第92話 汚れた体を洗う
俺達が聖女邸に戻ると、皆が心配そうな顔で出迎えてくれた。だれもリンクシルやジェーバやルイプイの事を聞いては来ない。それどころか、風呂の準備をしてくれており俺達に薦めてくれた。
「ごめんね。説明は休んでからでもいいかな?」
俺が言うとアデルナが答える。
「もちろんで御座います聖女様。とにかくお風呂に使ってゆっくりなさってください」
もしかしたら俺達は臭うのか? 俺はアデルナに単刀直入に聞く。
「えっと臭う?」
「正直申しますと、そちらのお三方は多少」
どうやらリンクシルとジェーバとルイプイが臭うようだ。それは仕方がない、軽く水浴びをしただけで髪の毛はゴワゴワだし薄汚れている。それを聞いたジェーバとルイプイがスンスンと自分の臭いを嗅いでいた。
「えっと、お風呂入ろう」
「うん」
「わかった」
「‥‥‥」
リンクシルが軽くそっぽを向いた。
「リンクシルは嫌かい?」
「えっと、でも…」
「私らは気にしないよ」
俺がそう言うとリンクシルが、ミリィやスティーリアやヴァイオレットに目を向ける。皆はただコクリと頷くだけで、特に問題にしていないようだ。
「わかった」
獣人なので、尻尾やあれこれを見られたくないのかもしれない。
「さ、いこ!」
だが、こっちにも人見知りがいた。
「わたしはあとででいい」
「アンナ。一緒じゃいや?」
「聖女と二人なら問題ない」
やっぱそうだよな。
「…じゃ、まってて。代わりに、ミリィとスティーリアとヴァイオレットで三人を洗ってくれない?」
「「「はい」」」
決定した。俺達は七人で風呂に入る事となる。するとアンナが言った。
「わたしは剣を振って来る」
そう言って部屋を出て行ってしまった。今の今まで盗賊達と戦って来たというのに、もう修練を始めるらしい。だが俺はそれを止める事も無い。それはアンナとの約束だからだ。
俺達が風呂場につくと、既にタオルや浴衣が用意されている。髪を洗う為の洗剤と、髪を整えるオイルまで置いてあった。三人はそれを物珍しそうに見ている。
俺は呟く。
「ようやく戻れた」
スティーリアがニッコリ笑って言う。
「お疲れさまでございました」
そして俺達とジェーバとルイプイが服を脱いでいると、リンクシルがもじもじしたような感じで恥ずかしがっている。俺はいち早く裸になってリンクシルへ言った。
「恥ずかしかったら後で、でもいいよ」
「…いや。聖女が裸になるのなら一緒に入る」
そう言って徐に服を脱ぎだしたのだった。
「じゃ、先に入ってるよ」
「わかった」
「ヴァイオレットお願い」
「はい」
そこにリンクシルとヴァイオレットを残し、俺とミリィとスティーリア、そしてジェーバとルイプイが先に浴室に入った。そして洗い場にジェーバとルイプイを座らせる。
「うちは王家御用達の物と同じだからね。良い匂いだよ」
「わあ!」
「良い匂い!」
そう言って石鹸の匂いを嗅いでいる。ミリィとスティーリアがタライにお湯を汲んで、髪用の洗剤を手に取って泡立てていく。それをジェーバとルイプイの髪に乗せて洗うが、なかなか泡立たなかった。
するとミリィが言う。
「何度もやるからね」
「は、はい」
そして一度お湯で流し、再び泡立てて髪を洗い始める。するとジェーバとルイプイが気持ちの良さそうな顔をしてほわほわしていた。
「どう?」
「頭を洗ってもらうなんて大人になってからはなかった」
するとミリィがジェーバに聞く。
「痒い所はある?」
「あの、上の方」
「はいはい」
ミリィは優しく洗っていく。そしてその隣でも同じようにルイプイがスティーリアから頭を洗われていた。
カラカラ と、浴室にリンクシルとヴァイオレットが入って来た。リンクシルは恥ずかしいようで、自分の体をタオルで隠している。人間の体に尻尾が生えているだけなのだが、それでも恥ずかしいようだ。俺は宿場で彼女の体を見ているが、他の人間に見せるのは抵抗があるらしい。
だがヴァイオレットが言う。
「かーわいい! もふもふぅ」
ぽふっ! とリンクシルの尻尾を触る。
「あっ…」
敏感な所を触られ、赤い顔をしてリンクシルが悶えた。
「あ、ごめんなさい。でも尻尾もゴワゴワだし、洗っちゃおうね」
「う、うん」
そしてヴァイオレットはタライにお湯を汲んで泡立て始めるのだった。ジェーバとルイプイは体を泡だらけにされて、もしゃもしゃと洗われていた。もう天にも昇るような恍惚の表情を浮かべている。
「気持ちいい?」
「う、うんー」
「はあぁぁー」
よかった。二人は風呂を堪能してくれているようだ。俺は先に洗い終わったので、湯舟につかる。
「はああああああ」
思わず大きく長いため息が出た。この三日間は生きた心地がしなかったので、この風呂は天国に感じる。いつもなら、ミリィやスティーリアやヴァイオレットの裸を見てムフフをしている頃だが、今日の所は自分の体を休めるのに全力だった。
「あふぅ」
今度は唐突にリンクシルが声をあげる。泡だらけにされて、ヴァイオレットに隅々まで現れていた。几帳面なヴァイオレットはそれこそ、リンクシルの大切なあちこちを丹念に洗っている。
ジェーバとルイプイが湯船に入って来た。
「温かいお風呂!」
「凄いね!」
「入った事無いの?」
「ない!」
「ない!」
なるほど。可哀想な人生を送ってきているらしい。もはや俺の正体も見られたし、この二人は俺の為に働きたいと言っている。既に俺はこの聖女邸の一員として迎え入れるつもりでいた。
全員が洗い終わって湯船に入るとリンクシルが言って来た。
「贅沢だな。家でこれが味わえるのか」
「リンクシルはお風呂の経験は?」
「自然には温泉がある。熱いから水で薄めて入るんだ」
「温泉!」
俺は知らなかった。この世界に来てから温泉なる物に入った事がない。というか旅行に行った事など無いのだから当たり前だ。
「ああ、温泉だ」
「えっと、それってどこにでもあるのかな?」
「どうだろう? この国の事は分からないが」
するとヴァイオレットが笑っている。
「聖女様。湯治場は御座いますよ。ですが傷ついた兵士や、年老いた貴族などが使う物です」
「うっそ。そんな場所があるんだ!」
「それはそうですけど、普通、若い女は立ち寄りません」
「どこにあるの?」
「私の実家の領内にも湯治場がありますよ」
「うっそ! リヴェンデイル領に?」
「はい」
「行ってみたい」
「はあ。では聖女様の襲撃問題が落ち着いた暁には、湯治場にお連れします。きっと父も喜ぶでしょう」
「いいね」
「男が入れぬように父にお願いをして、皆で入れるようにいたしたいです」
「約束ね」
「はい」
どうやら俺は聖女の仕事に忙殺され、挙句の果てに軟禁状態になった事で人生の楽しみを削られていたようだ。とにかく俺の仕事のひと段落はついた。さっさと次の計画を進めて、女達が自由に動ける国を作らねばならない。
将来的には、男湯女湯と別にしてもらえるようにしないとな。
俺はまた新たな構想を思い浮かべるのだった。
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