第94話 ギルドへの貸し
俺とアンナが頑張った結果だが、想定よりも早く答えが出たようだ。
俺がスティーリアとヴァイオレットの三人でお茶をしている時、メイドが来客を伝えに来た。午前十時に訪れたのは、なんとギルドマスターのビアレス・ガトルと眼鏡っこビスティーだった。
メイドが俺に聞いて来る。
「いかがなさいましょう?」
男は聖女邸に入れたくないが、この場合は仕方がない。
「応接室へ」
「はい」
伝えに来たメイドが小走りに去っていった。男相手にそんなに急ぐ必要ないのに。
「ヴァイオレット。アンナを呼んで来てくれる?」
「はい」
そして俺が中庭から出ようとすると、ミリィがすぐさまやって来た。
「聖女様。身支度を」
「わかった」
俺はミリィと共にゆっくりと自室に戻る。ミリィは多少焦っているようだが、突然の訪問者だし男だから待たせて問題ない。
「急がなくても?」
「むしろ念入りに身支度をしてくれる?」
「はい」
部屋に戻り修道服に着替えて、バッチリと化粧直しをして髪を結い直す。何故かこれをやってもらうと、意識が戦闘モードに入るのだ。
「いかがでしょう?」
「いい感じ。行こうかな」
「はい」
そして俺が部屋から出ると、前に剣を腰にぶら下げたアンナが立っていた。その隣には今まで、一緒に居たと思われるリンクシルもいる。今の今まで修練をしていたと思うが、全く息を切らしていない。
「アンナごめんね。せっかく剣を振っていたのに」
「ギルマスが来たんだ。辞めたとはいえ、元冒険者が顔を出さねばなるまい」
「ありがとう。心強いよ」
そして俺がミリィに尋ねる。
「アデルナは?」
「まだ戻っておりません。今日はメイドと食材の買い付けに出ております」
「ああ、いきなり量が増えたからね。ジェーバとルイプイも一緒かな?」
「そうです。彼女らは、いろいろ教えてもらっているようです」
「ありがたいね」
「はい」
そして一旦、執務室へと向かってノックする。
コンコン!
「はい」
スティーリアが出て来た。部屋の中にはヴァイオレットもいる。
「一応、ギルドに渡された孤児の一覧を持って行く」
「はい」
ヴァイオレットがすぐに資料を俺に渡してくれた。既に俺が来ることが分かっていたらしい。俺はそれをそっと懐にしまい込んで二人にニッコリと微笑んだ。
「いよいよかも」
スティーリアがそれに答える。
「良き方向に向かうとよろしいですね」
「そうだね」
そして執務室を離れ階段を降り応接室に向かっていく。応接室の前で俺はリンクシルに言った。
「リンクシルはミリィ達と待っておいで」
「うん」
二人は応接室を離れて台所の方に歩いていく。俺はアンナを見て言う。
「さて」
「ああ」
そして俺が応接室のドアをノックする。
コンコン!
扉を開くと、ギルドマスターのビアレスとギルドの眼鏡娘ビスティがいた。二人はスッと立ち上がって俺に頭を下げている。
「これはこれは、ギルドマスター直々にお越しいただくとは」
「いや。むしろ…遅いくらいでした」
「まあ、おかけください」
そして俺達が腰かけたくらいのタイミングで、ミリィがお茶と菓子を運んで来た。
「あ、ああ! おかまいなく」
ビアレスが言うが、ミリィはニッコリと笑ってお茶を注いだ。その余裕の顔を見てビアレスが汗をたらしている。
「では、ごゆっくり」
そう言ってミリィは部屋を出て行った。ビアレスが俺の隣りに座るアンナを見て言う。
「やあ、アンナ。久しぶりだね」
「そうだな」
「はは。聖女様のお役にたってるようで良かったよ」
「ああ」
「ギルドには…」
「戻らん」
「そ、そうか」
なんか、この二人の間にも何らかの確執がありそうだ。だが俺はそれをスルーして言う。
「ビアレスさんがロサを紹介してくれたおかげで、アンナがうちに来てくれましたよ」
「ははは…。まさかアンナが動くとは思いもしませんでしたよ」
「そう? アンナはうちを気に入ってくれているみたいですよ」
「そうなのですな! まあ、ギルドでは損失ですが、英雄のもとでお役に立っているのであればなによりですな!」
前に会った時より随分と忖度しているように思える。俺は手元のカップを指さして飲むように勧める。
「どうぞ」
「あ、はい」
そして二人はお茶を飲んだ。
「ふぅ、いいものですな」
「はい。ルクスエリム陛下からの口利きで、我が聖女邸にも卸していただいております」
「すばらしい」
なかなか本題に入らないな。じゃあこっちから切り出すとしようか。
「そういえば。こちら、ありがとうございました」
俺は執務室でヴァイオレットから受け取った、不遇な孤児リストを取り出してビアレスに渡す。これは以前ビスティが俺の所に持って来てくれたものだ。
「…はい」
するといきなりビアレスが机のわきにどけて土下座をした。
「この度は誠に申し訳ございませんでした!」
なんだなんだ? 唐突に。
「どうしました?」
「このリストに載っていた者達が全て助けられたと聞いております」
「偶然じゃないですか?」
「は、はは…まさか」
「いずれにせよどうぞ席にお戻りください」
「すみません」
そして席に座ると真剣な表情で俺の目を見て言う。
「私はカルアデュールの英雄のお力を過小評価しておりました。あれはきっと、王家が聖女様のお力を他国へのプロパガンダの為に誇張していたものだと」
「そんなところです」
「ご冗談を…、私はこのような直接的な行動に出るとは思っておりませんでした。政治的な解決をするものだとばかり思っていたのです」
「何のことか…」
「まあ…。その様に知らないふりをしていただけて私は救われます。ヒストリア王国の至宝を死地に送ったと知られれば、私ごときの首は簡単に飛んでしまうでしょう」
そう言う事か。それなら気にする事無いのに、俺が好きでやった事なんだから。
「やはり何の事か分かりませんね。ですが困っている人達が救われたのであればよかったです」
「…はい」
そして俺は更に突っ込んだ話をする。
「それで、ギルドは今後どのように動きます?」
「はい。ギルドに登録している冒険者のルールの改定ですね」
「どのように?」
「奴隷をなどを使って魔獣寄せなどの行為をした者の永久追放です」
「ただの仲間だと言い張ったら?」
「身元調査をいたします」
「なるほど」
そりゃそうだ。見て見ぬふりしてきたギルドの罪はある。そしてビアレスが続いて言う。
「あと…それに…、今後もし盗賊団の討伐などがありましたら、何卒ギルドへの依頼をお願いいたします。ギルドは常にその準備は出来ておりますので!」
「依頼が無いと動けない?」
「それはギルドの性質上そうなります」
「お金がかかるって事ですね?」
「まあそれは…」
「騎士団を動かせばお金をかけずともいいのでは?」
「騎士団は動くまでが遅いのですよ。様々な情報を集め、最終的には王命が下りねば動けませんから」
どうすっかな? ギルドが動かねえから俺達が危ない橋を渡ったんだけどな…
俺が言う。
「もし…ですが」
「はい」
「次に、なにか大きな事があった場合に私が依頼したとします。その時は?」
「せ、聖女様の命でしたらすぐに」
「では。その時はお願いします」
これでギルドに大きな貸しが出来た。俺が困ったときはビアレスに言えば動くだろう。すると黙っていたアンナがぼそりと言う。
「ギルドがもっと正義の為に動くのならよかった」
「は?」
「なんでもない」
汗をかいたビアレスは冷めたお茶を一気に飲み干す。眼鏡っこのビスティーは来てから一言も言葉を発しておらず、青い顔をして側にいるだけだった。俺はビスティーにニッコリ微笑む。
「このチョコレート。ルークス・デ・ヒストランゼのですよ。せっかくだからどうぞ」
「い、頂きます!」
そしてビスティーはチョコレートを口に入れた。もちろん緊張してその味が分かるかどうか微妙だが、額の汗を拭きながら菓子の感想を言うのだった。俺とアンナがすまし顔で冷めたお茶を飲みほしたころに、ミリィが暖かいお茶を運んでくるのだった。
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