を袋に詰めて俺に渡す。そしてまたカギを締めて、箱に大きなカギを入れた。
「お締め下さい」
小さい箱の鍵を閉めて、俺はそのカギをアデルナに渡した。
「出かけた時落とすといけないから」
「確かにお預かりいたしました」
その後、聖女邸の裏からは、女剣士と町娘と少年が出かける。街を歩いても、誰も振り向かない。ミリィの変装は完璧で、俺達は気づかれずに街中を進む事が出来るのだった
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