第90話 正体がバレる
揺れる馬車で、俺とアンナが沈黙しながら前を向いていると、後ろの馬車の幌の中から声がかかった。回復して元気になったルイプイが、前に顔を出して俺に言う。
そして、そのかけられた言葉に俺は固まってしまった。
「聖女様!」
「えっ!」
何故だ? いつ俺が聖女だと分かったのだ? 俺がアンナと目を合わせて驚いているとルイプイが言った。
「聖女様はなんでそんな恰好で、こんなことをしているの?」
確実に俺が聖女だと分かっているようだ。
「あのー。聖女って誰の事?」
「聖女様は聖女様だよ! ねえジェーバ」
「うん。だってそうだよ!」
徹底して顔を隠して来たつもりだが、彼女らの傷を治す時に顔を晒したっけ? 晒したか…
「どうしてそう思ったかな?」
「魔法」
「そう! 魔法!」
なるほど。俺の回復魔法から分かったらしい。
「魔法…」
「子供の頃に、治してくれた時とおーんなじだった!」
「そう! 同じだった!」
「あと、雰囲気が変わったけど、前に見た事あるんだ!」
ジェーバが言う。なるほど俺がこの聖女になる前も、王都で治療の仕事はしていたからな。と、言う事はこの二人は、聖女の治療を受けたことがあるのだろう。
だが。
「えーっと、他人の空似。だってそうでしょう? こんなところに聖女がいる?」
すると、二人が考え込んだように腕を組んで首をかしげる。
「…確かに…そうなのかな…でも…」
「おんなじだったけどな…」
俺は白を切り通す事にした。二人は確信しているようだが、徹底的に違うと言ったら違う事になる。これは浮気を見つけられそうになった時に、絶対に認めてはいけないのと一緒だ。
「恐ろしい盗賊と戦うなんて、聖女がするかな?」
だが二人は確信したように言う。
「すると思う。だって、聖女は帝国兵を皆殺しにしたんだ」
「そう。英雄なんだ」
いや、皆殺しにはしてない。確かにいっぱい死んだけど、あれは結果そうなったというだけだ。今回のように肉弾戦をしてはいないし、皆殺しではないんだが。
「そういう話は、尾ひれはひれがつくわけで、本当はそうじゃないかもしれないよ?」
するとジェーバとルイプイはジーっと俺を見ている。どうやら二人は完全に俺を聖女だと確定しているような表情だ。すると今度は後ろからリンクシルのポンと手を叩く音が響いた。
「東スルデン神国にいた時に聞いた事がある! 隣国のヒストリア王国で帝国を退けた英雄の話だろ?」
「「うん」」
そしてリンクシルは俺をジーっと見る。俺はヒモ時代と同じように問い詰められると弱い、目が泳いでしまうのだった。
リンクシルはスンスンと俺の匂いを嗅いだ。
「うそついてる」
こいつは嘘を見破るんだった…
俺はアンナに目を合わせて諦める意思表示をした。
「もし、仮に私が聖女だったとしたら、三人はどうする?」
するとジェーバとルイプイが喜んで言った。
「「うれしい!」」
そして次にリンクシルを見ると、彼女は俺の瞳をじっと見返して行った。
「獣人は命の恩人を売らない。助けてくれた人に後ろ脚で土をかける事はしない」
「そうか。ならまずは約束をしてほしい、私がここに来て助けたことを誰にも話しちゃいけない」
ルイプイとジェーバが驚いたような顔をするが、リンクシルが二人に言う。
「ルイプイ、ジェーバ。いいか? 命の恩人の事を、今度はうちらが守るんだ。わかる? 聖女は誰にも言わずにここに来たと言う事。それには言えない理由があるんだ。だから二人もこの事は誰にも言わないって約束できるかい?」
「わかった。もちろん命を助けてくれた人の事は守る」
「わたしも、絶対に守る!」
「うん。いい子だ」
そして俺は三人に振り向いて告げる。
「君らを所有していた盗賊は壊滅した。そして奴隷の烙印も消したんだ。だからもう君達は自由だよ。今どこかに行ってもいいし、王都に一緒に帰ってから自由になっても良い。何処で何をして生きていっても良いんだ」
だがリンクシルがその言葉を聞いて首を横に振った。少し考えてから俺に言う。
「うちの里は滅ぼされた。奴隷狩りで皆、死んだりいなくなったりした。うちはもう帰る所なんてない。だけどそれだけじゃなく、うちはあんたの役に立ちたい。この救ってもらった命をあんたに預けたいと思っている」
えっ。それはそれで、どうしよう…まあ身元引受人がいないとなると。何処にも行くとこは無いか。
リンクシルの言葉を聞いたジェーバが言った。
「あの! あたしもリンクシルと一緒! 聖女様の役に立ちたい! どうせ一度死ぬと思ったんだ! あたしの命を使ってほしい!」
「えっと、そういうことじゃなくて」
だがその言葉を遮るように、ルイプイも言った。
「孤児院出身の仲間を助けてくれたんでしょ! こんどはあたいが助ける番!」
いやー、困った。このまま聖女邸にこの人らを連れて行くのはどうだろう。
俺は頭の中でいろいろとシミュレーションしてみる。だが聖女邸の誰からも反対される画が想像できなかった。みんなが三人を快く引き受けてくれる事しか思い浮かばない。
「…わかった。なら今回起きた事は絶対に誰にも話さないでね。それだけは約束して」
三人がうんうんと頷いている。その時だった。アンナが俺に声をかけて来る。
「オリジン」
「なに?」
「道の向こうから何かの集団がやって来るぞ」
俺が正面を見ると、確かに遠い先から集団がこっちへ向かってきているようだった。そしてそいつらが掲げている旗を見て、ギクッっとしてしまう。
「あれ…王の騎士団の旗だ」
「マジか…」
「どうしよう」
「とはいえ、ここで引き返したら怪しい。このままシラをきるしかない」
俺はくるりと振り向いて言う。
「私の名はオリジン、そしてこの人がエンド」
三人がうんうんと頷いている。俺はリンクシルを指さして言った。
「あなたがこれから私と仕事をする時の名前はファースト」
「う、うん」
そしてジェーバを指さす。
「あなたはセカンド」
「セカンド! わかった!」
そしてルイプイを指さしていう。
「あなたはサード」
「うん」
「そして今ここからが仕事! 私が幌に入って藁をかけて寝る。ファーストとセカンドは私の介護をする。そして四人は一緒に王都に来た姉妹」
「「「はい!」」」
「病人である姉を、聖女に診せる為に運んで来た家族の者だと言って」
「わかった」
するとリンクシルがいう。
「うちは東スルデンの訛りがあるけど…」
「話をするのはジェーバとルイプイ。すなわちセカンドとサードね」
「うん!」
「わかった!」
「だ、大丈夫か?」
そして俺は幌に入り藁をかぶった。馬車はそのまま進み騎士団の隊列に接触するのだった。
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