第99話 おちこんだりもしたけれど、私はげんきです

 王城で聞いた情報に俺は撃沈してしまった。なんと敵国に内通していたのがマルレーン公爵家だというのだ。国内を二分しかねないこの事態に、ルクスエリムもすぐに動く事は出来ないと言っている。


 ソフィアと仲良しになろう大作戦が大きく遠のいていく。 


 俺は王城から帰って、すぐ自室に引きこもった。食事は全てミリィが部屋へ運んでくれている。軽い食事が終わって、俺はテーブルに突っ伏して考え事ばかりしていた。なんと部屋に閉じこもってから三日が経過している。


 あー、食欲ない…。


 せっかく持って来てくれた食事も、半分も喉を通らずに置いてある。


 造反はマルレーン伯爵が自らか? それとも夫人が? 娘のソフィアは知っているのか? もし事が公になったらどうなるんだ?


 分からないことだらけだった。だが、事が事だけに俺が勝手に動く事は出来ない。と言うよりも動けない。なぜなら、俺の孤児救出作戦がルクスエリムに筒抜けだったからだ。諜報部は俺とアンナの動きもきちんと把握して泳がせていたのだ。もしかしたら、俺自身も疑われていたのだろう。


 俺は立ち上がって、バフッ! とベッドに飛び込んで、枕に顔をうずめる。


「あー! もう!」


 俺の孤児救出作戦が引き金になって、マルレーン公爵家の内通が発覚したって事だ。俺のせいでマルレーン家の造反が明るみに出た。それをソフィアは知っているのだろうか? いや、知るはずがない。あれは王直属の諜報部だから知り得たのだ。


 待てよ…


 よくよく考えれば、敵国に内通していると言う事は? マルレーン公爵家にとって俺は邪魔者だよな? その娘であるソフィアとの恋愛…


 無理じゃね?


俺は悶悶と考え悶えていた。もうテンパって爆発しそうなくらいに。更に枕に深く顔を潜り込ませて言う。


「まじか! 俺はソフィアの邪魔者? つーか近づいて欲しくない? 敵?」


 うーっっっ!!!


 …まてよ?


 考えに考えて少し気が付いた事がある。それは俺が以前、ソフィアあてに直接送った孤児学校や研修会の理事の依頼の手紙。あれの返事がない…。あれを利用すれば、俺を呼び出して殺害することだって出来たはず。


 理事の話をお伺いしたいので、是非当家へお越しください。などと言って俺をおびき寄せれば、容易に殺せたはずだ。だがその返事は無かった。


 検閲されてない? 直接届いたのか? まあ俺を邪魔に思うやつがあれを見たら、いいように利用して何とかするはずだ。


「そうか…、はっきりは分からないけど、あの手紙はソフィアに直接届いた可能性があるか」


 ソフィアとの仲であれば、俺はすぐに手紙が帰ってくると思っていた。だが返事はなく、それ以降は俺はソフィアと会えなくなってしまった。


「ソフィアが俺を誘わないのは、もしかしたら俺を守る為?」


 僅かな希望だが、そういう可能性もある。


 しかしだ。造反した事が表立ってしまったら、マルレーン公爵家はとり潰しに合わないだろうか? そうなったら首謀者は処刑、娘は…


「修道女送りだ。もしかしたら、こっちサイドに来る?」


 違うな…。それはいささか能天気な考えだ。修道院といっても牢屋のような所に閉じ込められて、一生出ては来れないだろう。


「そんなぁ…」


 苦しかった。とにかくソフィアの現状を知りたかった。


「待てよ…ドモクレーって派閥に属してんのか? アイツはマルレーン公爵家に、聖女基金の話を持って行ってるよな? マルレーン公爵家邸内でも会ったし。ドモクレーはもしかしたら、造反組だったりする?」


 そんな訳は無い。ならば俺に情報を流して、自分の首を絞めるような事はしないだろう。よくよく考えると、ドモクレーはことごとく俺に気が付かせようとしていたようなふしがある。


 ある程度は知ってたって事か? それともかまをかけた?


「うーん」


 よくよく考えたら、ドモクレーはルクスエリムにバレるのを恐れて大金を持って来てたな。そしてギルドマスターのビアレスも、ルクスエリムに発覚するのを恐れたような気がする。


 でも違うか。アイツらは敵じゃない。敵側なら、こんなに俺に協力する事はないだろう。


「もー!」


 考えれば考えるだけドツボにハマりそうだ。元ヒモにこんな難しい事は考えられない。そもそも元ヒモが孤児救出なんかに暗躍したら、王の諜報部にしっかりとつかまれていた。プロを出し抜けるわけが無いのだ。なんたって俺はただの元ヒモなんだから、スパイのプロに敵うわけが無い。


 いや…。


 プロ? プロか…まてよ。


 諜報部はスパイのプロ。俺は筋金入りのヒモ。


 スパイのプロ。


 ヒモのプロ…


 ピコーン!


 俺の髪の毛がアホ毛のようにピンと立った。そうだ、俺は徹底して女に取り入って面倒を見てもらっていたヒモだ。ならば女から攻略をするのはどうだろう? 


 ムクリと俺はベッドの上に座って胡坐をかく。白金の髪の毛に碧眼の美女がする様な仕草ではない。だがそんなの関係ねえ! 俺は座禅を組むようにして股の間で手を組む。


 ポクポクポクポク、チーン!


「よし!」


 俺はベルを取り、チリーンと鳴らした。すぐにミリィが心配そうな顔をして俺のところに来る。


「お呼びでございますか?」


「そうそう。ごめんね、ご飯残しちゃって」


「かまいません。ですがもう少し食べていただかないと、おやつれになっているご様子です」


「大丈夫。ていうか髪もごわごわだし、お風呂に入りたい」


「はい。それでは用意させましょう。冷めた食事はおさげいたします」


「あ、ごめんね」


「いえ」


 ミリィは食器を持って出て行った。風呂の準備が出来たので、皆に号令をかけて一緒に入る事にした。三日ずっと籠っていたので、俺の体はべたべただった。美人でもべたべたになるのだ。


 一階に降りていくと、皆が心配そうに食堂に集まっていた。


「みんな! お風呂入ろう!」


 俺が元気に言うと皆が明るく返事をする。そして脱衣所に行って、三日三晩着ていたパジャマと下着を脱いだ。その姿を見てスティーリアが言う。


「聖女様…御痩せになって」


「あー、あんまり食べてなくて。でも大丈夫、復活したから」


「それなら良いのですが」


 脱衣所にはスティーリアやミリィにヴァイオレット、それに付け加えてジェーバやルイプイ迄いる。彼女らはそそくさと、俺の為に一緒に風呂に入る準備をしてくれている。


 やっぱ女の裸はいい! 


 俺は皆の体を穴が空くほど見つめていた。


 するとスティーリアが言う。


「ど、どうされました。なんだか凝視されているように見えるのですが?」


「あ、そんなことない。とにかくみんなで入ろう!」


「「「「「「「はい!」」」」」」」


 浴室に入るといつもの通り、皆で俺の体を洗う争奪戦になる。そして俺はあっという間に泡だらけになり、お湯で泡を流されるのだった。お湯に浸かろうと湯船に近づいて気が付いた。


 俺はミリィに聞いた。


「なにこれ?」


「バラにございます」


 ミリィがニッコリ笑って言う。なんと湯船には真っ赤になるほどの、バラの花が浮いていたのだった。


「どうしたの?」


「良い香りがすると、アデルナが仕入れて来たのでございます。聖女様がお元気になるようにと」


 アデルナ…。いや、アデルナ母さん! ありがとう!


 とぷーん!


 と、バラ風呂につかって女達を見る。


 うん。やっぱ俺は女の為になら頑張れる! ヒモの時のように女を不幸にする人生はもうやめたんだ。うじうじ考えていないで、今何ができるかを考えよう。身内にも相談できない内容だけど、俺には俺のやり方がある。


 そっとバラの花を手に取って、その香りをかぐ。


 ツンと香しい香りで、俺の心は癒されていくのだった。

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