第102話 教皇を丸めこむ

 教会の応接間で俺とスティーリアは、教皇との面談の時間を待っていた。別に放っておいてくれていいものを、教皇が来るまでの間と言う事で、イケメンの神父と話をすることになる。


 えっと、確かこいつの名前は…なんだっけ?


「ちょっと失礼」


 俺は対面に座る神父に聞こえないように、スティーリアの耳に手をやって聞く。


「この人の名前って?」


「スフォルツォ神父です」


「あ、そう。ありがとう」


 そして俺はまたスフォルツォに向き直って言う。


「私達でしたら、静かに待ってますのでお仕事をなさってください。スフォルツォ神父」


「そういう訳にはまいりません。そんなことをしたら私が教皇に叱られます」


 つったって、男と話す事なんて無いんだけど? 馬鹿なの?


「そうですか…」


 するとめんどくさい事に、スフォルツォから話しかけて来た。


「最近は教皇様がお忙しくされておりまして、申し訳ございません。もう少々で来るかと思います」


「すみません。私もなかなか教会には足を運べず」


「いえいえ! 王室からもお達しがきておりますので、今日こうして来られた事に驚いております」


 先に手紙を出してアポを取っていたにも関わらず、教皇の前の仕事がおしているのだとか。


「何かありましたか?」


「ルクスエリム陛下との謁見から戻って入る所です。最近は頻繁でして」


 まあ…そうだろうな。国の一大事に、教皇と王の話は募るほどあるだろう。


 いや…そもそも教会の体質にも問題があっただろ? 俺達は教会とギルドからの情報で、孤児達の救出作戦をすることに至った。先に動くべきは教会だったはずだ。


 また教会にも派閥があって、次期教皇候補ごとに割れているとも聞く。何処も似たような体質なのだろうが、もっと能力のあるやつが選抜されて欲しいものだ。


 ま、元ヒモの俺に、そんなこと言う資格なんかないけどね。


「王と何を話されているのでしょうね?」


「すみませんが、我々下々の者には皆目見当がつきません」


 だろうね。期待はしてねえよ。


「なにかあったのでしょうかね?」


「申し訳ございません。分かりません」


 噂話くらい聞いてるだろう。なんでこうお堅いかね。


「そうですか」


 そして沈黙が流れる。どうやらあまり聞いて欲しくない事だったらしい。意図しては無かったけど、スフォルツォの口を閉じれたと思ったら大成功だ。


 入り口から声がかかる。


「教皇がいらっしゃいました」


 するとスフォルツォ神父が立ち上がり、俺達に礼をして部屋を出て行った。それと入れ替えるように教皇と二人の枢機卿が部屋に入って来る。俺とスティーリアが跪いて、教皇に頭を下げた。


「あー、よい。頭をあげておくれ。ささっ、座るがよい」


「ありがとうございます」


 そして俺とスティーリアが椅子に座る。すると対面に教皇が座り、少し離れた所に二人の枢機卿が座った。三人ともルクスエリムとの謁見の後なので、たいそう立派な法衣を着て重そうだ。ジジイ達には堪えるだろう。


「何かと忙しくしておってな。なかなか時間もとれぬのじゃ」


「そのようで」


「して、今回は孤児院の件だったかな?」


「はい」


 スティーリアが俺に巻物の書簡を渡し、俺がそれを教皇に渡した。


「そちらが今回の要望書でございます」


「ふむ」


 教皇は封を切って、それを広げてみる。表情一つ変えずにすべてを読み終えたようだ。


「なるほどの。孤児達の教育か」


「はい」


「なぜ、このような所に目を付けたのじゃ?」


「祖国の為です」


「祖国の?」


 疑問形で返した割には、教皇の目に光るものがあった。だがすぐに、はいそうですかとも言えないらしい。


「私は国を支えるのは人だと考えております」


「ふむ」


「分け隔てなく教育を進め、より優秀な人材を探す事をしなければなりません」


 すると教皇は枢機卿を意識するように答える。


「聖女フラルよ。人には生まれながらにしての定めがある。汝はその定めを変える、と考えておるのだろうか?」


 ほら、やっぱりそうきた。人間生まれながらにして定めなんかねえんだよ。だがそれをそのまま答えるわけにもいかないので、俺は違う答えを出した。


「まさか。人の定めを変えるなどと、大それたことは考えておりません」


「ふむ。それでは、学びなど役に立たない場合もあるのではないか?」


「恐れながら、役に立たない学びなどありますでしょうか? 人は生まれながらにして、匙を持って食事が出来た訳ではございません」


「聖女フラルよ。わしは、お主と、とんち合戦をしたいわけじゃないのだが」


「失礼いたしました。それでは私からも質問させていただきます。全ての人間の定めは、女神フォルトゥーナの思し召しだと言う事でしょうか?」


「そうだ。神から定められた人生を生きるのが人間の務め」


「もし。孤児の中に、神の加護が与えられた者がいたら?」


「少なくとも聖女は、孤児の中に加護が与えられる者がいると考えるのじゃな」


「その通りでございます。それが人の手によって捻じ曲げられてしまっては、いないかと思うのです」


「神の意志に背くものがいる、と言う事かの?」


「そう言う事です」


「‥‥‥」


 教皇は返事に困っているようだった。おそらくルクスエリムとは話をしてきたはずなので、俺が言っている事は多少ピンと来ているはず。


 すると教皇が言う。


「すまんが人払いを。聖女と二人にしてくれるか?」


 教皇が言うと枢機卿が立ち上がって外に出て行く。スティーリアも俺に目配せをして、後ろをついて出て行った。すると教皇は好々爺と言ったような表情になって言って来る。


「ふう。まあ堅苦しい話はよしなさい、これからは腹を割って話そう」


「それは助かります」


「ふむ。それで何が言いたいのじゃ?」


「教皇様はクビディタス司祭が経営をされている孤児院を?」


「やはりそれか」


「ご存知の様で」


「すまなんだ。王都内の政治がらみのようでな、下手に手を付けられんでおった」


「だと思いました」


 どうやら教皇の本音が聞けそうだ。俺は黙って耳を傾ける。


「クビディタスは野心家でな、じき枢機卿の座を狙っているとも聞いている」


「そうなのですね?」


「うむ。それで各方面の貴族に取り入っておるのじゃ」


「知っております」


「そうじゃろうな。してその貴族達と言うのが、弱小では無いのじゃよ。大物貴族が数人属しておる。クビディタスは金を稼ぐために自分の孤児院を運営しとるのじゃ」


 だから! それを放っておいたのは教会の責任だろがい! くびり殺したろか! ジジイ!


 と言うのを我慢して、とっても優しそうな表情で言う。


「教皇。手を打たねば、不幸な孤児が増えます」


「ふむ。実は最近、陛下に呼ばれてそんな話をしておるのじゃ」


「陛下は、それについてなんと?」


「上手く取り壊すしかあるまいと、だがそれを表だってやれば貴族たちが騒ぎかねん」


 やっぱ政治がらみね。そりゃ俺だって、簡単に行くとは思っていねえけど。


「教皇。であれば、私の学校の案を許可してください。既にそれを行う人材には根回しをしております」


「だれじゃ?」


「モデストス司祭です」


 すると教皇は思慮深い表情で考え、時間を置いて答える。


「適任じゃろうな」


 だがそれ以上は何も言わなかった。


「そして幸か不幸か、私は財団を持っております。その資金は問題ありません。ですが…」


 俺が言葉を切ると教皇が身を乗り出してくる。


「何じゃ?」


「聖女財団から孤児の教育費が出るとなると、それに対して反対してくる貴族がいるでしょう」


「うむ、そりゃそうじゃ」


「であれば金の流れを変えればよいのです」


「なんと…」


「ここからの話は陛下を交えて、お話しませんか?」


 枢機卿は不思議そうな目で俺を見た。そして驚いたように言う。


「汝は…聖女であるよな?」


「そうですが?」


「それほどまでに、したたかであったか?」


 やべ。俺の中身が稀代のヒモ男だってバレるかもしれん。いや…さすがにバレねえか。


「私は聖女になり、帝国とのひと悶着からかなり勉強をさせていただきました。それに綺麗ごとばかりでは、この王国のしたたかな貴族達には太刀打ちできませんので」


「そうか…そうかもしれんな」


 うん。そう。爺さんはおとなしく適当にハンコを押してくれればいいだけ。


「あとここからは、ここだけの話にしては問題が起きるでしょう。陛下を交えて話した方が何かと問題が少ないかと存じます」


 教皇は懐から手拭いを取って額の汗を拭いた。重厚な法衣を着ているのもあるだろうが、俺との話に冷や汗をかいているようだった。


「そうじゃな。ひとまずはそうしたほうがよかろう」


 おっけ!


「それは良かった。教皇様が了承して下さるものだと思って、既に陛下には根回しをしておりました。既に日程も決まっておりますので、王宮から追ってご連絡があるかと思われます」


「ずいぶんと根回しの良い事じゃの?」


「優秀な部下達に恵まれておりますので」


「わかった。どうやら聖女は変わったようじゃな、となれば教会も変わる時に来ておるのかもしれん」


「私もご協力させていただきますので、改革を推し進めていただけますれば」


「ふぅ…。わしの任期もそれほど長くないというに、いつの間にやらそんなに人使いが荒くなったのじゃ? わしの代では解決せなんだと思っておった」


「いえ。私は現教皇が退任の檻は、聖者の鑑としていて欲しいと思うだけです。それに私はヒストリア王国の未来を思っています」


「ふむ…。もうひと踏ん張りじゃな」


「そのようです」


「聖女よ、わしゃ汝が正論ばかりの堅い小娘じゃと思っとった。じゃが立派な聖職者になってしまったようじゃ」


 皮肉か? でもいい。どうやら観念したようだし、俺は俺のやる事を進めるだけだ。


「では今日はこのあたりで」


「うむ」


 すると教皇が杖で床を二回、コンコン!と突いた。入り口が開いて枢機卿とスフォルツォが部屋に入って来る。そして教皇が枢機卿達に言った。


「話は終わった。聖女はお帰りじゃ」


 俺が立ち上がると、枢機卿とスケルツォが軽く会釈をしてくる。俺もそれに会釈を返して、部屋を出て行くのだった。部屋を出るとスティーリアが俺を待っていた。


「いかがでした?」


「ヴァイオレットの考えた通りに事が進みそうだよ」


「それは良かったです」


 俺達が教会の入り口に行くと、アンナが俺達を出迎えた。アンナに護衛されながら馬車に乗り、聖女邸へと走り出すのだった。

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