第91話 お忍び帰還

 俺達の馬車が、騎士団の脇を通り過ぎようとした時だった。ただ見逃してくれるかと思ったが、そんな訳もなく呼び止められる。


「止まれ!」


 騎士の一人が俺達の馬車の前に立った。俺はこっそり傍らにいるリンクシルに状況説明を求めた。


「ファースト、情況を説明して」


「えっと、騎士が仁王立ちして馬を止めた」


「そのまま教えてね」


「ああ」


 数名の騎士が追いかけてやってきて、アンナに向かって話しかけているらしい。


「どこに行く?」


 するとジェーバが代わりに話した。


「王都に行きます!」


「積み荷を改めさせてもらう!」


「に、荷物は積んでいません」


「なんだと?」


「病人を運んでいます!」


「見せて見ろ!」


 そう言って男達が荷台の後に回ってやって来た。そして幌の中を覗き込んでいう。


「人が寝ています!」


「おい。そいつを起こせ!」


 騎士達が騒いでる。ヤベエ、いきなりバレるか?


 するとルイプイが大きな声を出して言う。


「あの! おねえちゃんは病気で! 王都に行って聖女様に見てもらうの!」


「病気だと? 顔くらいは見せれるだろ?」


「人に顔を見せられないの!」


「なんだと…怪しいな…」


 いかん…。グイっと車体が後ろに傾いた。どうやら騎士が乗り込もうとしているらしい。仕方ないなあ…


 ガリッ!


 痛ってぇぇぇぇ! 俺は思いっきりほっぺたを噛んでから、よろよろと起き上がる。そして思いっきり咳をした。


「ゴホッ! ゴホッ!」


 それと同時に、口の中にためた血を思いっきり吐く。血しぶきとなって辺りに散った。


「き、騎士様。お近づきにならないで下さいませ。流行り病であったら移してしまうかもしれません。何かが分かるまではどうか!」


 すると、乗りかけていた騎士が慌てて降りる。そこに声が聞こえて来た。渋くて厳しそうな迫力のある声だった。


「どうしたのだ?」


 げっ! まさかの騎士団長のフォルティスじゃないか…まずい。俺はごろりと寝転がって藁をかぶった。


 すると騎士がフォルティスに説明する。


「この姉妹が病気を診てもらいに王都に行くとの事です」


「どれどれ」


 そう言ってフォルティスが覗こうとするが、騎士がそれを止めた。


「先ほど血を吐きました。もしかしたら肺をやってしまっているかと、流行り病だといけませんので」


「なるほど」


 だがフォルティスはすぐにはそこを離れなかった。そしてじっと俺達五人を眺めている。だがしばらくすると、フォルティスは騎士達に言った。


「此度は、山脈付近に巣くっている大盗賊団の討伐だ。先を行くぞ」


「「「は!」」」


「お嬢さんがた。早く王都に行って聖女様に診てもらうがいい、ここから王都は目と鼻の先だ」


 そしてルイプイが返事をする。


「は、はい」


 するとフォルティスが騎士に言う。


「紙と筆をもて!」


 騎士達が紙と筆を持ってくると、フォルティスは筆に墨をつけて羊皮紙に何か書き記していく。そしてそれを折りたたんで、ルイプイにこっちに来るように言った。


 ルイプイが恐る恐るフォルティス騎士団長に近寄ると、今したためた書状を渡してくる。ルイプイはぺこりとお辞儀をしてそれを受け取った。


「王都についたら、門番にこれを渡してすぐに聖女邸に伝えてもらえ! 我の訴状であれば無下にはされまい!」


「あ、ありがとうございます」


 そしてフォルティスは踵を返して、隊列の方に戻って行くのだった。騎士達も駆け足で自分達の馬の方へと駆け寄っていく。先頭の騎士が大きな声で言った。


「しゅっぱーつ!」


 そして再び騎士団は、俺達がやって来た方向へと向かっていくのだった。俺達はそれが過ぎるまで頭を下げて、そして最後尾が過ぎるとすぐに出発した。


「おー、いてっ!」


 俺は自分の口の中に回復魔法をかけた。えぐれたほっぺの中を治療してようやく落ち着く。


 アンナが言った。


「迫真の演技だったな」


「必死だよ」


「だな」


「ジェーバもルイプイも上手だったよ」


「えへへ」


「よかった」


 そして俺はリンクシルに向かって言う。


「爪を引っ込めて。守ってくれようとするのはありがたいけど、騎士団相手にそれは不味い」


「ご、ごめん」


「いや。その気持ちは嬉しいよ」


「あ、ああ!」


 そして俺達は再び王都に向かっていくのだった。


「訴状は不幸中の幸いだ」


「なんでだ?」


「説明とかしなくても、聖女邸に使者が走る。きっと誰かが迎えに来ると思うよ」


「なるほど」


 そして一時間もすると王都の門が見えて来る。列になっているので、その最後尾に並んだ。聖女ならば顔パスですぐに入れるが、俺は正体を隠しているので並んで待つのだった。それから四十分も待っていると、ようやく俺達の番が回って来た。


「王都へは何用で?」


 門番に聞かれて、アンナが黙って訴状を渡した。


「これは。フォルティス騎士団長の直筆の書だ! 聖女邸に走れ!」


「は!」


 そして門番がアンナに言った。


「まずは。入り口の外で待ちなさい。じきに聖女邸から使者が来るはずだ」


 ジェーバがそれに答える。


「わかりました」


 そしてニ十分もすると、見慣れた聖女邸の馬車がやって来る。


「だれだろ?」


 俺達の幌馬車に横付けされた馬車から降りてきたのは、スティーリアとミリィと俺の法衣を来た一人のメイドだった。まさかこの二人が来てくれるとは思わなかった。三人は大きなカバンを持って俺達の荷台へと乗って来た。


 俺がムクリと起きると、ダッ! とミリィとスティーリアと俺のもとに来て抱きついた。


「聖女様!」

「ご無事で…良かった…本当に良かった」


「えっと。私って分かった?」


「ピンときました」


 するとミリィが鞄を開いて大きな布を取り出した。そして幌の前と後ろに布をかけて外から見えないようにする。スティーリアが外に出て、門番の騎士達に治療をするからと説明していた。


 俺がメイドが脱いだ法衣に着替え終わると、俺が来ていた服を一緒に来たメイドが着こんで横になる。


「では。聖女様、治療が終わった事のご説明を」


 そう言ってミリィが前後の布を外す。俺が馬車を降りて騎士達の前に立つと、騎士達が一斉に俺に向かって膝をついた。そしてその周りにいた旅人や、市民達も膝をついて俺に祈りを捧げている。


 俺は皆に説明をした。


「病人の治療は終わりました。あいにく大事には至らないようです。一度聖女邸に連れて行き療養させる予定です。騎士様のご協力感謝します」


「「「「「は!」」」」」


 そして俺はいつもの自分の馬車に乗り込む。スティーリアとミリィも後を追うように乗り、俺達の馬車が進むとアンナが操る幌馬車が後ろをついて来るのだった。入り口で門番ともめる事無くスムーズに入れたのは大きい。


 なぜかミリィとスティーリアは対面席では無く、俺の両脇に座って俺に寄り添っていた。何か知らんけどめっちゃ落ち着く。


 ああ…ミリィもスティーリアも良い匂い。俺はちょっと臭いだろうから、離れてくれてもいいんだけどな。だけどこのさい…いいか。


 そして二台の馬車は聖女邸へと入って行くのだった。

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