第96話 孤児院からの手紙
ドモクレーが帰ったあとアデルナにしこたま怒られた俺は、しゅんとして部屋でミルクティーを飲んでいた。ミリィが俺を気遣って用意してくれたのだ。
一生懸命頑張ったんだから、あそこまでガミガミ言わなくてもいいのに。
そんな事を考えながらチョコレートを口に放り込む。
だが…
白金貨で二袋はめちゃくちゃ大金で、ドモクレーがどうしても口止めしたかったと分かる。しかし、それ以上にドモクレーはしたたかだった。あの手土産で持って来た陶器は東スルデン神国の陶磁器で、いまだに入ってきているらしい。王家が想定する仮想敵国の東スルデン神国と貿易が出来るとなると、そこそこの貴族がからんでいるのが分かる。
コンコン! 「失礼します」
スティーリアが顔を出した。俺は入るように促す。
「お茶しよう」
「ありがとうございます」
「アデルナに怒られちゃってさ」
「聖女様。私もミリィさんもヴァイオレットも、アデルナさんと同じ気持ちですよ。無茶しすぎなのです」
スティーリアが笑ってない。俺は真面目に頭を下げて謝った。
「ごめん。でもなんとしてもやり遂げたかったんだ」
「無事に帰って来てくださった。それだけで十分でございます」
「ほんとごめん」
「いえ」
俺はしらっとミルクティーを飲んで、手元のチョコレートに目を移しスティーリアから目を逸らす。怒っているスティーリアもまた美人で、俺のMっ気がムラムラとしてしまうからだ。
「それで、聖女様に預り物がございます」
そう言ってスティーリアが机の上に置いたのは、前にクビディタスの孤児院に置いて来たぬいぐるみだった。俺はそれを取って背中の下にある縫い目をべりっと剥がす。そこから紙を取り出して広げた。
「これは…」
俺がじっとそれを見ているあいだ、スティーリアはジッと待っていた。そして俺はスティーリアを見て聞く。
「読んだ?」
「いえ」
「えっとね…、変な人の出入りが無くなったって。子供達を乱暴に扱う人や、突然孤児院を出て行く子供がいなくなったらしい」
そう言って俺はスティーリアに手紙を渡した。
「本当だ…それはとても良い事です」
「ほんと良かった」
「聖女様。さきほどは、あのように言いましたが素晴らしいです。もちろんアデルナさんも他の人もそう思っているのですよ。聖女様が命がけでやった成果が現れて嬉しいです!」
「まあ不正に売られた孤児達がいなくなっていくのを知って、誰かが陰で動いている事を察知したんだろうね。それが私達だとは思わないだろうけど、多分何と勘違いしているのかが分かる」
「それはいったい?」
「聖女襲撃事件を王宮で捜査しているよね?」
「はい。他国が絡んでいる可能性も示唆して、王宮が動いているのでしょう?」
「そう。うちらを陰ながら護衛している怪しいおじさん達、街中だけではなく王国中に散らばった諜報部の面々。あの動きは貴族なら察知しているはず。恐らくそれと勘違いしているんだと思う」
するとスティーリアが驚いたような顔で俺を見る。
「あの! 聖女様はそこまでよまれていたのですか?」
「最初はそうでもなかったんだけど、以前ドモクレー卿から聞いた事やギルドに聞いた情報でそうじゃないかなと思ったんだ。さらに今回、盗賊討伐の報を聞けば動いているのがギルドじゃないって思ったと思う。実際に騎士団が出動したからね。それで完全に警戒したよね」
「聖女様は、それを利用したような形になったと…」
「そういうこと」
スティーリアが俯いて少し笑った。そして手元のチョコレートを見て言う。
「私は聖女様にお仕えして本当に良かったです。その思慮深さと洞察力に改めて感銘を受けました。私達を巻き込まずにそれを成しえたなんて、聖女様は本物の英雄なのですね」
「やめて。スティーリア、私は英雄じゃないよ。とにかく自分の気持ちに正直に動いたら、こうなってたっていう方が正しいんだから」
「それがかえって打算が無いように見えます」
いやー。それがあるんだなあ…女が自立した社会を作って、公爵令嬢のソフィアと恋仲になりたいんだよね。でもそれには俺だけが幸せになっちゃダメで、スティーリアやミリィやヴァイオレット、アンナもアデルナにも幸せになってもらわないと意味が無い。
「打算はあるよ。まあ気持ちの打算みたいなね」
「わかりました。そう言う事にしておきましょう」
俺は孤児の手紙を改めて読んで嬉しくなってくる。末端であえいでいた孤児達が一時的にでも解放された。そのあいだにどんどん事を進めて行こうと思う。
そしてその夜。俺のもとに一通の書状が届いた。
王家の使者が直々に現れて、ルクスエリム王との謁見を伝えに来たのだった。それには日時が記されており、詳しい内容は謁見の時に伝えるとだけ書いてあった。
俺はそれをみんなに、夕飯を食いながら伝える。
「陛下からの呼び出しがありました。恐らくは状況が動いたか、何かの情報を得たのだと思います。久しぶりの謁見でいささか緊張しますね。ですが私達のこれまでの努力が何らかの実を結んだと思っています。また忙しい日々になりそうですが、皆さんよろしくお願いします」
「「「「「「「はい!」」」」」」」」
アンナだけは返事をしないでにんまりと笑う。俺が忙しくなると言ったので、ようやく自分の出番が来たと思っているのだろう。
「リンクシルとジェーバとルイプイは、聖女邸の忙しさに目を回してしまうかもしれませんね」
するとリンクシルが立ち上がって言った。
「いえ! どんなに忙しくても聖女の為に頑張るって誓ったんだ! やるよ!」
そして次にジェーバとルイプイが立ち上がって行った。
「わたしも! やります! 聖女様のお役に立ちたいのです!」
「あたしも! 頑張ります! 何でも申しつけ下さい!」
いつのまにかジェーバとルイプイの教育が少し進んでいた。若干の敬語と使いなれない言葉なれど、聖女邸で働くにふさわしい言葉使いになってきている。リンクシルにはそれは求めていないので、それはそれで十分だった。
「皆、ありがとう。ちょっと無理はしたけど、ただ待つだけは嫌だったから。とにかくどんな話を頂けるのか分からないけど、進展がある事を祈って行ってまいります」
パチパチパチパチ! 皆が拍手をしてくれた。
それから聖女邸の団欒の時を過ごし、晩御飯が終わると風呂の時間が始まる。アンナは早々に夜の修練の為に庭に出て行ってしまった。リンクシルが慌ててアンナについて行く。
そして俺はミリィとスティーリア、ヴァイオレット、アデルナに執務室に来るように告げる。その夜、俺達五人は作戦会議を開くのだった。
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