第98話 衝撃の真実

諜報部の男は淡々とした口調で話すタイプのようだ。感情の一切が抜け落ちたような話し方で、わざとやってるのかと思う。


「結論から言います」


 お、なかなか筋の良いやつだ。俺はグダグダ男の話を聞いていたくはない、女の子の話なら七十二時間耐久で聞いてられるけど。


「はい」


「やはり。東スルデン神国の差し金でした」


 やっぱりそうなんだ。最初に言っていたことが本当になってしまった。だがある程度予想はついていたので、それほど驚く事は無かった。


「そうなのですね」


「ズーラント帝国と東スルデン神国は裏で繋がっています」


 ルクスエリムは既に分かっているようだ。もったいぶってないで早く教えてくれ。


「それは?」


「はい。ズーラント帝国と東スルデン神国は最初からつながっておりました。ズーラント帝国がカルアデュールを奪取したと同時に、東スルデン神国は国境を侵犯して進軍しとしていたようです。帝国と北で戦ってるうちに、西から攻め込めば容易に堕とせると思っていたのです」


「帝国が失敗したからやめたと?」


「そう言う事です。しかも少ない兵力で帝国を撃退した情報も伝わっており、我が国の兵力が何一つ傷ついていない事を知って諦めたようです」


 最初からグルか。そりゃ全く損害を出さずに、解決した聖女には心底腹を立てたろう。


 諜報員は話を続けた。


「そして東スルデン神国は気が付いたのです。聖女一人の力により帝国を抑えたと」


「プロパガンダで流した情報を真に受けたとか?」


 すると諜報員が首を振る。


「違います。噂で動くほど東スルデン神国は馬鹿ではありません」


 うお。恥ずかしい、なんか間違った事を言った気がした。とりあえずコイツの話をよく聞いてからにしよう。そして男が続ける。


「何故、その詳細がバレたか。プロパガンダが真実だと知ったかです」


 諜報員がルクスエリムをチラリと見ると、ルクスエリムが深く頷いた。話しても良いという許可が出たのだろう。俺が待ち構えていると、諜報員が口を開く。


「内通者です」


「内通者…」


「国内に内通したものがおります」


 うわあ…、ドモクレーも東スルデン神国の陶磁器をわざわざ持って来ていたし、やっぱり国内に内通している奴がいるって事か。でも貿易となるとあからさまだが…


 諜報員は続ける。


「そして調査対象を、国外から国内に向けたのです。もちろんその聖女様に近づこうとするもので、怪しいものがいないかを見ておりました」


 そうなんだ…。じゃあうちにギルマスが来たり、ドモクレーが来た事も分かってるって事か。そう考えると彼らは本当にシロと言う事になる。そうでなければ諜報部に処分されていただろう。


「聖女様の家に出入りする者には、容疑がかかる者はおりませんでした」


「それは良かったです」


「はい。それよりも最近になって、にわかに王都の貴族や商人などが騒めき始めたのです。そのおかげで闇で動いていた者が、明らかになってまいりました」


 ギクッ! 闇で動いていた者って、ひょっとして俺とアンナの事? いや…それなら今ここで殺されているか…。もちろん敵国に情報なんか流してないし。


「一体誰が?」


「最初に分かりやすく動き出したのは、セクカ伯爵でございます。更にはそれと繋がる奴隷商や、孤児院なども浮き彫りになっております。怪しい動きをしていたために、それらを調査する延長線上で見えて来た事が御座います」


「なるほど」


 俺じゃないよね? ビクビク…


「結果はセクカ伯爵がある集いに行った時にわかりました。セクカ伯爵は半分黒で、本当の下っ端でございました」


「もっと有力な貴族が?」


「はい。ある派閥でございました」


「派閥?」


「はい」


 そして諜報部員が、またルクスエリムを見た。本当に話して良いのかの確認でもしているようだ。ルクスエリムは深く頷いて、少し俯き加減になった。若干苦虫を噛んだような顔をしているように見える。


「ここから先は身内にも話してはいけません。聖女様のお心の深くにお納め置いてください」


「わかりました」


「諜報部でも上層と陛下しか知りません。もし漏れたら、聖女様が疑われる事になりますので」


「誓います。誓約書をご用意ください」


「いえ。書面には残せません。聞き逃していただくだけで結構です。今は…ですが」


「わかりました」


 すると一呼吸置いた諜報員が言った。


 それは衝撃的な内容だった。


「マルレーン公爵でございます」


 うそ…。


「まさか…マルレーン公爵様がそんな…」


 マルレーン公爵。すなわちソフィアの…ソフィア・レーナ・マルレーンの父親だ。うそだろ? なんでルクスエリムの親戚がそんなことになるんだよ。


 するとルクスエリムが苦々しい顔で言った。


「身から出た錆かもしれん。まさか、自分の姉の嫁ぎ先でそんな事が起きるなんてな」


「何かのお間違いでは?」


「いえ。既に内通の現場も押さえております」


「そんな」


 俺は動揺して、自分の手元に置いてあったペン立てを落としてしまった。


「あ…、し失礼しました」


「聖女よ。我もショックだったのだよ、まさかそんな事になっていようとは」


 えっ? そんな…どうなるの? ちょっと待ってよ…


「陛下」


「なんじゃ」


「どうなさるおつもりなのです?」


「マルレーン公爵につく貴族は多い。いま早急に事を荒立てれば、マルレーン派閥が造反してしまう事になる。最悪は内乱となるであろう」


「そんな…」


 今の今まで調査に時間がかかった理由が良く分かった。そんでもって、その原因を見つけるに至る騒ぎを起こしたのは、ほかならぬ俺自身だった。俺が孤児救出をやったために、セクカが動き派閥の貴族達が慌てた。そのせいで浮き彫りになって、それらが表面化してしまったのだ。


「フラルよ。国内でも危険なのじゃよ。そう言えばフラルは、最近強い護衛を付けたとも聞く。もしかするとその事を察知しておったか?」


「いえ。全く想像しておりませんでした。まさかそのような事になっていようとは」


「まずは王都内の護衛は問題ないだろう。わしの兵が突破されても、特級の冒険者が隣りに居ては手も足も出まいな」


「はい」


「だが油断はするな。そして例の、貴族子女達の研修の件だがこの騒ぎが終わるまでは止め置く。それで良いな?」


 当然だ。そればっかりは仕方がない、俺も馬鹿じゃない。


「はい。もちろんでございます」


「なら話は以上だ。とにかく、くれぐれも気を付けるのじゃぞ」


「はい」


 俺が立ち上がって部屋を出て行こうとした時だった。ルクスエリムが俺を呼び止めた。


「そうじゃ。フラル…」


「はい」


「夜遊びも結構じゃが、あまり無茶をするでない。わしの寿命を縮めるつもりか?」


 俺が振り向くと、ルクスエリムは笑いながら髭を撫でていた。


 バレてた! つーか、俺達の動きくらい諜報部が分からない訳ないよなあ。上手くやったつもりが筒抜けだった事に笑えて来る。


「はい。用は、陽のあるうちに済ませるようにいたしましょう」


 っと、答えるのが精一杯だった。そして俺はルクスエリムに会釈をし、諜報部の男にも会釈をして部屋を出るのだった。心臓だけがバックンバックンいってる。夜の事がバレたのもめっちゃびっくりしたが、それよりもマルレーン公爵家の造反の事だ。


 頭の中がぐるぐるぐるぐると、回っている。


 バレンティアが俺に近づいて来て言う。


「大丈夫ですか? 顔が赤いようです」


「も、問題ありません。とにかく帰ります」


「では」


 バレンティアは特に俺に何も話しかけてはこなかった。俺の様子がおかしいと思ったらしい。そのままアンナとミリィが待つ部屋に戻るとバレンティアが礼をして出て行く。二人は俺の顔を見て言う。


「どうされました?」

「なにか酷い事でもされたのか?」


 アンナが自分の剣に手をかけた。俺はそれをそっと納めるように言う。


「いや。むしろ守ってくれてた。なんか私なりに頑張ったんだけどね、やっぱ上には上がいる」


「どう言う事だ?」


「いいのいいの。とにかく、一旦聖女邸にもどりましょう。ちょっと横になりたい気分」


「わかりました」


 俺達が通路に出るとバレンティアが待っていて、王城の玄関まで一緒に行く。俺が全く話さない事に皆が気を使ってくれているようだ。バレンティアが馬車の扉を開けてくれたので、俺達が乗り込むとほどなくして馬車は走りだす。


「はぁぁぁぁあ」


 俺は思わず力が抜けて、ミリィの肩に頭をうずめた。


「ど、どうなされました?」


「ごめんよお、ミリィ! このままにしておいて」


「は、はい」


 そして俺はミリィに持たれながら馬車に揺られていくのだった。

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