第93話 聖女邸の顔合わせ
次の日の朝、俺は皆を食堂に集めた。夜分に帰ってきた時は凄く心配そうな顔をしていたが、元気そうな俺達の顔を見て一安心したようだ。俺が食堂に来ると椅子に座っていたみんなが立ち上がる。
俺の後にはリンクシルとジェーバとルイプイが、こそこそと下を向いてついて来た。俺は振り向いて三人に声をかける。
「大人しいね」
するとルイプイが言う。
「いっぱいいて緊張するぅ」
「ああ。大丈夫だよ。ここにいる人達はみんな君らの味方だからね」
「う、うん」
そして俺は皆の方を見て言った。
「なんか三人は緊張するみたい。みんな椅子に掛けて。さ、リンクシル達も座って」
皆は椅子に座ってニコニコしていた。恐らくは三人に気を使わせないように、緩い雰囲気を醸し出してくれているのだろう。
俺はリンクシル達三人に言う。
「ルイプイとジェーバは知っていると思うけど、本当の私は聖女です。聖女フラル・エルチ・バナギアといいます。これが本当の私」
三人は緊張しながらコクコクと頭を上下させる。そしてアンナを指さして言う。
「そして三人も知ってる、この人はアンナ。私の護衛をしています」
アンナは黙ってコクリと頭を下げた。
「あとのみんなは、三人に自己紹介を」
「はい」
最初にミリィが立ち上がった。
「私は聖女様の専任メイドです。身の回りのお世話をしております」
すると三人はコクリと頭を下げる。次にスティーリアが立ち上がる。
「私は修道女です。聖女様の聖職の支援をしております」
また三人がコクコクと頭を下げた。そして次にアデルナが立ち上がる。
「私は聖女邸の切り盛りをしている、女執事だよ。よろしくね」
三人が少しほっとしたような表情を浮かべる。見るからにお母さんって感じのアデルナに安心感を抱いているようだ。そしてヴァイオレットが立ち上がる。
「私は聖女様の文官です。公文書などを作成したり、手紙を代筆したりします。あとは事務のまとめなどが仕事です」
三人はまたコクコクと頭を下げた。その後も使用人が一人一人挨拶をしていき、三人は緊張の面持ちで聞いていた。そして最後のメイドが挨拶を終える。
「以上が聖女邸の仲間だよ。多分一気には覚えられないと思うので、何か聞きたいことや困った事があれば、ミリィかアデルナに聞いてくれるといいかな」
「「はい」」
「わ、わかった」
そして俺は皆の方に向き直って改めて言う。
「みんなには心配をおかけしました。私は彼女達を救う為に遠征をしてまいりました。彼女らは身寄りのない不遇な人生を送ってきましたが、もう自由です。彼女らを束縛する者はもう何処にもいない。そして今回、リンクシルがいなければ私は死んでいたかもしれません」
すると聖女邸の面々がざわつく。
「そのような危険な場所に?」
ミリィが怒ったような顔で言う。もちろん若干怒っている。
「ごめんねミリィ。でもこうして無事に帰って来たよ」
「はい」
ミリィがリンクシルに向かってニッコリ笑って言う。
「聖女様を守ってくださってありがとうございます。あなたのおかげで聖女様は無事です」
するとリンクシルは頭を掻きながら言う。
「いや…うちはただ何かしなくちゃと思って無我夢中で、それよりも本当に聖女を守り切ったのはそこにいるアンナだ」
だがアンナは静かに目を閉じて腕を組んでいるだけだった。特に何も言う事はないらしい。
俺が再び話を始める。
「この三人。リンクシルとジェーバとルイプイは聖女邸で預ります。これからは聖女邸の一員として生きる事になります」
リンクシルとジェーバとルイプイが少し驚いたような顔をする。改めて言ったからだろうか? それとも全く予想していなかったのかもしれない。
するとリンクシルがガタンと立ち上がる。
「あ、あの! 獣人だけど、礼儀とか知らないけど…なんつーか。とにかく聖女の役に立ちたいと思ってるんだ!」
リンクシルがそう言うとアデルナが答えた。
「いい面構えだこと。まるで冒険者のような感じね」
「ぼ、冒険者?」
「そういう人ギルドにいっぱいいるわね」
「そ、そうなんだ…」
今度は慌ててジェーバとルイプイが立ち上がって言う。
「わ、わたしは孤児です! でも聖女様のお役に立ちたいんです!」
ジェーバがそう言うとルイプイも口を開いた。
「あたしも一緒です! 小さい頃に治してもらった聖女様に恩返しがしたい! 助けてもらったし、何かの役に立ちたい!」
するとその挨拶を聞いたスティーリアがパチパチと拍手をした。それにつられて、皆がパチパチと拍手をする。リンクシル達三人は照れたような顔で立っていた。
「えっと。それで三人の仕事なんだけど良いかな?」
皆が俺に顔を向けた。
「まずリンクシルなんだけど、当分はアンナの修行をみることから始めよう」
「修行を見る?」
「そう、あなたは獣人で力が強い。私の護衛はアンナがするけど、聖女邸の人達を守ってほしい」
「わ、わかった! がんばるよ!」
「よろしく」
そして俺はアンナに言った。
「別にアンナは教えなくてもいいよ。ただ気が向いたら話をしてみて」
「わかった」
アンナは特に表情を変えずに返事をした。盗賊と戦った時に、俺から離れて危ない目に合わせたと思っているらしく、一人ではすべてを守りきれないと思ったらしい。リンクシルを護衛に回す事に異議は無いようだった。
「そして、ジェーバとルイプイだけどアデルナに任せても良いかな?」
「かまいません。何をさせましょう?」
「無理難題を言うようだけど、貴族の前に出ても恥ずかしく無いような礼儀作法を叩きこんでほしい」
「かしこまりました」
そう言ってアデルナはチラリとジェーバとルイプイを見た。すると二人はぺこりとアデルナに頭を下げる。さっきはアデルナの存在にホッとしていたようだが、今度は少し緊張しているようだ。
「じゃあリンクシル、ジェーバ、ルイプイ。これからよろしくね」
「「「よろしくおねがいします!」」」
三人は俺に深く頭を下げるのだった。
「じゃ、朝ごはんにしよう! ミリィ、リンクシルもよーく食べるからね、たくさん運んでね」
「はい!」
挨拶が終わって、俺はようやく普段通りの朝食にありつく事が出来たのだった。賽は投げられた。後は王都の陰社会がどのように動くのかが楽しみだ。
俺は前菜のサラダをフォークにさして口に運び、各方面からの報告を心待ちにするのだった。
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