第95話 伯爵の謝罪

 ギルドマスターのビアレスと眼鏡少女ビスティーが帰ったのは昼頃だった。俺達はそのまま昼食をとり、午後から今後の事について話す約束をしていた。昼食後のお茶が終わり、皆が持ち場に戻って俺が執務室へと向かっていた時だった。


「聖女様!」


 メイドが追いかけて来た。


「なに?」


「来客にございます」


 またか…来るときは一気に来るもんだ。


「誰かな?」


「ドモクレー伯爵でございます」


 うへぇ…、筋肉隆々のおっさんの次は小デブのおっさんかあ。だけど俺達が動くにあたって情報をくれたのは確かだよなあ。さらにアイツの領地の村では、ちょっとした騒ぎを起こしたっけ。


「分かった。じゃあ応接室に通しておいて」


「は? 通して良いのですか?」


 確かに俺はアイツをずっと門前払いしていた。だけど、どうやら真面目に領地を統治していると分かったし、聖女財団の立役者でもある。とりあえず話くらいは聞いておこう。


 やだけど。


 するとミリィが言う。


「もっと色を落とした修道服にしますか?」


「いいね。アイツ…コホン。ドモクレー伯爵の視線が気になるからね」


「はい」


 そして俺は本当に地味な、一般職の修道女が着るような服に着替える。これで俺を色眼鏡で見る事が少しでも減ると良いなと思う。


 するとそこにアデルナが来た。


「ただいま戻りました」


「ごめんねアデルナ。ドモクレー伯爵が来てるんだって、同席してもらっても良い?」


「はい」


「ご飯まだでしょ」


「あとでいただきます」


 そして俺とアデルナが応接室に向かう。アデルナが応接室をノックして、二人が中に入るとドモクレーがきちんと貴族の挨拶をしてきた。俺は慎ましやかにお礼をして、スッとドモクレーの前に立つ。


「どうぞおかけください」


「すみませんね」


 ドモクレーの後には初老の執事が立っていた。すぐドアがノックされてミリィがお茶を持ってくる。ドモクレーの視線がミリィに向かうが、どうもいやらしい目で見ているような感じだ。もしかしたらこれが普通の顔なのかもしれない。


「失礼します」


 ミリィがそつなくドモクレーと俺達の前にお茶を置いて出て行った。そして早速、俺がドモクレーに尋ねる。


「して、今日はどのような御用向きで?」


「いえいえ! 大したことではございませんが!」


 と、言いつつ後ろを振り向いて執事に目配せをする。ちょっと焦っているようにも感じる。


「はい」


 執事が何かの包みをドモクレーに渡した。それをテーブルの上に置いたドモクレーは、にちゃあっと笑った。


「どうぞお納めください」


「これは?」


「王都に新しく出来た食器専門店で入手したティーカップとソーサーです。どうぞ箱を開けてみてください」


 アデルナがその箱の紐をほどいて、包み紙を取ると豪華な革製の箱が出て来た。その箱のふたを開くと、真っ白に金と青の縁取りの上品な食器が入っていた。


「いかがでしょう?」


 するとアデルナがそれを手に取って言う。


「聖女様。これは素晴らしい逸品です。このような見事な白は見たことが御座いませんし、何よりもその陶器の薄さが素晴らしい。名工による逸品でございましょう」


 なるほど。すっごく高そうな箱に入っていると思ったけど、そう言う事か。一応それが何かをドモクレーに聞く。


「これは、あまり国交のない東スルデン神国の陶磁器に御座います。軽く弾いてみてください」


 俺はそれを持ち上げて指ではじいてみる。


 チーン! と澄んだ音が鳴り響いた。


「なるほど。良いものなのでしょう」


 俺にはさっぱりわからないけど。


「聖女様はお茶と菓子がお好きだと思いましてね。時にはこんな食器で嗜むのも良いかと存じます」


「ありがとうございます」


 すると執事がもう一つの包みを出して来た。それがテーブルの上にスッと乗せられる。


「どうぞお納めください」


「これは?」


「ほんの謝礼でございます」


「謝礼?」


 なんだろ? 俺がアデルナに目配せをすると、アデルナがそれを取って包みを開ける。そしてスッと半分くらい開いた時、中に袋が二つ入っていた。何処をどう見ても金が入った袋だった。


 そして俺がドモクレーに向かって言う。


「これはどういった事でございましょう?」


「いえね。もちろん聖女邸は、王室からの給金で十分賄われていると思います。ですが聖女財団の基金は今は、ミラシオン伯爵のアルクス領に貸し出しをしていますので運転資金が必要ではないかと思いましてね」


 別にそれほど困ってはいないけどね。まあ、あればあっただけ行動はしやすいかも。今回の救出作業で、かなり裏の世界に金を流してしまったし。


 だけど、こいつに借りを作るのはもってのほかだ。断ろう。


「いただけません。なによりドモクレー伯爵様より金品を頂くいわれがございません」


 だがドモクレーは引かなかった。


「私は驚いているのです。私が思うより聖女様はしたたかで、そして強い御方であったと知りました。私は恩を頂くだけなのは嫌なのでございます!」


「恩など、ドモクレー卿に売った覚えはないのですが?」


 するとドモクレーは困ったような表情をする。そして深々と頭を下げて懇願して来た。


「何卒! 何卒! お受け取りいただけまいか! まさかと思ったのです! 聖女様があのような…」


「あのような…」


「いえ…、とにかく受け取っていただきたい。そしてここからは私の独り言でございますので、適当に聞き逃してもらいたいのです」


「なんでしょう?」


「少し前に、私の統治する領地の村で奇跡が起きたのでございます。なんと、どこぞから来た商人様が、村人の完治しない病や怪我を治して行ったというのでございます。そんな事がありましょうか? 一介の商人にそのような事が出来ますでしょうか?」


「さあて、出来る人もいらっしゃるのでしょう?」


 するとドモクレーはハンカチで汗をふきふき言った。


「あの…そして、これも私の領での出来事なのですがね…」


「なんでしょう?」


「大きな盗賊団が山に巣くっていたのでございますが、それが壊滅したと一報が入ったのでございます。討伐に向かった騎士団が到着した時には、盗賊達の死体の山だったと聞き及んでおります」


 するとアデルナが俺の隣りで、若干無表情で言った。


「あら。素晴らしい事ではないですか? 世には力のある御仁がいらっしゃるのでしょう?」


「そ、それが、ギルドは一切関知していないと! 騎士団も知らぬ間にそんなことが起きたらしいのです」


 これまたアデルナが無表情で返す。

 

「まさに英雄というにふさわしい方がいらっしゃるのですね。よほどの大軍勢で迎え撃ったのでございましょう」


「‥‥‥」


 ドモクレーが黙るが、今度は後ろに立っていた初老の執事が口を開いた。


「そうですか。ただ主様はこう思っているのです。もしかしたら自分の入れ知恵で聖女様が出向いたのではないかと、そう違いをしているのでございますよ」


 当たり。


 なるほどね、ドモクレーは自分の保身のためにここに来たって事か。まあ自分の入れ知恵で聖女が危険な場所に赴いたなんて、ルクスエリムに知れたら大変なことになる。何らかの責任は取らせられそうだしな。


「まさか。うちの聖女様がそんな危険な事をするなどあり得ませんわ」


 アデルナがチラリと俺を見る。


「それなら良いのですがな。いずれにせよ、その貢物は受け取っていただけませんと、私らが路頭に迷う事になるやもしれんのです。何卒お納めくださいませんか?」


 ドモクレーは下を向いている。どうやら合わす顔が無いらしい。そしてアデルナがニッコリ笑いながら言う。


「そうですか。それはお困りの様ですね。どうでしょう? 聖女様、人助けと思ってこちらを受け取ってしまわれるのがよろしいかと」


 えっとアデルナが言うならそれでもいいけど。


 俺はうんともすんとも言わず、アデルナをチラリと見るだけにとどめた。するとアデルナは相手の執事に聞いた。


「これは帳簿には?」


「のっておりません」


「そうですか。ではこれで、無かった事になりますね?」


「はい」


 その話が終わるとドモクレーが顔をあげた。そして最初に出した陶磁器を指さして言う。


「聖女様。くれぐれもこの陶器には深い意味はございません。たまたま東スルデン神国が陶磁器に優れた国だったと言う事です。ですがかの国にも商人がおり、少なからずともこの国に出入りしていると言う事が分かります」


 なるほどね。火傷しそうになっているにも関わらず、このドモクレーという男はどこまでもしたたかだ。まあ奴隷を売り買いしていない事と、きちんと自分の領を統治している事だけは評価しよう。


 俺は口を開いた。


「ありがとうございます。ドモクレー卿。こちらはありがたくいただいておきます」


「はい」


「ですが一つだけ。自領の盗賊を野放しにしておくのはいただけないですね。ギルドでは依頼を貰えば討伐するとおっしゃってましたよ。次からはギルドを利用されてはいかがです?」


「そのように致します」


「あとは何か?」


「いえ。今日は貴重なお時間を頂きましてありがとうございました。くれぐれも! 私は聖女様の味方であると! そう御心にお納めください。何卒おねがいします!」


 ドモクレーが、ハンカチで汗をふきふき言った。俺はコクリと頷いて立ち上がる。


「美味しいお茶が飲めそうです」


「はい!」


 そしてドモクレーも立ち上がったので、俺はアデルナと一緒に玄関まで送った。ドモクレーは最後までペコペコしきりだった。


「行った、行った」


「行った行った、ではございません。聖女様…ちょっとよろしいですか?」


 あれ? アデルナが激おこぷんぷん丸じゃない?


 応接室に戻るとアデルナに座れと言われたので、俺は座るしかなかった。


「聖女様! 危険な真似をしてはいけません! この金額を見れば分かります! 相当な事をなさったのでしょう! あなた様のお命はこの国の宝なのでございます! 分かっていらっしゃるのですか!」


「す、すいません!」


「盗賊の死体って何です? あなたはどこで何をしていらっしゃったのですか!」


「ごめんなさい…」


 それから俺は一時間に及ぶ説教を受けるのだった。後から金を数えたら二袋とも大白金貨がぎっちり詰まっていて、ドモクレーがどれだけルクスエリムに黙っていて欲しいかの気持ちが分かったのだった。

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