第89話 奴隷の焼き印と助け船

 次の日の朝も宿場の女将が朝食を用意してくれた。さっぱりした野菜とスープが中心の料理で、寝起きにはちょうどいい感じだった。そして女将には丁寧に礼を言い、俺達は診療所に向けて歩いて行く。すると診療所の前には列が出来ていた。


「オリジン…噂を聞きつけてきた奴らじゃないか?」


「だろうね。でもいいよ、あのくらいの人数ならすぐに終わる」


「わかった」


 診療所の前に並ぶ人たちに俺は挨拶をした。


「皆さん。おはようございます」


「ああ! おいでなすった!」


「失礼します」


 そして俺達が診療所の中に入って行くと、診療所の主人と患者が言い争っていた。


「いやね、あれはご厚意でやっていただいた事なのだよ」


「そんな…昨日は来れなかった人もいるんだ。なんとかならねえのか?」


「そんな奇跡はポンポン起こせる物じゃないよ」


「だって昨日はなおった人が大勢いたんだろ!」


「それはそうだけど」


 そこに俺が行って挨拶をした。


「おはようございます」


「あ、ああ! 商人様。すみませんねえ、ご厚意でやっていただいた事だというのに」


「かまいませんよ」


「へっ?」


「今日もお治しします」


「ほんとうですか!」


「ええ。来た人から順番に」


「ありがとうございます!」


 主人がお礼を言うと患者も頭を下げた。


「すいやせん! どうしても膝が痛くて」


「どうぞどうぞ」


 それからまた、俺は村人の体を治し始める。だが昨日よりも少なく、一時間くらいで皆が帰って行った。


 診療所の主人が言う。


「すみません! お疲れですよね? 流石に二日連続では魔力が持たないのでは?」


 いやあ…全く減ってない。むしろ全然使ってない感じ、ていうか王都でのいつもの仕事だから流れ作業で出来る。


「大丈夫です。それで二人は?」


 俺はジェーバとルイプイの事を聞いた。


「元気になりましたよ! 裏で水浴びをしているかと思います」


「そうですか。それではここで待ちましょう」


「あの! 彼女らは軽く痣などを作っておりましたので、治して差し上げたらよいかと思ったのですが…」


 あら。そりゃ大変だ。


「裏庭はどちらに?」


 すると診療所の主人が答える。


「私は男なので行く訳には参りませんが、この廊下を突きあたって左の奥に裏口が御座います。恐らく奥の部屋に妻がいるので聞いてください」


「わかりました」


 俺達が奥に行くと、診療所の奥さんが裏口に案内してくれた。そしてそこから外に出ると、裸になって体を洗うジェーバとルイプイがいた。


「あ! オリジンさん!」


 ジェーバが前を隠さずに微笑んで挨拶をした。


「ああ、どうも」


 するとルイプイも前を隠さずに挨拶をしてくる。


「すっかり元気になったよ!」


「よかったよかった。というか痣とかがあるって聞いたから」


「あ、大丈夫だよ!」


 そしてルイプイが腰のあたりを俺に見せた。可愛らしいお尻が、くいっとこっちに向けられる。


 あららら。そこには何かの文字のような焼けただれた傷があった。


「痣があるね。治してあげる」


「痣って言うか、焼き印を押されたんだ」


 酷い事をしやがる。


「誰にやられたの?」


「売られるときに業者に」


「ジェーバもあるの?」


「ある」


 すると俺の隣りにいたリンクシルも言った。


「わたしもやられた」


「あー、三人ともその痣を私に見えるように立って」


 するとリンクシルも服を脱ぎだして裸になって後ろを向く。皆腰のあたりに何かの文字が記された焼き印を押されていた。


 そして俺は尻尾の生えたリンクシルのお尻をまじまじと見てしまう。


 フーン…こんな風になっているのか。


 俺がリンクシルの尻尾を触ると、リンクシルがビクンとして俺を見る。その眼は恥ずかしさでいっぱいになっていた。


「あ、ごめん」


「いや。尻尾は敏感なほうなんだ」


「なるほどなるほど」


 尻尾は敏感…と。


「じゃあ治すよ」


「治るのか?」


「うん」


 そして俺は三人の焼き印を跡形も無く消した。ケロイドになった肌が元の綺麗な肌に戻る。


「き、消えたあ!」

「やった!」

「本当だ…消えている」


「じゃ、水浴びを続けていいよ」


 するとリンクシルも俺を見る。


「リンクシルも一緒に浴びたら」


 コクリと頷いてリンクシルも水浴びを始めた。三人の若い女が楽しそうに水浴びをしているのを見るのは良いもんだ。ついつい、いやらしい目で見てしまう。


「オリジン…」


「あ、えっ! はい? なに?」


「鼻の下が伸びてる」


「うっそ」


 いかんいかん。無防備に嫌らしい顔を晒していたようだ。するとアンナが聞いて来る。


「オリジンは…女が好きなのか?」


 単刀直入だがいい質問だ。流石はアンナ。


「好き」


「そうか」


 アンナはそれ以上何も言わなかった。心なしか頬を染めているようにも見えるが、気のせいだろう。


 水浴びが終わったので、俺は宿屋の女将からもらって来た服をジェーバとルイプイにあげた。すると二人は喜んで服を選んできゃぴきゃぴやっている。


「今日出発しようと思うんだ」


 するとジェーバとルイプイが答える。


「わかった!」

「王都に帰れる!」


 すっごく嬉しそうだ。そしてすぐに俺達は診療所の主人に挨拶をする。すると主人は名残惜しそうにいつまでもぺこぺことお辞儀をしていた。そのまま診療所を出て街の人に聞きながら、村長の家へとたどり着き玄関をノックする。


「はーい」


 奥から女の人の声が聞こえた。出てきたのは中年というにはまだ若いマダムだった。


「あ! もしかしたら! 噂の!」


「多分そうです」


「あなた!」


 そして村長が出て来た。村長が中に入るように言い、俺達五人は応接室に通された。そして村長は高そうなお菓子を俺達の前に出した。


「どうぞ食べてください」


 するとジェーバ達が遠慮したような表情をする。俺が三人に言う。


「いただいたら?」


 三人はお菓子に手を伸ばして食べた。幸せそうな顔をしているので美味しいのだろう。


 そして村長が切り出した。


「あの、誠に失礼ながら、あの馬はもう限界かと思われます。そして荷馬車もガタが来ているようだ」


 そう言えば直してくれるって言ってたっけ。恐らくまじまじとみたらボロボロな事が発覚したのだろう。だが俺達はあれで行くしかないのだ。


「いいのです。あれで王都に戻ろうと思っています」


 すると村長は俺の目を見て言った。


「この度は村に多大な貢献をしていただきました。馬と丈夫な荷馬車を用意しましたので、どうか受け取ってはいただけませんでしょうか?」


 えっ? いきなり棚ぼた。


「よろしいのですか?」


「はい。それに見合う働きをしていただきましたから、何卒受け取っていただきたく思います」


 いやあ…王都に帰ったらすぐ手放すんだけどな。だが俺の脇からアンナが言った。


「オリジン。受け取っておこう」


「そう?」


「危険は少ないが、王都まではまだ少しある。五人を乗せるし、今までの馬車ではもたない」


 アンナに言われ俺は村長に言う。


「では村長様。ありがたく頂戴いたしたく思います」


「そうですか! それはよかった!」


 村長の表情がぱあっと明るくなった。貰う事で喜んでもらえるなら、いくらでももらっておくとしよう。そして村長に連れられて、馬の荷馬車が置いてある場所に行く。


「えっ!こんな立派な馬を!」


「それでもそんなに若くはありません。商人様の馬よりいくぶん生きが良いとは思います」


「ありがとうございます」


 目の前には丈夫そうな馬と荷馬車が置かれていた。幌も穴が空いておらずとてもきちんとした生地で出来ていた。


 俺は改めて村長に向かって挨拶をした。


「この度はお助けいただきありがとうございました。このご恩は忘れません」


「いえいえ! こちらこそ!ありがとうございました!」


 村長が深く深く頭を下げる。俺達は新しい馬と馬車を手に入れて王都に向かう事が出来るようになった。これはうれしい誤算だった。更に村長の奥さんがやってきて、俺達に旅の途中で食べるようにと弁当を用意してくれていた。


 いっぱい治してあげて良かった…


 俺達は村人に見送られながら村を出るのだった。そして俺とアンナが御者席に座り、スッと首巻を鼻の上まで持ってくる。更にフードを目深にかぶり顔を隠した。御者がこの格好をするのは珍しくないので、御者席に座る二人がそうするのは自然だった。


 そして五人が乗る馬車は一路、王都へと向かうのだった。

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